8th sense 3

 萌香とミクは、並んで歩いてた。

ふたりのあとを、あたしはずっとついていく。


ふたりともほとんど口をきかなかった。

賑やかな国道の歩道を、ふたりは黙ったまま歩いてた。

夕方のラッシュで、道はクルマで溢れかえってる。

大きなトラックやダンプカーなんかが、道幅いっぱいに突っ走ってきて、ふたりを追い越してく。

トラックの巻き起こす風に煽られ、髪や制服のスカートが、ひらひらと舞い上がる。

いくつかの交差点をやり過ごし、歩いてたふたりは、遮断機の降りた踏切の前で立ち止まった。

踏切を渡ってすぐの所に、駅の改札がある。

ミクと萌香は帰る方向が反対だから、この駅で別れるはずだ。


“カンカンカンカンカンカン…”


踏切の乾いた音が、夕闇の濃くなった街角に鳴り響く。

血のように真っ赤な光を交互に点滅させながら、警報機が電車が来ることを知らせてる。

ミクと萌香の顔が、赤い光でほのかに照らされてる。

線路の向こうをぼんやり見つめてたミクは、ポツリと漏らした。


「なんか、、、 あの頃のことが、夢みたいね」


萌香は不思議そうに、ミクを振り向いた。

目線を遠くに向けたまま、ミクは続ける。


「萌香とわたしと、、、 あずさで。こうしてよく、いっしょに帰ってたじゃない。

コンビニでドリンク買ってさ。駅のホームで電車が来るまで、よく話し込んでた。

電車を何本もやり過ごして、ずっとしゃべってたよね。

どうでもいいような内容ばかりで、盛り上がってたよね。

いつまでもいつまでも、話が尽きなかった。

ずっとあのまま、三人でいたかったね」


ミクの言葉に、萌香も遠くを見るような眼差しになって、ため息ついた。


「、、、そうだったわね。まだ三ヶ月も経ってないのに、随分昔のことみたいに感じるね」

「ん、、、」


ミクはうつむき、唇を噛んだ。


「わたし、、、 あずさに悪いこと、してるのかな?」

「航平くんのこと?」


萌香の問いに、ミクは黙ってうなずいた。

『航平くんのこと』って、いったいなに?


「わたし、時々思うことがあるのよ。

あのときほんとに、あずさが如月さんに取り憑いてたんじゃないのかな? って」

「こないだミクが言ってた、大谷川の橋でのこと?」

「ん」

「そんなバカなこと、あるわけないじゃない。

ミクの言ってたとおり、それは如月さんのお芝居なんじゃないの?

如月さんって、なに考えてるかわかんなかったし、時々変なこと口にしてたし、航平くんのことが好きだったとしても、それをいびつな形でしか伝えられなかったのかもよ」

「わたしだってそう思ってた。でも、、、

如月さんが死んじゃった今、冷静になってあのときのこと考えてみたら、如月さんの態度。『演技してる』って感じじゃなかったもん。萌香はその場にいなかったから、わかんないだろうけど」

「…」

「ほんとは、如月さんはあずさに、憑き殺されちゃったのかも」

「…」

「航平くんの具合が悪いのも、あずさが取り憑いてるからかもしれない」

「、、、そんなオカルトみたいなこと」

「ないって言い切れる?

わたしだってそんなの、信じてなかった。

でも、あのときだって、、、

机の上に置いてた航平くんの鞄が、勝手に落ちてきた。

絶対、落ちるようなところに置いてなかったのよ。

そのあとの航平くんの態度も、ヘンだった。

如月さんが言ったように、あずさは航平くんの近くにいつもいて、わたしたちと同じように、学校にも来てるんじゃないかしら?」

「、、、まさか」

「萌香、、、 わたし、怖い。

如月さんにはいじわるなことしちゃって、後悔してる。

あずさにも、悪いことしてるって思うし…」


そう言って、ミクは萌香をじっと見つめた。

萌香もそれ以上反論できず、ただ、ミクを見つめてる。


“カンカンカンカンカンカン… プァン”


踏切の警報音に混じって、遠くで電車の警笛が響く。

ふたりの間に、一陣の風が巻き起こった。


「、、、そうだとしても、あずさも、わかってくれるよ」


ストレートの長い髪が、萌香の頬をなでる。

慰めるように、萌香は言った。


「ほんとはミクが、ずっと、航平くんのこと、想ってたってことも」


え?

