6th sense 1

     6th sense


 かなりショックだった。

その夜、ミクを送った航平くんは、家に帰り着くまでずっとそわそわしてて、心なしか表情も緩んでる。

ごはんが終わって自分の部屋に入っても、しばらく机についたまま、なにかの想いにふけるように頬杖ついてたけど、思い立ったようにパソコンをつけると、レタッチソフトを立ち上げて画像を開いた。

それは、、、

以前手に入れてた、あたしとミクと萌香がスク水姿で写ってた画像。

そして航平くんは、その画像のミクの部分だけ、トリミングしてプリントアウトした。


ええっ?!

あたしのことは切り捨てちゃうわけ?


大きく引き伸されたスク水姿の未來みくを眺めながら、航平くんはだらしないにやけ顏を晒してる。

見てられない!

目を背けたあたしの目の前が、真っ暗になる。

、、、どこかへワープ、したんだ。



 見覚えのある部屋。

古ぼけた障子に、板張りの天井。

黒光りした木の柱。


ここは、、、

如月摩耶の部屋だ。


 その夜も、如月は下級霊たちに取り囲まれて、具合悪そうに部屋の真ん中で息をひそめてた。

足下にうごめく下級霊を蹴散らし、あたしは如月摩耶の前に勢いよく座り込むと、息せき切って彼女に頼んだ。


<お願い如月さん。

これ以上、航平くんとミクが近づかないようにしてっ!>

「…酒井さん?」

<航平くんを取られそうなの!

これ以上、ミクと航平くんが仲良くなっていくの、あたし、見たくないっ!>

「…話して下さい。酒井さん」


如月に訊かれるまま、あたしは今までのいきさつをみんな話した。

ところどころ記憶が飛んでるけど、航平くんの普段の生活や、あたしの声をかすかに感じてくれたこと。図書館で中島和馬が航平くんとミクを引き合わせたこと、その夜にふたりがキスしたことなんかを、あたしは一気にしゃべった。


<航平くんがあたしのこと、忘れかけてる!

一度ミクとキスしたくらいで、あの子のこと好きになっちゃったみたいで、、、

だけどあたしにはどうすることもできない。

あたしは無力なの。

姿も見えないし声も聞こえない。

航平くんはあたしの存在を薄々感じてはいるけど、その前にミクが、航平くんの気持ちを自分のものにしようとしてる。

許せない!

親友だと言いながら、あたしのこと裏切ったミクが、あたしは許せないの!

許せないっ!!>


そう叫んだ瞬間、あたしの目の前は、真っ赤に染まった。

まるで深紅のサングラスをかけてるみたいに、如月も部屋も、真っ赤に見える。

いったいなんなの?


なにも言わず、あたしの話にじっと聞き入ってた如月摩耶は、躊躇ためらうようにうつむいて言った。


「酒井さん…

何度も言いますけど、あなたはもう、死んでいるのです。

あなたと浅井さんとは、結ばれることはありません。絶対に。永遠に。

だからあなたには、もう、浅井さんへの未練は断ち切ってほしい。

浅井さんも、いつまでもあなたに縛られず、新しい恋をした方が、幸せになれるのではないですか?

安藤さんと浅井さんのことは、祝福してほしいのです」

<祝福なんか、できるわけないじゃないっ!>

「…」

<如月さん。あなた確か、『あたしの力になる』って言ってくれたよね?!

それって、嘘?

いい加減なこと言って、あたしを騙そうとしたのっ?!

許せないっ!!>


そう叫ぶと、再び目の前が真っ赤に染まった。

端正な如月摩耶の顔が、醜く歪んで見える。

いったいなんなの? これ。


如月は大きなため息をついて、肩を落とした。


「このままだと酒井さんは… 闇にちてしまいます」

<え? なにそれ?>

「人を呪い、怒り、恨むことを続ければ、あなた自身が怨霊となって、この世とあの世の狭間を彷徨い続けることになる」

「それでもいいっ!」


思わず憤りながら、あたしは続けた。


<じゃああんたは、ミクに航平くんを取られるのを、黙って見てろっていうの?

そんなの、地獄に堕ちるより辛いに決まってる!

あんたには、恋する乙女の気持ちが全然わかってないっ!>

「…」

<あたしはただ、自分に正直なだけ!

あたしは航平くんに、この想いを知ってほしいだけなのっ>

「それはもう、伝わったのではないですか?」

<ミクの口からね!

そんなんじゃ、イヤっ!!

あたしは自分自身の言葉で、航平くんに愛を伝えたいの!

だけどこのままじゃ、航平くんにあたしの声は届かない。

でも、あたしラブレター書いたの!

それを航平くんに渡してくれれば、気持ちを伝えること、できるっ!>

「あのラブレターは…」

<今は持ってないけど、あたしの部屋にちゃんとあるから!

如月さんはそれを取ってきて。

そして航平くんに、『あたしから』だって言って、渡してっ!>

「それは…」

<やってくれるよね?!

如月さんはあたしの力になってくれるんだよね?!>

「あのお手紙は事故で汚れてしまって。だから渡したくないと、酒井さんが…」

<いいのっ! あの手紙はやっぱり、航平くんに渡さなきゃいけないのっ!!>

「だいいちお手紙はもう、お母さまが燃やすと…」

<なにそれ?!

いい加減なこと言わないでっ!>

「酒井さん?!」

<あたしに協力したくないからって、デタラメ言わないでよ!

あんたもミクの味方なのねっ!

ミクも萌香も、航平くんも如月も、みんなして、あたしのことだまして裏切って、、、

許せない、、、

みんな大っ嫌い!!>


カッと頭に血が昇った。

如月の部屋が歪んで消えていき、目の前が真っ暗になって、ドロドロとした汚らしい感情が沸き上がってくる。

その感情はグロい塊になり、腐臭ふしゅうを放ちながら孵化ふかをはじめた。

あとからあとから、得体の知れない怪物が、塊から這い出してくる。


なんなのこれ?!

怖い!


怪物どもは舌なめずりをして、よだれを垂らしながら、あたし目がけて突き進んできた。

いやっ!

喰われるっ!!


「酒井さんっ!」


珍しく如月摩耶が大声を上げた。

その声であたしは地の底から引き戻され、怪物は姿を消した。


「わかりました!

わたしが責任持って、あなたの気持ちをお伝えします。

ラブレターも必ずお渡しします。

だから… だから!」


そこまで言うと、如月は口元を押さえて嗚咽おえつを漏らし、涙をこぼした。



 探し物は簡単に見つかった。

ラブレターはまだ燃やされず、茶封筒に入れられたまま、あたしの机の引き出しのいちばん奥に、封印するようにしまわれてた。

どうしてすぐに場所がわかったかというと、その手紙からあたし自身の執念が発せられてたから。

おかげで、まるでGPSで誘導されるみたいに、簡単に場所がわかったのだ。人の情念のすごさに、改めてびっくり。


家の鍵の隠し場所はわかってるし、だれもいない時間帯もわかってる。

無断でうちに入ることに如月はびびってたけど、強引にハッパかけて、なんとかラブレターの入った封筒を取ってこらせることはできた。


<じゃあそれ、なるべく早く渡してちょうだい。あたし、ずっと航平くんにくっいてて、チャンスが来たら教えるからね>

「…」

<ちゃんと渡してくれるんでしょ?>

「もちろんです」

<『助ける』って言ったんだから、最後までちゃんと手伝ってよね>

「はい…」


両手で封筒を抱えて、如月は浮かぬ顔で答える。

きっと彼女には、わかってたのかもしれない。

このラブレターがあとで、大変な災いを呼ぶことになると。


つづく

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