4th sense 3

 コンビニをあとにした三人は、私鉄の駅の改札前で別れ、それぞれ帰途についた。

航平くんの家は電車でふたつ隣の駅を降りて、徒歩10分。すっかり陽が落ちた住宅街を、航平くんは自分の家に向かっていた。

そのあとをあたしもついていく。

あたりは夜のとばりに囲まれてて、所々にともった水銀灯が、チカチカと揺らめいている。


夜は怖い。

垣根の間や暗い路地、家と家の隙間にできた暗闇が、生きてるときよりもいっそう恐ろしく感じる。


『人は簡単に、闇に支配され、堕ちてしまう』


如月摩耶が言ってたように、この暗闇から、得体の知れない悪意ある霊魂の気配が漂ってくる。

そいつらが闇の底から、あたしを引きずり込もうと狙ってる気がする。


いけない!

こんなダークなこと思ってたら、余計に闇に引きずられちゃう。

もっと前向きに考えなきゃ!


『想いが昂じたとき、現世にも物理的な影響を与えることができる』


如月摩耶はそう言ってくれた。

それは、殺風景でおどろおどろしいこの世界のなかで、一筋の希望の光。

あたしが航平くんのことを想い続けてれば、いつかは航平くんにも姿が見えるようになって、触れ合うのだってできるってこと。

そうすれば航平くんだって、あたしのこと忘れないで、一生いっしょにいてくれる。

今はまだ、あたしの想いが足りないだけなんだ。

ならばこれからは、いつでも航平くんといっしょにいて、あたしの気持ちを伝え続けていこう。

航平くんの隣で、ひたすら愛の念波を送ってみよう。

そうすれば航平くんも、それに気づいてくれるに違いない。


そう決めたあたしは、夜も昼もいつでも航平くんの隣にいることにした。

この日も遅くまで航平くんの隣にいて、ひたすら彼のことを見つめてた。


 今まで知らなかった彼が、あたし目の前にいる。

あたしに見られてることも知らず、航平くんは赤裸々な姿を見せてくれる。

おかげで今じゃ、航平くんのいろんなことがわかった。

多分どこのだれよりも、あたしは航平くんのことをいろいろ知ってるんじゃないかな?


学校の帰り道、航平くんは必ずコンビニに寄って、お好み棒と唐揚げ棒塩味を買う。

友達といっしょのときは、コンビニの駐車場で食べるけど、ひとりのときは近くの公園で、ベンチに座って食べてることもある。

買い食いをすまして家に帰った航平くんは、すぐに自分の部屋に入ってジャージに着替え、ベッドに転がって、パソコンにヘッドフォンをつないで音楽を聞きながら、『航平ごはんよ』とお母さんが呼ぶまで、ネットを見てる。

一階のダイニングで食事をとって一息つくと、部屋に戻ってしばらくは雑誌を読んだり、ラケットの手入れ。

そんな助走が終わって、夜中になってやっとエンジンがかかってくるらしく、机について教科書と参考書を広げ、勉強をはじめるのだ。


 お風呂に入るとこだって、もうたくさん見ちゃったな~。

航平くんはまず髪から洗う派だ。

そのあと顔を洗い、からだを洗う時は必ず右腕から。

そして、大事なとこは、けっこう念入りに洗ってる(笑)。

あれの洗い方って、なかなか複雑なんだ。女の子の知らない事実に興味津々。


ふつーなら、そんな姿を見ることなんて絶対できないけど、今のあたしは堂々と航平くんの真っ正面に座り込んで、その光景を眺められる。

こういうときは姿が見えなくてラッキーかも。

、、、って、あたしってただのストーカーじゃん;


 そうして一日過ごしながらも、航平くんはときどき思い出したように、秘密のファイルからあたしの写真を取り出し、しばらくの間、じっと眺めてるのだ。


航平くん、、、

まだ、思い出してくれる。


その瞬間が、あたしは一番幸せ。

お互い住む世界が変わってずいぶんになるけど、航平くんはあたしのことを忘れてない。

『早く忘れた方がいい』

と言いながらも、こうしていつまでも思い出してくれる。

あたしの写真を見ながら、航平くんはきっと、心の中で何度も、あたしの名前を呼んでくれてるんだろな。

もちろん、写真のなかのあたしはじっと動かないままで、話しかけても答えるわけもない。

写真なんかじゃなくて、早く本物のあたしを見せてあげたい。

そして、ちゃんと声に出して航平くんの名前を呼んであげて、『あずさ』って、航平くんからも呼ばれたい。

そのあとは、航平くんと手をつなぐんだ。

手をつないだまま、部屋のベッドに寝っ転がって、いっしょに航平くんの好きな音楽を聴く。

そうしてると、きっと心もひとつになって、お互いのことをもっと知りたくなるはず。

だんだん気持ちが高まってきて、あたしの瞳を熱く見つめながら、航平くんは顔を近づけてくる。

あたしは拒んだりしない。

目を閉じて、あたしたちはキスを交わす。

そのあとはもう、どうなってもいい。

ふたりの情熱のなすがまま。

あたしは航平くんに、すべてをささげたい!



 そうやって、航平くんの側にずっとついて、しばらくたった頃だった。

ふだんはバトミントンの練習を、下校時間ギリギリまで一生懸命やってる航平くんが、その日は学校が終わるとクラブにちょっと顔を出しただけで、すぐにひとりで帰ってしまった。

帰り道もなぜかそわそわして、お決まりのコンビニに寄ることもなく、まっすぐ家を目指してる。

玄関に入ると、靴を脱ぐのももどかしいように、二階の自分の部屋に駆け込んだ航平くんは、制服のブレザーを脱ぐ間も惜しむように、パソコンの電源を入れた。


モニターを見ながら、熱心になにかをカチカチ、クリックしてる。


『なに見てるんだろう?』


そう思いながら、あたしは隣から画面を覗き込んだ。


えっ?

これって、、、


つづく

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