3rd sense 2

 その日の朝。

教室に入ったあたしは、クラスの様子が今までと違ってることに戸惑った。

どうやら席替えをしたらしい。

航平くんは窓際のうしろの方に移動してたし、あたしの席だった場所にはミクが座ってる。

どうしたらいいの?

あたしの居場所がないじゃない。

あたしの席はどこよ?!

シカトしないでよ。

なんか腹立つ!


むかついたあたしは、ミクの椅子を思いっきり蹴っとばした。

なのにミクは、平然と授業を受けてる。

いったいなんなの?

なんであたしのことスルーするの?!

ミクとはいちばんの親友だったじゃない!

いつからあんた、そんなに冷たくなったのよ!!


そんなあたしの様子を、ミクの斜めうしろに座ってた如月摩耶が、じっと眺めてた。

そういえば如月は、あたしのことが見えたんだっけ。

彼女とは以前、大事な話しをした気がするんだけど、よく思い出せない。


、、、最近なんだか、物忘れがひどい。

あの、夜更かししてラブレターを書いて遅刻しそうになって、学校に走っていってたときに、目の前がブラックアウトしたあとからだ。

あの日を境に、あたしは変わってしまった。

いろんなできごとを、あまり覚えられなくなった気がする。

まるで、夢のなかをふらふら彷徨ってるみたい。

それでも、いつでも心に引っかかってるのは、航平くんへの想い。

そういえばラブレター、まだ渡せてない。

今日こそは!



「あの… 安藤さん」


休み時間になったとき、如月摩耶が遠慮がちに、ミクに話しかけた。


「え? 如月さん?! なに?」

「…あの…」

「え?」

「…」


あたしの席に座ったまま、萌香と話してたミクは、いぶかしげに如月を振り返る。

躊躇ためらっている彼女に、ミクは苛立ってかす。


「なに? 話しがあるなら早く言ってよ」

「あの…」

「なによ?」

「その席は… さ、酒井さんの席だから…」

「酒井… あずさの?!」

「ええ… だから安藤さんは、別の席に替わった方がいいかと」

「は? なに言ってるの?? あずさはもういないでしょ」

「いいえ… いるんです」

「まさか。こんな昼間っから幽霊になって、この教室にいるとでもいうの?」

「信じてもらえないかもしれませんが、その、『まさか』です」

「ばっかじゃない? 人間は死んだら無になって、消滅するのよ。幽霊なんて、いるわけないじゃない」

「いいえ。酒井さんはまだ、この教室にいるんです。安藤さんがそこに座ってるから、居場所がなくて彷徨さまよってて…」

「ふざけないでよ!」

「ふざけてません。自分の席を取られたと思って、あずささんはさっきからあなたの椅子を蹴飛ばしたり、机の上に座り込んで、あなたを睨んだりしているんです」

「え~~っ。こっ、怖いこと言わないでよ!!」


キョロキョロとまわりを見渡し、ミクは怯えたように椅子から飛びのく。

その隙にあたしは席に着いた。

如月GJ!


「やっぱ如月、頭ヘンだわ」

「あずさが教室のなかにいるとか、気味悪~」

「でも、もしほんとに見えてるとしたら、どうする?」

「あずさの席に座ったら、呪われるかもよ」

「え~~~、やだ。幽霊なんているわけないけど…

なんか気持ち悪いから、わたしの席、もう別のとこにする」


あたしの席のまわりで、しばらくみんなはザワついてたけど、次の授業がはじまる前に、ミクは遠く離れた空いてる席に移っていった。

その間中、如月摩耶は黙ったまま、うつむいてた。

だけど、先生がやってきて、みんなの気がそちらに逸れると、秘めやかな声であたしにささやいてきた。


「…酒井さん。今日の放課後、わたしにつきあって下さい」

<え? ダメ。あたし、放課後は用事があるから>

「お願いです。大事な話があるんです」

<しつこいな~。都合悪いって言ってるじゃない>

「…浅井航平さんのことなんです」

<えっ?!>


『浅井航平』

その言葉で思わずあたしは振り返った。

憂いと悲しみに満ちた真剣なまなざしで、彼女はあたしを見つめ、ポツリと言った。


「…浅井さんと、あなたに関することです」

<わたしたちに関すること? でも、放課後はあたし、、、>

「…今日は体育館に行かないで、わたしと帰ってくれませんか?」


体育館って、、、

そんなことまで知ってるのか。

、、、気になる。


<う、、 うん。そんなに言うなら、、、>


あたしはうなずいた。



 放課後。

如月摩耶といっしょに、あたしは校門をくぐった。

夕暮れの街は、かすみがかかったようにもやもやとしてて、陰気な色に染まってる。

空が赤黒い。

いつもの夕焼けとは違った、禍々まがまがしい色だ。


<、、、で。話って、なに?>

「…」


あたしの問いには答えず、如月は黙って日の暮れかかった舗道を歩いていた。


<如月さん?!>

「…酒井さんはもう、覚えてないのですね」


彼女は逆にあたしに訊いてきた。


<え? なにを?>

「あなたはもう、死んでしまったということを」

<えっ? あたしが死んだ?!>

「ええ。もう1週間ほど前、あなたは交通事故で死んでしまったんです」

<そんな冗談やめてよね。あたしはこうしてここにいるし、あなたと話してるじゃない!>

「先週、あなたも見たはずです。自分自身のお通夜と、自分の死に顔を」

<、、、>


、、、そういえば、そんなの見たような気もする。

あれは、夢なんかじゃなかったの?

如月摩耶に連れていかれたお通夜の会場で、お父さんやお母さんが泣いてて、、、

兄も両手をギュッと握りしめて肩を怒らせ、うつむいて嗚咽おえつを漏らしてたっけ。

航平くんはあたしに焼香してくれて、そのあとあたしは、航平くんのあとをフラフラと、家までついてったんだった。

ってことは、、、


<じゃあ、ここにいるあたしは、幽霊ってわけ?>


彼女は黙ってうなずく。

そんな大事なこと、どうして忘れてたんだろ?


「人は死んでしまったときから、もう変化することはないんです」


あたしの疑問を察しているかのように、如月摩耶は語りだした。


「死ぬということはつまり、魂の不活性化。

例えれば、種のような状態になることなのです」

<種?>

「生命として発芽するのを、じっと待っているだけ。

新しくなにかを経験することも、記憶することもほとんどできない。媒体となるからだがないのだから、それは当たり前なんですけど…」

<だけどあたし、今この一瞬もいろんなものを見てるじゃない? 考えることだって話すことだってできるし>

「それは、過去の記憶や行動を反芻はんすうしているだけ。新たな経験の蓄積とは違うのです」

<、、、>

「酒井さんに昇華しきれない執着がある限り、あなたは永遠にこのループのなかにいることになる」

<どういうこと?>

「あれを見て下さい」


如月は立ち止まり、向かいの高いビルを指差した。


つづく

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