8th sense 1

     8th sense


「なんだ航平。その程度のシャトルたまも追いつけねぇのか?!」


ネット越しに中島和馬くんが、航平くんにゲキを飛ばす。

思いっきりラケットを持つ手を伸ばした航平くんは、その先をシャトルが通っていくのを見届けると、ガックリと膝を折って、両手を床につき、肩で激しく息をした。


「どうしたんだよ。具合でも悪いんか?」

「んなことねぇよ!」


そう言いながらラケットを杖代わりにして、航平くんは立ち上がる。

だけどその様子は、明らかにおかしかった。

額からは脂汗をダラダラと流し、目の下にはクマができてて、顔色も真っ青だ。


「やっぱおかしいぞ。最近動きにキレがないし、すぐにバテるし。

疲れが溜まってるんじゃねぇか?」

「、、悪りぃ。少し休ませてくれ。すぐに回復するから」


そう言ってコートを出た航平くんは、体育館の隅にしゃがみ込んで、きつそうにうなだれる。

和馬くんは航平くんに近寄り、心配げに顔をのぞきこんだ。


そうなんだ。

最近の航平くん、日に日に元気がなくなってくみたい。

顔色も悪いし、頬もこけてやつれた感じ。

『肩が重い』とか『頭痛がする』と言っては、学校を休むようになった。

病院にも行ったみたいだけど、特に悪いとこは見つからなくて、お医者さんも首をひねるだけだった。


「航平のヤツ、大谷川の幽霊にでも、取り憑かれてるんじゃないか?」

「あれは、酒井あずさの霊だっていうじゃないか」

「いや。取り憑いてるのは如月だろ」

「あはは。モテる男は辛いね~」


クラスの男どもはそう冷やかしてたけど、航平くんが休部届けを出すと、心配そうな視線を向けるようになった。


「如月さん。あなた本当に、航平くんになにもしてない?」


ある日の休み時間、クラスの女子数人が如月摩耶を体育館の裏に呼び出し、詰め寄ってきた。

だけど如月は目を閉じて、静かにかぶりを振った。


「いいえ。なにも」

「本当に?」

「はい」

「あんた、航平くんのこと、好きなんでしょ? だから自分のものにしようとしてるんじゃない?」

「わたしは別に、好きということは…」

「なんなの? この手の怪我は?」


女子のひとりが、如月の指に巻かれたバンドエイドに気づき、彼女の腕を掴んだ。

その指や腕には、無数の擦り傷や切り傷の跡があった。


「え~? あなたもしかして、メンヘラ系?」

「あらあら。綺麗な指が台無しじゃない。ダメよ。リスカなんてしちゃ」

「…これは、違います」

「じゃあ、なんの怪我よ?」

「あんたまさか、航平くんに呪いとか魔術とか、かけたりしてない? 自分の血で魔方陣描いてるとか。あなたならやりそう」

「えっ? それマジで言ってんの? 黒魔術とか??」

「そういうことはしていません。けど…」

「けど?」

「…」

「なんなのよ? はっきり言いなさいよ?!」

「…なんでも、ありません」


何人もの女の子に囲まれ、詰め寄られたけど、如月摩耶はそう言ったまま、口を噤んだ。

それ以上のことを言っても、どうせだれからも信じてもらえないことを、彼女はわかってたからだろう。

男子は航平くんのこと心配してるし、一部の女子はカリカリしてるし、如月摩耶に対するイジメも酷くなる一方。クラスの雰囲気は、どんどん悪くなっていった。


 航平くんとミクの間も、なんとなくぎこちなくなっていった。

相変わらず、ふたりいっしょに下校することはある。

だけど、航平くんは『気分がすぐれない』って言って、丘の上の公園にも寄らず、家までまっすぐミクを送るだけ。

あれだけ積極的にモーションかけてたミクも、すっかりおとなしくなっちゃって、航平くんに触れようともしない。


だけど、ミクのことだ。

油断はできない。

これもミクのテクニックのひとつで、『相手をじらせる作戦』かもしれない。

『恋愛って、押したり引いたりして、相手の気持ちをこちらに向けるものよ』なんて、したり顔で言ってたミクのことだから、これも駆け引きのうちだろう。


ミクが新たな手を打つ前に、あたしも航平くんの気持ち、しっかり掴んどかなきゃ!

