9th sense 1

     9th sense


 そこは、『地獄』と呼びたくなるような場所だった。

だけど、生きてる頃に本やマンガで見て、想像してたものとは、全然違う。

そこには鬼も悪魔もいないし、からだを焼き尽す業火も、全身を貫く針山も、人を丸茹でにする釜もない。

そこはただの、真っ暗闇の世界。

だけど、虚無ではない。

震えるほど凍てついた孤独な暗闇のなかで、たったひとつの感情だけが、どす黒く渦巻いてた。


うらみ


あったのは、それだけだった。

怨みの感情だけが、あたしのまわりを覆い尽くし、そのなかに自分だけがポツンと存在してるのだ。

あたしのからだからは、醜いむしが無数に湧き上がってた。

腐臭が漂ってる。

からだから腐り落ちた、肉の匂いだ。

肉体なんて、とっくの昔になくなってるのに、、、

なんて臭いの?

吐き気がする。

このまま永遠に、あたしはひとりで、こんな醜い世界にいなきゃいけないの?


淋しい、、、

淋しすぎる。

永遠にひとりぼっちだなんて、、、、、、



どのくらいそこに漂ってただろう。

気がつくと、はるか彼方に、一点の光が浮かんでるのが見えた。


出口?

希望?


とりあえず、そこに進むしかない。

腐れ落ちる脚を引きずり、爪で虚空を引っ掻きながら、あたしはすがるように、その光を目指した。



 ようやく辿り着いた光のなかにあったものは、見慣れた日常の風景だった。

通い慣れた学校。

その二階の廊下に、航平くんの姿があった。

物思いにふけるかのように、航平くんは学校の廊下の窓辺から、日の暮れかかった遠くの景色を見つめてたのだ。


航平くん、、、


やっぱり、あたしを救ってくれるのは、この人なんだ!

航平くんの側に行かなきゃ!

そして、ラブレター渡さなきゃ!!



 気がつくとあたしは、航平くんの横に立ってた。

航平くんの見てる景色をあたしも見たくて、視線の先を追っかける。

だけど、あたしに見えるのは、血のようにどす黒い夕陽。

こっちの世界に帰ってこられても、あたしの目にはもう、美しい景色は見えない。


「きゃぁ~~~っ、、、」


そのとき廊下の方から、甲高い悲鳴が聞こえてきた。

思わず振り返る。

そこにいたのは部活帰りらしい、スポーツバッグを抱えたふたりの女生徒だった。

片方の子があたしの方を見つめ、両手で口元を覆って、恐怖に満ちた瞳を見開いてる。

いったいなんなの?


「アリサ、どしたの?」

「チカちゃん、あそこ、、、」


彼女は引きつった顔で、あたしの方を指差した。


「お、おっ、おばけっ!!」


、、、まさか?


<あなた、あたしの姿が見えるわけ?!>


女生徒を見つめ、あたしは聞いた。

だけど彼女は、あたしのことを恐ろしそうに見てるだけ。


<ねえ。聞こえないの? ほんとにあたしが見えてるのっ?!>


さらに詰め寄って、あたしは問いただした。

恐ろしさで彼女は固まってる。


「アリサ?!」


『アリサ』と呼ばれた子は、隣の女の子の声で我に返り、また叫んだ。


「こっちこないで… いや~~~っ!!」


二三歩後ずさりをすると、彼女は悲鳴を上げて逃げ出した。

『ま、待ってよアリサ~~!!』と言いながら、もうひとりの子はあとを追いかけていく。


なによ!

そんなに怯えて逃げてくなんて、失礼だわ!

でも、、、

航平くんになら、ちゃんとあたしの姿が見えて、声も聞こえるかもしれない。

今までだって、漠然とだけど存在を感じてくれてたんだし。

だったら今こそ!


航平くんは驚いた顔で、悲鳴が聞こえた方を振り返って見てた。

ワクワクしながら、あたしは航平くんの真正面に立ってみる。

航平くんにもあたしのこと、今なら見えるかもしれない!


『酒井さん。ずっと会いたかったよ!』


そう言って、嬉しそうにあたしに微笑みかける航平くんの顔が、一瞬頭をよぎった。


「…」


だけど航平くんには、やっぱりあたしのことは見えてなかった。

ただ、走り去っていく女の子の後ろ姿を、訝しげに見てるだけ、、、


どうして、、、

どうして航平くんには見えなくて、どうでもいい人には見えるのよっ?!



「聞いた?

2組の木葉さん、あずさの幽霊見たって」

「5組の小林さんも、部活帰りに体育館で見たらしいよ!」

「木葉さんや小林さんって、『見える体質』だもんね」

「それで、あずさの幽霊って、どんなだったの?」

「廊下に立ってたんだって。顔とか脚からとかいっぱい血を流してて、制服も血みどろで。怖い顔でこっち見てたらしいよ」

「手に血だらけの封筒持ってたって話だけど、なんか意味あるのかな」

「怖い~~~、、、

なんであずさが、幽霊なんかになって出てくるのよぉ?!」

「いったいだれに、怨みがあるのよぉ~~;;;」


 一週間もしないうちに、あたしの目撃情報は学校中に広まってた。

こないだのアリサってだけでなく、いろんな人があたしの姿を見たらしい。

そのだいたいが、『霊感体質』と言われてる女の子だった。

彼女たちの表現では、どうやらあたしは事故直後の血みどろの悲惨な姿をしてて、手にはラブレターを持って、恨みがましい顔をしてるらしい。


なんか、納得いかない、、、

今のあたしって、他の人からはそんな風に見えるわけ?

だいたいその、『霊感体質』ってのが、怪しすぎ。

本当にあたしのことをわかってくれたのは、如月摩耶くらいのもの。

彼女だけはあたしのこと怖がらず、真剣に話を聞いてくれて、力を貸してくれた。

生きてるときと同じように、、、

ううん。

生きてるとき以上にやさしく、真剣にあたしに接してくれた。


、、、その彼女も、もういない。

如月がいなくなった今、あたしに出口を指し示してくれる人は、だれもいない。

あたしは孤独。

『怨』だけの、真っ暗闇の世界で、あたしは見つからない出口を探して、ひとりでもがいてるだけ。

いったいどこへ行けばいいんだろ?

どこへ行けば、あたしは救われるんだろ?!


絶望、、、


それしか今のあたしには、見えてなかった。

そして、、、

それしか見てないあたしは、気がつきもしなかった。


怨みの真っ暗闇のなかで、ろうそくの炎よりも弱々しい光が、思い出したようにときおり浮かび上がっていたことに、、、


そんなさなか、事件は起こった。


つづく

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