9th sense 3

「確かにいる、、、

この部屋のなかに、酒井さんの霊が」


「え?」「え?」


航平くんとミクが同時に声を上げた。

怯える様にミクは肩をすくめて泣きそうな顔になり、航平くんはキョロキョロとあたりを見渡す。

『やっぱり』というように腕を組んだ和馬くんは、説明するように言った。


「未希ちゃんは『見える』んだよ」

「見える?!」

「おまえもあずさちゃんの言葉を聞きたくないか?」

「言葉? 聞けるのか?!」

「あずさちゃんが幽霊になってここに彷徨ってるなら、きっとなにか言いたいことがあるはずだろ。

この世に残した未練とか、恨みとか。

未希ちゃんならその声が聞こえると思うんだ。だから来てもらったんだよ」


えっ?

この未希って子には、霊と交信する能力があるっていうの?

如月摩耶みたいに!

あたしの期待は一気にふくらむ。

この子を通して、航平くんにあたしの気持ちを伝えられるかもしれない。

あたしが航平くんのこと、だれよりも好きだってことを!


「じゃあ、そろそろはじめようぜ。航平、おまえも座れよ」


そう言って和馬くんはテーブルにつき、航平くんを手招きする。

小さなテーブルを囲むように、四人は座った。

みんなの準備が整ったのを見て、小島未希は鞄から大きなボードを取り出し、テーブルの上に広げた。

ボードの真ん中には赤いマジックで十字架が書かれてる。

その横には『yes』『no』の文字。十字架の下に数字が0から9まで並んでいて、さらにその下には、五十音の文字が描かれてる。


「それでは、はじめます。これからは精神をこのボードに集中してください」


そう言いながら小嶋未希は、十字架の上に西洋の古いコインを置いた。

これって、、、


「これ、、、

『コックリさん』ってヤツじゃないのか?」


あたしの気持ちを代弁するように、航平くんが言った。

そうよ。

これは『コックリさん』よ。

『マリアさま』とか、『エンジェルさま』なんてバリエーションもあるみたいだけど、鳥居を十字架に変えただけで、これはコックリさんの一種よ。


そういえばあたしが小学生の頃、クラスで流行ったことがあった。

紙の上に十円玉を置いて、みんなで指を乗せて、『コックリさんコックリさん。教えてください』って質問すると、十円玉が勝手に動き出していろいろ答えるって遊び。


『狐の霊が降りてくる』とか『集団催眠状態になる』とかいろいろ言われてたけど、あまりにもみんなヒートアップしすぎて、休み時間にはいつもだれかがやってて人だかりができて、ヒステリーみたいになる子まで出たんで、とうとう学校から『コックリさん禁止令』が出たんだ。

こんな幼稚な遊びで、あたしと交信できるってわけ?!