それ、、、

どういうこと?


「ミクは立派だよ。

ほんのちょっと、、、

あずさの方が、航平くんを好きになるのが早かっただけなのに。

自分の気持ちを抑えて、ずっとあずさの恋、応援してたんだもんね」

「ん、、、」


ひとこと言うと、ミクは電車の方を見た。

下りの普通電車が、スピードを落としながら近づいてくる。


「でも、、、 わたしって、汚い」

「なにが?」


ミクの言葉に、萌香は意外そうに首を傾げる。

淋しそうな顔で、ミクは続けた。


「航平くんへの想いを紛らそうと、他の人ともつきあってみたけど、、、

やっぱりダメ。

いつでも航平くんのことが頭にチラついて、航平くんと較べて、だれともちゃんとつきあえなかった。

わたしって、バカだよね。卑怯だよね」

「はたから見てて痛々しかった。あの頃のミクは」

「ん」

「、、、やっぱ辛いよね。自分に嘘つくのって」

「ん」

「あずさがいなくなって、やっとミクも自分の気持ちに、正直になれたわけだし」


え?

なにそれ?

あたしがいなくなって、よかったとでも言いたいの?

萌香だけは今でも、あたしの味方だと思ってたのに、、、

ひどいっ!


「そんな言い方、しないで!」


責めるような厳しい瞳で、ミクは萌香を見た。

その瞬間、銀色の電車が踏切を横切っていき、ふたりの長い髪をグシャグシャにかき乱した。


「、、、ごめん。そんな意味じゃないわ。

わたしだって、あずさがいなくなって悲しいし、淋しいんだよ。

ただ、ミクの気持ちはずっと知ってたから、あずさが航平くんのことをミクに話す度に、ハラハラしてた。

ミクの犠牲がなきゃ、わたしたちとっくに、ケンカ別れしてたと思う」

「そう、、、 かもね」

「だからわたし、和馬くんにお願いして、ミクと航平くんのこと、セッティングしてもらったのよ」


えっ?

航平くんとミクを図書館で引き合わせた件は、裏で萌香が糸を引いてたの?

てっきり、和馬くんの余計なおせっかいだと思ってたのに。


電車が通過して、止まった時が動き出したように、クルマも人もいっせいに動き出す。

遮断機の上がった踏切へ、ふたりも足を踏み出した。

雑踏に紛れながら、萌香は続ける。


「あずさが死んだあと、和馬くんから『航平くんが落ち込んでる』って聞いて、、、

航平くんがあずさのこと好きだったって、そのとき初めて知ったの。

『航平を元気づける方法ないか』って和馬くんから聞かれて、ミクなら航平くんのこと、慰めてあげられるだろうと思ったんだけど、、、」

「わたしが、せっかちだったのかもしれない」


ミクはそう言ってうつむいた。


「航平くんのなかには、今でもあずさがいるの。

それを思い知らされちゃった」


肩を落とすミクに、萌香は励ますように言う。


「今はしかたないよ。

あずさが死んで、まだ三ヶ月しかたってないし。

だけどそのうち航平くんも、ミクの真剣な想いに気づいてくれると思うよ。

いつまでも、死んだ人のこと想ってても、しかたないしね。

だから、元気だしなよ!

わたしも応援してるから!」

「、、、そうね」


淋しさを吹き払うように、ミクは顔を上げて、笑顔を作った。



、、、許せない。


ふたりしてあたしに、ずっと隠しごとしてたわけ?

ミクだけじゃなく、萌香もあたしのこと、裏切ってたっていうの?

あたしなんか、いない方がよかったんだ?!

あたしが死ぬこと、ミクも萌香も望んでたんだ!


ふたりとも親友だったのに。

一生の友達だって思ってたのに。

こんな形で裏切られるなんて。


許せない。ふたりとも、、、

絶対!


、、、恨んでやる。

呪ってやる!


、、、、、、、そしてあたしは真っ黒な闇の世界に、ブラックアウトしていった。


つづく

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