せっかく航平くんも、あたしの気配を薄々でも感じてくれるようになったんだから、ここでもっと取り憑いて、存在を確かなものにするしかない。

そしていつかはラブレターを渡して、航平くんにあたしの気持ちをちゃんと伝えなきゃ!




「今夜もよろしく」


 真夜中の如月摩耶の和室。

あたしは彼女の側に立ち、そうつぶやいた。

寝息も立てず、浴衣姿で如月摩耶は布団に横たわってる。

儚く美しい如月の寝顔は、障子越しに差し込むほのかな月の光に照らされて、まるで死んでるようにも見える。

如月って、浴衣で寝るんだ。

今どき古風~。

枕元にはざまづいたあたしは、彼女の胸元にそっと両手を置いた。


あったかい肌の感触。

やっぱり生きてるって、いい。


軽い嫉妬を感じながら、あたしは両手をぐいと押す。

青白い手が、からだにめり込んでいく。

そのまま静かに、あたしは如月摩耶のなかに沈んでいった。


感じる、、、


活発な細胞分裂と、新陳代謝。

からだの隅々が、外界と触れ合う感覚。

ふつふつと沸き上がってくる、あらゆる欲望。

萌えあがるような、肉体の快楽。

彼女に気づかれる前に、あたしは如月摩耶のからだを完全に支配し、彼女の意識を封じ込めた。


「、、、ふう。やっぱりからだがあるって、いいわね」


軽い恍惚にひたりながら、如月摩耶@あたしは立ち上がった。

憑依してすぐは、からだのコントロールがうまくいかないけど、彼女には何度も憑いてるし、すぐに馴染んでくる。

浴衣姿のまま、あたしは部屋の障子戸をゆっくりと開いた。


家族、、、

といっても、この広い和風の家には、如月と年老いたおばあさんしかいない。

それでもあたしは浴衣姿のまま、悟られないように忍び足で、家の外に出た。

そのまま靴もはかずに、ミクがラブレターを投げ捨てた大谷川の橋に向かう。


そう、、、

みんなが騒いでる『大谷川の幽霊』の正体は、如月摩耶に憑依したあたしだったのだ。


 橋のたもとで修羅場った、あの夜から、、、

あたしは如月摩耶に憑依して、ミクがぐしゃぐしゃにして川へ投げ捨てたラブレターを、探しまわっていた。

腰まで水に浸かり、ラブレターが流されたと思われる場所を、あちこちまさぐった。


ない、、、

どこを探しても、ラブレターは見つからない。


全身びしょ濡れになりながら、あたしは川の底をまさぐり続けた。

もうすぐ7月とはいえ、さすがに夜の川の水は冷たい。

でも大丈夫。

憑依してるあたしは、触覚や痛覚なんかを遮断することができるのだ。

寒さも痛みもみんなスルーできるなんて、すごい便利。

これなら怪我をしても痛くないし、水の冷たさに震えることもない。

おなかもすかないし、まったく疲れることなく動き回ることができる。

それってゾンビみたいだけど、とにかくあたしはガムシャラに川底をあさり続けた。

なんとしてもラブレターを探し出して、航平くんに渡さなきゃ。

あたしの想いを伝えなきゃ。


両手の指や腕は、川底の石や泥でガサガサになり、尖った岩やガラスでアザや切り傷だらけ。

素足のままで川に入ってるせいで、両足とも爪のなかまで真っ黒になって、血が滲んでる。

でも、『あたしのこと手伝う』って、如月は言ってくれてたんだし、このくらいしたって、大丈夫よね。


そうやって夜な夜な、あたしは如月摩耶に憑依して、浴衣姿で川に入り、ラブレターを探し回った。

しかし、その想いはとうとう、遂げられることはなかった。

からだが、、、

如月摩耶のからだが、、、

言うことをきかなくなってしまったのだ。


つづく

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