「静かに! これから先は、話をしてはいけません」


航平くんをたしなめると、小嶋未希はみんなに指図する。


「両手をテーブルに乗せて、隣の人と重ねて下さい」


そう言いながら小嶋未希は、自分の前に置かれた和馬くんと航平くんの手の上に、右手を重ねた。

みんなが手をつなぎ終えると、自分の左手の人差し指を、十字架に置かれたコインに静かに乗せる。

彼女の占い方は、ふつうのコックリさんとはちょっと違ってた。

ふつうならみんなの指を乗せるんだけど、小嶋さんはひとりでやるつもりらしい。

アイマスクで目を覆うと、彼女は厳かな声で言った。


「今から酒井あずささんの霊を召還します。

精神を集中して下さい。

これは遊びじゃありません。

本当の降霊術です。

なにがあっても絶対に、つないだ手を離したり、この場から逃げ出さないようにしてください。

でないと、命の保証はできません」


みんな緊張と不安で、一気に固くなる。

ミクの顔には明らかに、後悔の色が浮かんでた。


「あと、わたしは目隠しをしているので、文字盤を読むことができません。

中島くん、コインが動いたら、その文字を読んでください」


「お、おう、、」


戸惑いながら和馬くんが返事をする。

小嶋未希は眉間にしわを寄せ、呪文のようにつぶやきはじめた。


「全知全能の天使さま。全知全能の天使さま。

どうぞ酒井あずささんの霊を、ここに召還してください、、、」


『召還』って、、、

なんだかほんとっぽい響き。

ちょっとワクワクしてきた。


「酒井あずささん。酒井あずささん、、 そこにいるなら『yes』とお返事ください。

酒井あずささん、、、」


小嶋未希はずっと、あたしの名を呼び続ける。


、、、感じる。

彼女の霊力を。

如月摩耶に較べればはるかに弱いけど、この子が『見える』ってのは、まんざら嘘でもなさそう。


しばらくすると、コインに置かれた彼女の指先から、淡いオーラのような光が発せられるのを、感じるようになってきた。

それは、暗闇の中にポツンと灯る、希望の光。

淡くて弱い光だったけど、それでもあたしは吸い寄せられるように、少しづつ彼女の方へ近づいていった。

もうすぐ小嶋未希の左指に触れる、、、

と思った瞬間、コインがスーッと『yes』の文字の上に移動した。


えっ?

あたしまだ、なんにもしてないのに?!


「イっ、イエス、、、」


驚きに満ちた顔で、和馬くんはボードの文字を読み上げた。


「名前を聞かせて下さい」


冷静な声で、小島未希は質問した。

興味と恐怖にかられた目で、航平くんも和馬くんもミクも、小島未希の指の動きを追っていく。

アイマスクをつけてる小嶋未希に、盤の文字が見えるわけがない。

コインはゆっくりと、だけど正確に、五十音の文字の上を動いて、名前を綴った。

ひと文字づつ読み上げる和馬くんの声が、震え出してくる。


『さ・か・い・あ・す・さ、、、』


六つの文字を読み上げた和馬くんは、ゴクリとツバを飲み込んだ。


『さかいあすさ』って、、、

あたしの名前?

だれよ!?

人の名前を勝手にかたってるのは!


<けけけけけ、、、>

<ぎひひひひ、、、>


そのとき、どこからともなく、不気味な笑い声が響いてきた。

あたしは部屋のなかを見渡した。

いつの間に集まってきたんだろ?

部屋のあちこちに、小嶋未希のやることを興味深そうに眺めてる、たくさんの小さな黒い影がいたのだ。

その数はどんどん増えていく。

大胆にもテーブルの上に乗ってきて、コインに触ったり、小嶋未希にじゃれついてるやつもいる。

こいつら、どっかで見たことある、、、


そうだ!

如月摩耶にまとわりついてた、下級霊どもだ!


「酒井さん。あなたはどうして、ここにいるのですか?」


小嶋未希は質問を続けた。

自分が相手してるのが、下級霊だとも気づかないのかな?

所詮、この子の霊力って、その程度のものなのか、、、


下級霊どもは儀式に興味を持ったみたいで、面白半分にコインを動かしだした。


『う・ら・み』


「えっ?」「きゃ、、、」「おい、、」


コインの動きを見つめる三人に、動揺が広がる。

こら! 下級霊ども!!

そこは『恨み』とかじゃなくって、『恋』とか『ラブレター』だろ!!


冷静を装い、小嶋未希は質問を続けた。


「なにを恨んでいるのですか?」

『に・く・い』

「なにが憎いのですか?」

『お・ま・え・ら・み・ん・な・む・か・つ・く』

「おまえらって、ここにいるわたしたちですか?」

『3・く・み・の・や・つ・ら・み・ん・な』

「3組って、、、 わたしたちのクラス」


震える声で、ミクがつぶやいた。

それでも小嶋未希は静かな声で、重ねて訊いた。


「憎いわけを教えて下さい?」

『こ・ろ・し・て・や・る』

「だから、恨んでいるわけを教えて下さい?」

『し・ね』

「どうして教えてくれないのですか?」

『の・ろ・つ・て・や・る』

「、、、もうやめよ! 怖いっ!」


パニックに陥ったミクは、思わず両手で顔を覆い、泣きながら叫んだ。


つづく

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