1ー8

 商売部屋の奥にある応接間。そこでは、兄妹は忙しなく動いて加工の準備を進める光景が丸見えになっている。

 剣などの武器ではないとはいえ、異世界の加工を見れるのは貴重な体験。もしかすれば、何の参考になるかも分からないので、しっかりと見ておくことにする。


「それにしても、異世界にしては結構設備が整ってるなぁ……。やっぱギルド公認だから、良い道具とか借りれてるのかも。あと暑い」


 それが応接間に隣接する鍛冶場の感想だ。炉や熱した鉄を冷ます用の水に金床、沢山のハンマーといったザ・鍛冶屋といったアイテム。少し離れた所を見ると、自分のボキャブラリーでは何とも名状し難い道具まで様々。うーん、男子の中二心がくすぐられてくる。


「はい、お兄ちゃん」

「おう」


 一方で槍柄の強化加工の作業は、兄妹の短いやり取りで淡々と進んでいる。少しだけ観察して分かったが、見てるだけじゃあ何をしてるのかさっぱりだ。

 ここで二人のステータスをチェックしてみる。


『ノズ・フェン 男 28歳 職業:鍛冶士 状態:疲労 精神:やや安定 他詳細』

『ネムラ・フェン 女 16歳 職業:鍛冶士 状態:疲労 精神 安定 他詳細』


 どうやら二人ともお疲れ気味の様だ。まぁ、国から武器を全部寄越せなんていう無茶苦茶な依頼を受けているのだから、当然か。

 おまけに、俺の我が儘で本来なら武器の制作に集中しないといけないのに、こうして棒の加工を善意で行ってくれているのだ。普通に考えて銅貨三枚じゃ足りない労働をしている。


「何か俺に出来ることってないかな……。あっ」


 一体今使わずして、何がチートだ。そう『ビルド』の魔法が俺にはあるじゃないか。

 こうして頑張ってくれている二人。見ず知らずの者達ではあるが、俺のために時間を割いてくれていることに感謝し、俺からも一つプレゼントを送ろう。

 俺も早速作業に取り掛かる。とはいっても、武器複製なんて試さずとも高レベルを要求されるのは目に見えているので、もっと単純な所でいく。

 イメージするのは回復系、疲労、そして即効性。これらを想像して、創造する!


「……『ビルド』」


『この魔法を創造するにはレベルが足りません』


 ありゃ? 駄目だったか。もしかして即効性のイメージが創るに当たって受け付けられなかったのかな?

 なら、それを除外してもう一度。『ビルド』!


『この魔法を創造するにはレベルが足りません』


 ……まぁ、そうなるとは少しだけ思ってたよ。うーん、もしかして『回復』系が今のレベルじゃ創造不可なのかもしれない。

 もしそうだったら非常に残念。今は諦めて、次に出会えた日に何かお礼として何か送るとかでもしておこう。


「贈り物かぁ……」


 俺も悩みに耽る中で、ふと目に止まったのは先ほど青果店で買った果物の入った紙袋。中はリンゴ、オレンジ、小さくしたメロンにそれぞれ似た謎の果実が数個入っている。

 オレンジで思い出したが、酸味のある果物は疲労回復に効果があるそうだ。俺も受験シーズンの時、オレンジジュースばかり飲んでた記憶がある。


「オレンジ、疲労回復……」


 オレンジ、疲労回復。オレンジ、疲労回復……。


 このワードを言葉に脳内で繰り返す。そして、もう何度ループしたか分からなくなった時、そのアイデアは唐突に思いついた。

 なるほど。これならもしかしればレベル制限に引っかからないで済むかもしれない。物は試し。いざ、再チャレンジだ。







 加工作業が終わり、兄妹と俺は武器店の部屋にて完成した物を受け取る。


「……出来ました。どうぞ、受け取って下さい」

「ありがとう。おっ、スッゲーなこれ。さっきと全然違うじゃん」

「お気に召されて何よりです」


 つい先ほどまで規格外だとはぶられた槍柄。簡単な加工すら施されていなかった表面のざらつきが、近々廃棄させられるのだという現実を物語っていました。

 ですが、依頼者の気まぐれによって選ばれたこの品が、匠の手によって新たな姿へと生まれ変わらせてくれました。


 ──何ということでしょう。一見、規格外だったただの棒が、ものの数十分という時間を経て、見るも美しい一品へと仕上がったではありませんか。

 ギルド公認鍛冶士であり、幾数もの武具を見てきたノズの眼によって選び抜かれた一本。彼の高度な技術により僅かな歪みさえも矯正され、真の意味で真っ直ぐな形と木製ながらにして金属にも勝るとも劣らない強靱さを与えられました。

