8th sense 2
40度以上の熱を出し、如月摩耶は床に臥せっていた。
“はぁ、はぁ、はぁ、、、”
今にも止まりそうなくらい、短く、か弱い呼吸。
つきっきりで看病してたおばあさんは、もう覚悟を決めた表情で、すでに青白くなった如月の顔をのぞき込み、手をしっかりと握ってる。
あたしもその隣で、彼女のことを見てた。
もしかして。
如月摩耶がこんなに弱ってしまったのは、あたしが彼女のからだを酷使したせい?
<ごめんっ。如月さん、あたし、、、>
そう言いながら、あたしは彼女の手をとった。
弱々しい眼差しであたしを見返した如月摩耶は、微かに首を振り、なにかを訴えるように、僅かに唇を動かした。
<いいのです、酒井さん。わたしはあなたに、なにもしてあげられませんでした>
如月の心の声が届いてくる。
彼女は続けた。
<酒井さんにも、よくわかってもらえたと思います>
<なにが?>
<生きているのは、素晴らしいということが>
<え? あたしが憑依してること、あんた知ってたの?>
<もちろんです>
<じゃ、なんで止めなかったのよ? あたし、あんたのからだを無茶苦茶にしたのよ>
<ごめんなさい。こんなにか細くて、弱々しいからだで>
<あたしこそごめん!
あんたの言うとおり、やっぱり憑依なんかするんじゃなかった。
あたしもからだが欲しいって、心の底から思ったもん。
自分のからだ、もう一度取り戻したいって、未練タラタラ。
こんなんじゃ、あたし成仏なんか永遠にできない!>
<…残存念思>
<え?>
<残された想いが遂げられれば、きっと酒井さんも成仏できます。
ごめんなさい。
わたし… お役に立てなくて>
<如月さんっ! あんたほんとにいい人だよっ!>
<最後に、聞いて下さい>
<え?
<浅井さんに取り憑かないで…
もう、解放してあげて下さい>
<、、、>
<あなたが今していることは、愛する人を苦しめるだけです>
<苦しめる? あたしが航平くんを?!>
<死者と生者は、結ばれることはありません。絶対に>
<、、、>
<それを、わかって下さい>
<でも、、、>
<例えあなたの声が、浅井さんに届いたとしても、です>
<、、、>
<存在する世界が違う… それだけは忘れないで下さい>
<、、、>
<酒井さんは、あなたが事故で死んだ場所に、行ったことは、ありますか?>
<あたしが死んだ場所?>
<ええ…>
<そういえば、、、 なかった。ような、、、>
<一度でいいから、行ってみて、下さい>
<そうしたら、なにかあるの?>
<酒井さんが、残存念思から、抜け出せるきっかけ… 見つかるかも、しれません>
<抜け出せるきっかけ? ほんとにそんなものがあるの?>
<それは… わかりません。が… 少しでも可能性があるのなら…>
<うん。わかった>
<…お願い、します>
<如月さん。いろいろありがとう。あたし、あなたにはすっごい感謝してる!>
<いえ…>
<早く元気になって!>
<わたしは、もう…>
<如月さん?>
<次にお会いするときは、あなたを迎えに、くるときかもしれませんね>
<な、なにわけわかんないこと言ってるの!>
<もう、お別れです…>
<えっ?>
<さよう、なら…>
<如月さん!>
<…>
<如月さんっ!!>
<…>
それきり如月摩耶は、目を閉じて動かなくなった。
おばあさんは彼女のからだに取りすがって、泣き崩れる。
その瞬間だった。
パァっと天上から、まばゆい光が差し込んできたのだ。
真っ白で
その光は如月のからだを包み、明るく輝かせた。
目が開けられない。
あまりのまばゆさに、あたしは目を閉じて顔を背ける。
再び如月摩耶を見たとき、彼女のからだの上には、透明に輝くもうひとりの如月摩耶が、浮かんでた。
<如月さんっ?!>
思わずあたしは声をかけた。
ゆっくりと振り向いた如月は、慈悲深い微笑みを浮かべてあたしを見つめていたが、やがて天を仰ぐと、光に導かれるように、青白い輝きのなかを昇っていった。
それが、あたしが最後に見た、如月摩耶の姿だった。
『2-3』の教室は、重苦しい雰囲気に包まれてた。
みんな、先生からの
「1学期のうちに、二度もこんな話をしないといけないなんて。
わたしもみんなも、悲痛な気持ちだと思います」
そう言いながら担任の井上先生は、真っ赤に泣きはらした瞳を、ハンカチで押さえた。
そのあと、あたしのときと同じように通夜の説明があって、先生が教室を出ていったあとは、クラスメイトが数人ずつ教室の隅に固まって、ひそひそと噂話をささやきあった。
「知ってる? 如月さんの手足には、いっぱい傷があったって。それって、虐待なんじゃない?」
「違うわよ。イジメの跡よ」
「けっこう嫌がらせされてたしな~。体育館裏に呼び出されたこともあったらしいけど、そのときボコられたんじゃないか?」
「先生は急性肺炎で死んだって言ってるけど、ほんとかな?」
「イジメが原因の、自殺かもよ?」
「酒井といい、如月といい、よりによって、クラスの美少女ツートップが、立て続けに死んじゃうなんて」
「もしかして、あずさの祟りなんじゃない?」
「え~~~。ほんとにそんなこと、あるの?」
「だって。如月さんだって言ってたじゃない。あずさの霊が
「やだ~~~~」
「航平くんがあんなに弱ってるのも、、、
もしかして航平くん、ほんとにあずさに取り憑かれてるからかも」
「じゃあ次は、航平くんの番?」
「ええっ~~。どうしたらいいのよっ?!」
「航平くんにお札いっぱい貼って、あずさが近寄れないようにしたらいいんじゃない?」
「なんか昔の怪談みたい」
「牡丹灯籠? 好いた男のところに、夜這いをかける幽霊のお話し」
「はは。なにそれ?」
「冗談言ってる場合じゃないわよ!」
「如月がイジメで自殺したのなら、それこそクラスのみんなを恨んでるかもよ」
「あんた、黒板に如月の悪口描いてたでしょ。真っ先に呪い殺されるかも」
「ありえる。あの子暗くて頭おかしかったから、死んだら絶対、怨霊になるタイプだよね」
「やめてよっ、そんな話!」
「ほんとにどうなるのよ。これから、、、」
教室のなかには、不安で
みんなの表情には、恐怖の色が見え隠れしてる。
だれもが怯えてる。
あたしはミクを見た。
彼女はだれともしゃべらず、ひとりで机に張りついたまま、表情を固く強張らせてる。
そりゃそうよね。
あたしの航平くんを寝取ろうとした、薄汚い女なんだから、、、
如月摩耶がイジメられる発端になったのも、あんただし。
次に死ぬのはミク。あんただよね。
つづく
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