9th sense 2

「早く保健室に!

いや。

それより救急車を呼びなさい!

おまえらボケッと突っ立ってないで、早くそっちを抱えろ!」


顔色を変えて、体育の先生が指図する。

凍りついたように固まってたみんなは、その大声で我に返り、ザワザワと騒ぎはじめた。

何人かの女生徒が集まってきて、心配そうに声をかける。


「萌香、大丈夫?」

「萌香っ!?」


その輪に混ざって、あたしも萌香の顔を覗き込んだ。

砂場に倒れ込んでた萌香は、あまりの痛みに顔を歪め、歯を食いしばってる。

胸元からは血が噴き出し、真っ白な体操服をみるみる紅く染めていく。

予想もしてなかったできごとに、あたしは固唾を呑んだ、、、



「では次、石谷萌香。やってみろ!」

「はい!」


 鉄棒の授業でのことだった。

先生の声で萌香は列から立ち上がり、自分の背より高い鉄棒の方へ歩み寄ると、軽くジャンプしてぶら下がった。

そのままからだを前後に大きく振り、勢いをつける。

最後にタイミングよくからだを跳ね上げ、逆上がりを成功させた、、、

と思った直後、まるで別の力が働いたかのように、萌香のからだは鉄棒を超え、手を滑らせて落ちたのだ。

落ちるときに鉄棒で顔を打ち、さらに運の悪いことに、落ちた先の砂場にはライン引きが置いてあり、尖った金属の部分に胸を打ちつけてしまったらしい。


みんなが騒ぎ慌てる姿を、あたしはただ見てた。


萌香のことは憎かった。

チャンスがあれば復讐してやりたいと、ねらってたのは確か。

この鉄棒の授業でも、遠くから萌香を見ながら、『落ちろ!』と念力かけてた気がする。

だけど、、、

ほんとにそれが実現するとは、思ってもみなかった。

これはただの事故?

それとも、、、


『想いが昂じたとき、物理的に影響を与えることもできる』


如月摩耶はそんなこと、確か言ってた。

ってことは、『萌香なんか死ねばいいのに』ってあたしの気持ちが、彼女に害を与えたってこと?!

もしかしてあたし、、、

能力がパワーアップしてる?