 さらに、ざらついた表面は妹の鍛冶士ネムラによって丁寧なやすり掛けと仮漆かしつ塗りを施され、非常になめらかで触り心地の良い……、まるで宝石の魔力にも似た魅力が依頼者の目と手を奪って離しません。


 これも、兄妹である二人の匠のコンビネーションが見せた究極の一品。これには依頼者も感激を言葉にする他、ありません。

 これ程までの技術を駆使しながらも、掛かった費用は何と大銅貨一枚にも満たない銅貨三枚。これはあまりにも安価。

 国からの依頼で忙しい二人を労り、依頼者からも感謝の気持ちが送られます──みたいなナレーションを優雅なBGMと共に脳裏に浮かべる。


「ありがとう。これで、俺の旅も楽になるよ。じゃ、これは俺からの気持ち。受け取って欲しい」


 そういって手渡したのは大銀貨一枚。まだ俺はこの世界の貨幣価値というのは分からないが、銅貨三枚という値段の何十倍もの値であることは理解している。

 現に鍛冶士の兄妹も大銀貨を渡されて驚きを隠せない様子だ。


「そ、そんな。これは流石に多すぎです! 受け取れません!」

「いいんだよ。だって国からの依頼で大変そうだったからさ。馬鹿みたいな依頼を受けさせられて、疲れてるのにも関わらずずっと武器を作ってんだろ? そんな中で俺みたいな空気の読めない奴の我が儘を聞いてくれたお礼。むしろ、受け取ってくれないと俺が申し訳ない気持ちになる」


 この正直な気持ちを伝えると、ノズは一瞬黙った後に、若干申し訳無さげに大銀貨をポケットの中に入れる。俺の気持ちが伝わった様だ。

 妹の方はまだ若干気が落ち着かないっぽい。まぁ、そんなことは気にせず次だ。


「それと、この果物もあげる。果物は疲れに効くらしいからな、仕事終わりにでも食べて」

「流石にそんな物までいただくわけには……」

「いいからいいから」


 半ば無理矢理この果物を押しつける。これはとっておきだ。何せ俺の魔法が付与されてるんだから、効果は折り紙つきだと自負している。

 その効果は疲労回復の魔法。加工中、俺も試行錯誤を繰り返してようやく発見した新たな抜け道。

 創った魔法の名は『遅延型疲労回復付与魔法』。その名の通り、遅めに発動する疲労の回復魔法を食物に付与させる魔法だ。イメージに遅効性と食べ物にだけ付与可能といったイメージコストを付けるくわえることによって遠回しながら回復魔法を創り出すことが出来た。

 ぶっちゃけると、この魔法が正しく発動するかの実験でもあるのだ。ん? 実験なら自分に使えば良いだって? だって俺、疲れてないもん。


「うん。こんなもんかな。それじゃあ、依頼頑張ってね」


 とりあえず、今の俺に出来そうなことは全部やった。後は彼らの頑張りに期待するしかない。

 完成品を持ち、俺は良いことした気分でこの武器屋から退店しようとする。


「ちょっと待って! あなた、何て名前!?」

「俺? ってか、まぁ、俺のことだよな。うん」


 出ようとした直前、鍛冶士の妹ネムラだったかが俺を引き留め、名前を訊ねた。

 おっ、これは「名乗るほどの者ではありません」っていうヒーローの捨て台詞を言うシチュエーションそのものではないか。

 ここはテンプレ通りにしよう、とは思ったがこの兄妹はギルド公認の鍛冶士。俺がいつの日かギルドの冒険者になった時に、またお世話になるかもしれないという考えが浮かんだので改める。


「俺はフウロ。しがない旅人。いつの日か冒険者になって最強を目指す男だ」

「フウロさん……。今日は本当にありがとうございました!」


 名乗り終えると、ネムラとノズの鍛冶士兄妹は横に並んで深々と頭を下げて、その気持ちを伝えてきた。

 う~~ん、良いことしたっ。俺の気分も晴れやかだ。

 あの兄妹にはこれからも頑張って欲しいもの。俺の応援したい人リストにでも登録しておくか。

 鍛冶士の兄妹に見送られながら、俺は武器屋から離れて宿屋への道を辿り直すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る