7th sense 3

 そしてある日、とうとう航平くんの部屋に、ミクが上がり込んできた。


「具合はどう?

航平くんが学校休むなんて、珍しいわね」


学校の帰りのミクは、制服姿で、手にはスーパーのビニール袋を下げ、航平くんのチャイムを鳴らした。

ミクめ、、、

スカートをいつもより、ひとつ余分に折ってる。

パンツが見えそうなくらい短い。

このビッチめ!


「ああ。なんか調子悪くて、、、」


そう言いながら、ジャージ姿の航平くんは玄関のドアを開けて、ミクを迎え入れる。


「どこが悪いの?」

「なんか、肩がずっしり重くて頭痛がするんだ。

それに胸が、見えない力で押さえつけられてるみたいに、締めつけられるように苦しいし。

あと、時々吐き気とめまいがして、、、」

「え~。大丈夫なの? 病院、行った?」

「今は調子よくなったから」

「じゃあ、これ食べて元気出して」


そう言ってミクはスーパーの袋を差し出した。

なかには桃がふたつ入ってる。


「ありがとう。えっと、、、」


そう言って航平くんは、ミクの様子をうかがった。

玄関先にちょこんと立った彼女は、期待に満ちた眼差しで、航平くんの次の言葉を待ってる。


「、、、ちょっと上がってく?」

「え? いいの?」

「ああ。誰もいないから、なんのおかまいもできないけど」

「そんなのいいよ。嬉しい♪」


花が咲いたような笑顔を浮かべ、ミクは靴を脱いで綺麗に揃える。

こんな泥棒猫みたいな女。

航平くんも、さっさと追い返せばいいのに、、、


 航平くんの部屋に入り込んだミクは、ベッドを背にして床に座り込み、物珍しそうに周りを見回した。

短いスカートからのぞく太ももが、妙にエロっぽい。


「ふぅん。男の人の部屋って、散らかってるイメージだけど、航平くんって綺麗に片づいてるね。想像したとおりかも」

「そう?」

「あ。わたしがやったげる」

「じゃあ、頼むよ」


キッチンから持ってきた果物ナイフを、航平くんから受け取ると、ミクは器用に桃をむきはじめた。よく熟れた桃からは、瑞々しい雫がしたたり落ちる。

航平くんの視線は、果汁の落ちる先に吸いついてた。

乳白色の液体が二三滴はじけ散ちり、スカートから伸びるミクの太ももを濡らした。


「手、濡れちゃった。ベトベトする。ポケットにハンカチ入ってるから、航平くん取ってくれない?」


そう言いながらミクは軽く腰を浮かし、航平くんの目の前に濡れた指先を差し出すと、いたずらっぽく微笑む。

そんなベタな罠に、航平くんはまんまとハマった。


「どこのポケット?」

「スカート」

「えっ? スカート?!」

「早くぅ。手がベタベタして気持ち悪い~」


ミクは甘い声で急かす。

躊躇ためらいながらも航平くんは、スカートのポケットにぎこちなく手を入れた。


「こっ、このなか?」

「多分、そっち」

「な、ないぞ、、、」

「あんっ、どこ触ってるの?」

「ごっ、ごめんっ」


航平くんの手の動きに合わせるように、ミクは軽く腰を動かす。

だけどハンカチは見つからないらしく、航平くんは焦ってる。


「もっと奥まで突っ込んでよぉ。遠慮しなくていいからぁ」


ミク!

なにエロいこと言ってんのよ!

頬を赤らめた航平くんは、ミクのスカートのポケットに、思いっきり手を突っ込んだ。


「きゃっ!」


膝立ちになってたミクは、バランスを崩す。

とっさに手を出してかばったものの、航平くんも支えきれず、ふたりは抱き合うようにして床に転がった。

なんてベタな展開!

ミクめ。

はじめっからこれを狙ってたのか?!

むかつく女!!


「ごっ、ごめん」


まるで押さえ込むような格好でミクの上に乗りかかってた航平くんは、頬を赤らめて離れようとした。

だけどミクは、航平くんの首に桃汁でベトベトになった手を回して、憂いのある瞳で彼を見上げた。


「、、、いいよ」

「…」

「ずっとずっと。航平くんのこと、好きだった」

「…」

「わたし、航平くんになら、なにされてもいい」

「…」

「航平くん、、、」


湿り気のある誘うような声で、ミクは航平くんの名を呼ぶと、目を閉じて唇を緩める。

花の蜜に吸い寄せられる蝶のように、航平くんはミクに唇を重ねた。

、、、最悪の展開。


「航平くん、、、 好き。好きだったの、ずっと、、、」


手がベタベタして気持ち悪いのは、もうどうでもいいみたい。

両手で航平くんの髪をまさぐりながら、ミクは吐息混じりにささやいた。


「、、、安藤さん」

「ミクって呼んで」

「、、、ミク、ちゃん」

「航平くん、、」

「オレも、ミクちゃんのこと、好きだよ」


ぇ、、、

えええええええええ~~~~~~~~!!!!


信じらんない!

航平くんはあたしのことが好きなんじゃなかったのっ?!

ミクなんかに騙されないで!

航平くんがほんとに好きなのは、あたし!

中学時代からずっと想ってくれてたんでしょ!

告るつもりだったんでしょ!

あたしの写真とか、スク水画像とかも、たくさん大事に持ってくれてるじゃない!

