2nd sense 1

、、、、嘘でしょ。

信じられない!!


 それはかな~りセンセーショナルな光景だった。

葬儀場に入って真っ先に目に飛び込んで来たのは、部屋の真っ正面に置かれた棺と、それを囲むように飾られた花。そして、、、

制服姿の写真。

間違いなくあたし、酒井あずさだ!

いくらドッキリカメラだとしても、ここまで大掛かりでお金をかけて、不謹慎なことはしないだろう。


この写真は、見覚えある。

そう。

入学式のときに、お兄ちゃんが校門の前で撮ってくれたやつ。

あたしの緊張をほぐそうとして、くだらないギャクばかり言うもんだから、苦笑いの表情で写ってる。

おまけに前日は、中学の友達と半徹で送別会やって睡眠不足だったから、目がちゃんと開いてなくて顔もむくんでる。

これは使ってほしくなかったなぁ、、、orz

お坊さんがお経をあげてる隣には、目を真っ赤に腫らした母と、唇をへの字に結んだ父が、直立不動の姿勢で、参拝者を迎えてた。

ふだんはおちゃらけている兄も、両手をギュッと握りしめて肩を怒らせ、うつむいて嗚咽おえつを漏らしてた。


参列者がひとりひとり祭壇の前にやって来ては、あたしの家族にお辞儀をし、沈鬱ちんうつな表情で焼香したあと、花で飾られた棺の小窓のなかを覗き込んでる。

あのなかに、あたしが入ってる?


<如月さん、、、>


思わず彼女の名を呼び、からだを寄せた。


不安だ。

いったいどんな表情で、あたしは死んでるんだろう?

死ぬ程の事故にったのなら、大きな怪我したりしてるんじゃ、、、

顔とか潰れてたりしたらイヤだ!

そんな姿、航平くんには絶対見てほしくない!!


 如月摩耶の焼香の順番が来た。

彼女はおずおずと席を立ち、戸惑うように小声で言った。


「見る勇気、ありますか?」

<…>


やっとの思いであたしはうなずいた。如月は祭壇へ歩き出し、あたしは彼女にぴったりと寄り添い、いっしょに進んだ。


<、、、やだ。あたし、眠ってるみたい>


小窓から見えるあたしの顔は、穏やかな表情で目を閉じてて血色もよく、唇なんかもほんのりピンクがかり、今にも目を覚ましそうなくらい可愛い。

こうして自分の姿を、まるで他人を眺めるようにして見るのははじめてで、なんだか新鮮。

鏡とは全然違う。

自分のことを、外から客観的に見れてしまう。


<あたしって、けっこう小顔だったんだ>


そんな感想をつぶやいた。


「ええ。酒井さんはとても可愛くて、スレンダーなのにスタイルがよくて運動神経抜群で、魅力的でした。授業やホームルームのときでも積極的に発言していて、素敵だなと思っていました」

<へえ。如月さんはあたしのこと、そんな風に思ってたんだ>

「わたしにないものをすべて持っていたから、羨ましかったです」

<そ、そう? ありがと>

「いえ…」

<それにしても、、、 もっと動揺するかと思ったけど、案外すんなり見れるものね、自分の死に顔。

『あ~。あたし死んじゃってるな~』って感じで、悲しみとかあまり感じないのよ>

「だいたいみんな、そう言います」


如月摩耶はそこで言葉を区切ると、諭すように言った。


「肉体はただの入れ物に過ぎず、大事なのは精神、つまり魂です」

<それって、パソコンやスマートフォンみたいなもの? アプリがハードを動かしてる、みたいな>

「そうですね。内容データが無事なら、本体が壊れても移し替えられるように、自分という機械が壊れて死んでしまっても、それに対するショックは、あまり感じないみたいです。ただ…」

<ただ?>

「凝り固まった垢のように、残存念思は精神にこびりついて、魂の再生を妨げるのです」

<残存念思、、、>


なんかざわざわしてくる。

彼女の言うとおり、あたしの魂が行く先を失くしてるのは、遂げられなかった航平くんへの想いのせい?!


<それって、どんな感情なの?>

「ふつうは恨みや憎しみ、絶望みたいな、負の感情が多いですけど」

<恋みたいな感情って、マイナスじゃないと思うんだけど、、、>

「恋。ですか…」


彼女は軽く首をひねって考え込む。

そのとき、うしろに並んでたクラスの女子が、ひそひそと友達に耳打ちするのが聞こえてきた。


「如月ったら、いつまで焼香してんの? またなにか、わけわかんないことつぶやいてるし。相変わらず気味悪いやつ」

「だよね~。まるでだれかと話してるみたい」

「見えない敵と戦ってるんじゃない?」

「厨二病?」

「それ、痛すぎ」


ふたりはクスクス笑い出した。

なんか不愉快。

如月摩耶は、あんたらみたいな平凡な人間じゃない。

あたしのことがちゃんと見えて、話しもできる特殊能力を持ってるんだ。

そりゃ、生きてるときはあたしも彼女のこと、『不気味で変なヤツ』だと勘違いしてたけど…

だいたいあたしのお通夜の席で笑うなんて、ふざけるのもいい加減にしてよね!


「おまえら、不謹慎じゃないか? だまって焼香しろよ」


不意に男の声がした。

あたしはそちらを振り向いた。

そこには航平くんが立ってて、ムスッとした顔でふたりを睨んでる。


えっ?

もしかして、、、

あたしをかばってくれたの?!


あたしは航平くんをじっと見つめてみた。

もちろん彼は、わたしの視線に気づかない。

慌てて焼香をすませた女子に続き、航平くんは父母に深々と一礼すると祭壇の前に立ち、合掌した。

そのあと抹香をつまみ、額の前まで捧げると、祈るように目を閉じて抹香を香炉に落とす。最後にもう一度合掌して、航平くんは目を閉じた。


そんな彼の一挙手一投足を、あたしは隣で穴が開く程見つめてた。

今までは恥ずかしくて目を合わせることもできなくて、いつだってチラッと盗み見するだけだったけど、こうして死んでしまうと、気づかれることなく心ゆくまで見つめてられる。

それはそれで、案外便利かも。


焼香がすんだ航平くんは、棺の小窓からあたしの顔を覗き込んだ。

瞬きもせず、凍りついたように固まってた航平くんの顔は、次第に険しくなっていく。

最後はイヤそうに眉間にしわを寄せて目を背けると、そそくさと両親にお辞儀して、自分の席に戻っていった。


そんなにあたしの死に顔見るのイヤだったのかなぁ?

そりゃ、死に顔なんて気持ち悪いよね。ふつー。


あたしは航平くんのあとを、フラフラとついていった。

席に着いた航平くんの隣に立ち、ずっと彼のことを見つめる。

ガン見されてるとも知らず、航平くんは読経の間中、ずっと神妙にうつむいてた。

だけどお通夜が終わると、だれとも話すこともなく、真っ先に斎場を飛び出して大通りに出てしまった。


そんなにあたしのお通夜に出るのがイヤなの?

もしかしてあたしって、嫌われてた?

なんだか切なくなってくる。


無意識のうちに、あたしは早足で歩く航平くんのうしろを、ずっとついてった。


つづく

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