1st sense 2


 どうしていいかわからず、あたしの足は自然と2-3の自分の教室に向かってた。

だけどどうしても、中に入る勇気が湧かない。

あたしは教室のドアの隣に、力なくしゃがみ込んだ。

休み時間が終わったらしく、みんなゾロゾロと教室に戻ってくる。

だれかひとりくらいは、気づいてくれるかもしれない。

片っ端から、あたしは通り過ぎる人に声をかけていった。

ミクと萌香も話しながら教室に入っていく。


<ミク? 萌香? 

あたし。あずさだよ。

あたしのこと、わからないの?!

ミク! 萌香!!>


ふたりとも中学時代からの親友で、いつもつるんでる仲。

だれかの家に上がり込んで、徹夜で恋バナすることだって、よくあるし。

今日の放課後だって、いつものショッピングモールに行って、いつものカフェでお茶しながら、航平くんのことをたっぷり話すつもりにしてた。

ふたりともすっごく気が合ってて、テレパシー通じてるんじゃないかってくらい、おんなじこと考えたり、言ったりすることあった。

だったら今のあたしも、このふたりにならきっと気づいてもらえるはず。

そして、この状況をわかってくれるはず、、、


そんな期待をしてみたけど、ふたりともあたしに目もくれず、そこにいることさえ気づかない様子で、教室に入っていった。


途方に暮れて、あたしはうつむいた。

これから、どうすればいいんだろう。


「酒井… さん?」


みんな教室に入って、だれもいない。

静まり返った廊下に、あたしの名前を呼ぶ声が、かすかな鈴の音のように響いた。

ふと、顔を上げると、そこに立っていたのは、如月摩耶きさらぎまやだった。

おどおどとした態度で、彼女は心配そうにあたしを見下ろしていた。


「え、、、 如月。摩耶?! あなた、、、 あたしのことが、わかるの?」

「…」


なにも言わず、彼女は小さくうなずいた。

あたしのこと、ちゃんと見える人がいたんだ!

それが変人と言われてる彼女でも、嬉しい!!

まるで生まれる前からの親友みたいに感じる!!!

喜びのあまり、あたしは勢いよく立ち上がって、彼女をハグしようと両手を広げて駆け寄った。


えっ?


両腕が虚しく空を切った。

そして、映画の3D映像のように、あたしは如月をすり抜けて、彼女のうしろに立っていた。


<どうして、、、>


わけわかんないまま、あたしは振り返って彼女を見つめた。


「…すみません。気分が悪いので、保健室に行ってきます」


ちらりとあたしを見た如月は、いったん教室に入ってクラス委員にそう言うと、『こっちへ』とでも言うようにアイコンタクトをとって、廊下を歩きはじめた。

あたしもそのあとをついていく。

階段を下り、1Fの突き当たりのドアを開け、冷たく白い無機質な壁で囲まれた保健室に入った如月は、立ち止まってあたしを振り返ると、ぎこちない小さな声で言った。


「落ち着いて、聞いてください。

酒井さん。

あなたはもう、死んで、いるのです」

<え? なにわけわかんないこと言ってるの?>

「やはり、気づいてなかったのですね」

<は? どういうこと??>

「即死だったらしいです」

<即死?>

「今朝、登校の途中、通りに飛び出したあなたは、クルマにはねられて…

今日の6時からお通夜で、お葬式も明日の午後に行われるそうです」

<はねられたって。死んだって、、、

あたしはそんな実感ないんだけど。現に今こうして、あなたと喋ってるじゃない?>

「わたしには… 見えるんです」

<なにが?>

「…死んだ人」

<…>

「いいえ。正確には、『感じる』と言った方がいいかもしれません。

それだけでなく、話し… 意思の疎通もできます。…少しくらいなら」

<じゃあなに? ここにいるあたしは、幽霊かなにかってわけ?

あなたにはそれが見えるってわけ??

嘘でしょ~! そんな冗談やめてよね!!