あたしだって航平くんのこと好きで、夜なべしてラブレターまで書いたんだから。


あたしの気持ち、航平くんに伝えたい!

そうすれば航平くんだって、そんな女に騙されなくてすむし!


「嬉しい。航平くん!」


そう言ってミクは、航平くんを抱きしめて、自分からキスをした。


「ん、、、 んんっ。航平、くん、、、 ああっ」


航平くんの手が、いつの間にかミクの薄い制服のシャツの上を這い、胸元に届いてた。

可愛らしい喘ぎ声をあげて、ミクはからだをのけぞらせる。

その声にあおられるように、航平くんの手はミクの胸をやさしく揉みあげる。


「はぁん。あっ。ああっ」


ミクの声が粘り気を増し、静まり返った航平くんの部屋に響く。

もう航平くんは、ミクのからだに夢中だった。

ブラウスのボタンをはずし、ブラをずり上げると、胸をはだけさせ、プルンとした真っ白なふたつのふくらみに顔を埋めた。


<やめて!やめて!やめて!やめて!やめて!やめて!やめて!やめて!やめて!やめて~~!!>


折り重なったふたりの前に立って、あたしは声を張り上げる。

もちろんその声は、届かない。


口惜しい!

航平くんとエッチするのは、あたしのはずだったのに!

あたしでさえできなかったこと、ミクがやってる。

しかも、あたしの目の前で!


妬ましい!

恨めしい!


<やめて!やめて!やめて!やめて!やめて!やめて!やめて!やめて!やめて!やめて~~!!>


航平くんの机を力いっぱい叩きながら、あたしはさらに大声を上げた。


“ドサッ…”


そのとき、机の上に置いてあった航平くんの鞄が、床に落ちた。

その音で我に返ったように、航平くんはミクの胸から顔を上げた。


えっ?

もしかして、、、

これ、あたしがやったの?!


床に転がる鞄を見つめたまま、思いにふけるように航平くんは黙ってた。

いぶかしげな眼差しで、ミクは航平くんを見上げる。


「航平、くん?」

「…」

「どうしたの?」

「…」

「航平くん?!」

「、、、、、、ごめん」


ひとことあやまった航平くんは、ミクから離れて背中を向け、床に座り込んだ。


「オレ、、、 やっぱり、できない」

「えっ?」

「酒井さんのことが、頭にチラついて、、、」

「…」

「今は、無理」

「…」


航平くんの背中を、穴が開くほど見つめてたミクだったが、無言のままからだを起こすと、大きなため息をついてうなだれた。

そのまま航平くんに背を向けて、乱れた制服を整える。

背中を向けあったまま、ふたりはなにもしゃべらなかった。

あたしはミクの顔をのぞきこんだ。


ミク、、、

泣きそうな顔になってる。


「ごめん。ミクちゃん」

「、、、ん。いいの」


ようやく航平くんが、口を開く。

ミクも、航平くんの方を振り向いた。

無理矢理取り繕ったような、明るい笑顔。


「航平くん、あずさのこと、ずっと好きだったんだもんね。

仕方ないよ。

わたしの方こそ、無理矢理押しかけてきて、ゴメンね」

「いや、、、

ミクちゃんの気持ちは、すごい嬉しいんだよ。

オレだって、君のこと、好きだし、、、

だけどもうちょっと、時間がほしい。

なんだかまだ、酒井さんがオレの近くにいるみたいで、、、 吹っ切れないんだ」


え?

航平くん。

あたしの存在に、気づいてくれてたの?!

やった!

こうしてずっと、航平くんのそばに憑いてた甲斐があった!


「、、、そっか。

あずさ、幸せ者だね。

いつまでもずっと、航平くんに想われてるなんて」


もう一度くるりと背を向けてそう言うと、ミクは鞄を手にして立ち上がったが、部屋のドアノブに手をかけたまま、しばらくじっとしていた。

ポタポタと、ミクの足下に雫がこぼれる。

桃の果汁、、、

じゃない。


「ミク、ちゃん?」

「、、、ごめん。航平くん。

じゃあ、わたしもう帰るから。

航平くんも早く、からだ治してね」


慌てるようにドアを開け、足早に階段を駆け下りると、ミクは靴を履く。

航平くんもミクのあとを追った。


帰れ帰れ!

あたし、ミクに勝ったんだ!


「ミクちゃん!」


玄関ドアに手をかけたミクを、航平くんは呼び止めた。

しかしミクは、振り向かないまま応える。


「ごめん。

わたし今、みっともない顔してるから」


そう言って、ミクはドアを開けて外に出た。

航平くんも裸足のまま玄関を飛び出すと、ミクの肩に手をかけて振り向かせた。

うつむいたまま、ミクはイヤそうにからだをよじる。


「、、、離して」

「ミクちゃん、、」

「航平くん、ほんとにごめん。

なんか今、すっごい混乱してる。

わけわかんなくなってるの。

だから今は、放っといて」

「でも、、、」

「明日また、学校で会おうね。

そのときまでに、わたしも気持ち、整理しとくから。じゃあ、、、」


そう言い残して、ミクは航平くんの腕を振りほどき、小走りに駆けていく。

航平くんはその後ろ姿を、じっと見つめてるだけだった。


ミクめ、、、

ざまぁ。


航平くんはやっぱりあたしが好きなんだ。

あとはあたしの気持ちをちゃんと伝えるだけ。

ラブレター、、、

なんとしても渡さなきゃ!


つづく

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