 萌香の怪我は、出血の割にはそんなにひどくなく、顔面の切り傷と、全治3週間程度の胸の裂傷くらいですんだ。

だけど、額と胸から血を流す姿が、みんなにはあたしの姿にダブって見えたらしい。

『萌香が怪我したのは、あたしの呪いだ』という噂が、あっという間に学校中に広がり、みんなそれを信じ込んでしまった。


、、、ひどい。


ちょっと前までは、いっしょに笑いあってた仲なのに。

今はみんな、あたしに怯えるばかり。

如月摩耶がいる頃はまだよかった。

まだ、あたしの話を聞いてくれて、共感してくれる人がいたから。

でも今は、だれもあたしのこと、わかろうともしない。

ただ怖がるだけ。

怯えるだけ。

航平くんだって、あたしのこと、ちっとも見てくれない。

どんなに手を尽くしても、あたしの存在はわかってもらえない。


、、、淋しい。

こんな真っ暗闇で孤独な世界。

たったひとりでいるには、淋しすぎる。


昔みたいに、みんなといっしょにいたい。

こんな世界でも、みんなといれば、少しは気が紛れるかもしれない。

みんなといられれば。


せめて、、、

せめて航平くんだけでも、こっちに来てくれればいいのに。




「航平、今日はみんなで見舞いにきたぞ」


それから数日たった放課後、航平くんに中島和馬くんが、女子を連れてやってきた。

もう三日も学校を休んでる航平くんは、顔色も悪く、なんだか生気がない。

ジャージ姿で玄関に出迎えた航平くんは、『おや?』という顔で、中島くんのうしろを見た。

そこにはミクのほかにもうひとり、メガネをかけた知らない女子が立ってたからだ。


「航平くん。具合どう?」

「ああ。まだ本調子じゃないけど、、、」

「ちゃんと病院に行ってる?」

「行っても、原因わかんないし」


ミクの問いかけに曖昧な返事をした航平くんは、訝しげに見知らぬ女子を見た。

和馬くんは女の子の背中をポンと叩き、紹介する。


「航平は初めてだったな。こっちは5組の小嶋未希ちゃん。今日の儀式のために来てもらったんだ」

「儀式?」


航平くんはますます訝しげな瞳で、『小嶋さん』と紹介された女の子を見た。

黒ぶちのメガネをかけて髪をツーサイドアップにした、地味目な子だ。


「なんだよ? 儀式って」


航平くんの問いに、中島くんはまじめな顔になる。

儀式っていったい、、、

あたしも気になる。


「まあ、、、

とにかく、上がるぜ」


そう言いながら、航平くんの返事を待たずに、中島くんは靴を脱いで上がり込む。


「お邪魔します」

「、、、どうぞ」


ミクと小嶋未希さんも靴を揃えて玄関へ上がる。

まだ納得できない様子で、航平くんは浮かない顔をしていたが、和馬くんに言われるまま、二階の自分の部屋へ三人を案内した。

狭い階段を四人が登っていく。

そのあとをあたしも追いかけた。


「航平。おまえ、信じるか?」


航平くんの部屋に続く廊下を歩きながら、中島くんは小声で訊いた。


「え? なにを?」

「あずさちゃんの霊が、おまえに憑いてるって話」

「、、、」

「どうなんだよ?」

「、、、わからない」

「おかしいな。あずさちゃんはおまえのこと、好きだったんだろ。

昔の怪談だと、幽霊は好きな男のところに毎晩夜這して、エッチしてるじゃないか。それも羨ましいけど、生気吸い取られちゃおしまいだよな」

「おまえな…」


軽口をたたく和馬くんに少しムッとした様子で、航平くんは部屋のドアを開けた。

ミクと小嶋未希は部屋の真ん中に置いてあったテーブルの前に座ったが、航平くんと和馬くんはドアの外に突っ立ったまま、まだ話を続けてた。


「そういえばこないだ、ミクちゃんがお見舞いに来たんだろ?」

「あ? ああ、、」

「ちょっと聞いたんだけど、いっしょにいるとき、鞄が落ちたりしたんだって?」

「えっ?」

「それって、ポルターガイストかなんかか?」

「そんな大げさなものじゃ、、」

「あずさちゃんの霊が嫉妬したんじゃないか? おまえら、なにやってたんだ?」

「いや。まあ、、、 ちょっと、、、」


さすがに航平くんも『エッチの最中だった』とは言えず、顔を赤らめてる。


「ふうん、、、 まあいいや」


にやけた微笑みを浮かべたあと、和馬くんは真顔に戻ってささやいた。


「とにかくミクちゃん、落ち込んでたぞ」

「、、、悪いことしたと思ってる」

「おまえ、あずさちゃんのこと、『まだ吹っ切れない』とか言ったんだって?」

「あ。ああ、、、」

「最悪だな」


ため息つきながら、和馬くんは続けた。


「ミクちゃんっていい子なんだから、いい加減あずさちゃんのことは忘れろよ」

「それは努力してる、けど、、、」

「けど、『あずさちゃんがまだ近くにいるみたい』に、感じるってわけか?」

「ああ、、、」

「姿が見えたり、声が聞こえたりするのか?」

「いや、、、たまにだれかの気配を感じる程度で」

「気配って、、 それだけか?!」

「、、、ああ」


、、、そうなんだ。

他の人には見えることもあるのに、航平くんにだけは、あたしの姿も見えないし、声も聞こえない。

もしかして航平くんって、霊感ゼロなのかもしれない。

でも、最近あたしもパワーアップしたし、鈍感な航平くんに見えるようになるのも、もうすぐよね!


「だけど、おかしいじゃないか」


反撃するかのように、航平くんは語気を荒げた。


「だって酒井さんは、オレのこと、好きだったんだろ?

それなら取り憑いたとしても、オレを病気にしたり、祟ったりするはずないじゃないか。

好きな人を苦しめることなんか、できるはずないだろ」

「そりゃまあ、そうだろうけど、、、」

「だいたい、あの明るくて元気だった酒井さんが、如月さんを殺したりとか、石谷さんに怪我させたりとか、怨霊みたいなことするなんて、おかしな話だよ。酒井さんが人を呪うとか、わけわかんねぇ」

「オレだってそう思いたいよ。

でもあの世では、こっちのジョーシキが通用しないのかもしれないぜ」


そう言いながら、和馬くんは小嶋さんの方をチラリと見て、訊いた。


「、、、未希ちゃん。どう?」


なにかを探るように、ゆっくりと部屋のなかを見渡していた小嶋未希は、少し怯えるように、小声で答えた。


「、、、さっきからわたし、寒気がして」

「寒気?」

「ええ、、、」


そう言いながら恐る恐るあたりを窺ってた彼女は、あたしのいる方向でピタリと視線を止めると、まるで見えてるかのようにじっとこちらを見つめ、さらに小声でつぶやいた。


「確かにいる、、、

この部屋のなかに、酒井さんの霊が」


つづく

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