だいたいあなた、頭おかしいんじゃない?! そんな話信じられるわけないっ!!!>

「…」


如月摩耶は黙ったまま、あたしの手を取るような仕草をした。

そのはしばみ色の綺麗な瞳には、こぼれそうなくらいいっぱい涙が溜まってる。

じっとあたしを見つめたあと、彼女はゆっくりと、視線を保健室の白い壁に移した。

釣られてあたしも壁の方を見た。

そこには大きな鏡が備え付けられていて、華奢きゃしゃはかなげな制服姿の如月が、じっとこちらを見つめてるのが映ってる。


だけど、、、


彼女の向かい側には、あたしの姿はなかった。

、、、ってか、そこにあるのは、例の人間の形みたいな黒い霧だったのだ。


「え? 嘘っ?!」


思わず壁に駆け寄って、あたしは両手を鏡についた。

だけど、鏡のなかでは、もやもやとした影がうごめいてるだけ。


<これって、どういうこと? 如月摩耶。あんたいったいどんなトリック使ってんのよっ!>


言いようのない苛立ちと焦りに襲われ、あたしは彼女に詰め寄った。

憎たらしい。

こんな綺麗な顔をしていながら、この女、あたしのこと嵌めようとしてる!


「だから酒井さんは、もう、この世にいない人なんです。信じられないだろうけど…」

<信じられないわよ! あたしはまわりの景色も見えるしあんたと話しもしてる。ほんとに死んだのなら、そんなことできるはずないじゃん。いい加減なこと言わないでよねっ!>

「…みんな、最初は受け入れられないんです。自分の死を」

<わけわかんない!>

「酒井さんは…」


憐れむような瞳で、如月はあたしを見つめ、震える声で言った。


「酒井さんはこの世になにか、執着があるんですね」

<執着?!>


その言葉で、あたしはハッとなった。

そうだ!

あたしにはやらなきゃいけないことがあったんだ!

こんな所で、変人の如月摩耶なんかと言い争ってる場合じゃない!

ラブレター渡さなきゃ!

航平くんに告白しなきゃ!!


「残存念思」

<え?>


あたしの思いをよそに、彼女はポツリとつぶやいた。


「酒井さんのその強い執着が、そのままこの世に残って、魂が昇華するのを邪魔しているのです。

執着が消えない限り、酒井さんは永遠に、この世とあの世の狭間に取り残されたまま、彷徨さまよい続けることになる…」

<なに言ってんの?>

「新鮮な果実も、時が過ぎれば腐れ落ちる。

行き場をなくして長い間彷徨った霊魂は、醜く朽ち果て、自らを呪い、やがてこの世の人間に害をなす、怨霊になってしまうんです」

<そんなマンガみたいな話、あるわけないじゃない!!>

「酒井さんはショートヘアの似合う、活発で綺麗な方でした。

病弱で内気なわたしと違って、酒井さんはいつでも明るくて前向きで、みんなの中心にいる素敵な人だなと、憧れていました。

そんなあなたに、醜い怨霊なんかになってほしくない」


そう言った彼女は、その綺麗に澄んだ瞳から、大粒の涙をぽろぽろとこぼした。

長い睫毛を伝って、透明なしずくがリノリウムの冷たい床で砕け散る。


<…>


如月摩耶の言葉は、妙な説得力を持ってた。

全身が洗い流されるかのような彼女の言葉に、わたしはなにも言い返せなくなる。

彼女はあたしをじっと見つめ、想いを込めるように強い口調で言った。


「酒井さん。

自分の死と向き合うのは、辛いことだと思います。

だけどあなたのことは、ちゃんとあの世に送り出してあげたい。

できることなら、酒井さんの執着を清算するお手伝いをしてあげたいです」

<、、、とりあえず、証拠を見せて>

「証拠…」

<あたし。ほんとに自分が死んだのかどうか、確かめたい。だから、死んだって証拠がほしい>

「…わかりました」


そう言いながら彼女はうつむいたが、思いついたように顔を上げると、戸惑うように言った。


「今日の放課後。いっしょにお通夜に行きましょう。あなたの」


つづく

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