2nd sense 2

 いつの間にかあたしは、航平くんの部屋にいた。

六畳くらいのフローリングの洋室で、窓際にはベッドが置いてあり、その隣には小学校の頃から使ってるような、シールを貼ったり落書きした跡がたくさんある木製の勉強机。

向かいの壁には本棚が並んでいて、部活で使ってるバトミントンのラケットやスポーツバッグが、部屋の隅に無造作に置いてある。

インテリアには特に凝ってるってわけじゃないみたいだけど、掃除が行き届いてて、男子の部屋にしては、けっこう清潔。

ちなみにそれは、あたしの兄貴と比較してって話しで、男の子の、それも好きな人の部屋に上がり込むなんて、はじめてのこと。

なんだかドキドキしてきちゃう。


部屋に入った航平くんは、机の上にカバンを無造作に放り投げると、ドスンと荒々しくベッドに座り込み、脱力したように制服も着替えず大の字に転がった。

そのままうつろな瞳で天井を眺めてる。

ときおり『はぁっ、、、、』っという、小さなため息が漏れてくる。


長い間、彼は動かなかった。

だけどあたしには、時間はいくらでもある。

飽きることなく、あたしは航平くんの部屋の真ん中に座り込み、ベッドに横たわって天井を見つめてるだけの彼を、じっと眺めてた。


どのくらいそうしてただろう。

勢いよく起き上がった航平くんは、今度は部屋のなかをうろうろと、おりに入れられた動物みたいに歩き回る。

が、思い立ったように机につくと、カバンからポストカードくらいの大きさの紙切れを取り出した。

なにかの写真らしい。

航平くんはその写真を机に置いて、ボールペンでなにか書き込んでる。

いったいなんの写真?

机の横に立って、あたしは航平くんの手元を覗き込んだ。


『酒井あずさ』

『酒井あずさ』

『酒井あずさ』

『酒井あずさ』

『酒井あずさ』


写真に書き込んでたのは、、、

あたしの名前。

繰り返し繰り返し、いくつも書きつづってる。


え?

なに、これ?!


ドキドキしてもっと顔を近づけてると、ふいに写真の上にひとしずく、水滴がほとばしった。

あたしは航平くんの顔を見た。

目にいっぱいの涙を溜めてる。

ギュッと結ばれた口元は小刻みに震えて、泣くのを必死でこらえてるみたい。

それでも涙は止まらず、一粒、また一粒と、写真の上にしたたり落ちた。

その写真は、、、


教室で机について授業を聞いてるあたしを、斜めから撮ったものだった。


え!

嘘っ!!

航平くんもしかして、、、


心臓ってものがまだあたしにあったのなら、それは早鐘はやがねのようにドクンドクンと高鳴ってた。

膝が震えて、まともに立ってられない。

まさか航平くん、あたしのこと、好きだったりして、、、!?


“ドンッ!!!!”


いきなり、航平くんは両手の拳で力いっぱい机を叩いた。

すごく怖い顔してる。

驚いたあたしは、二三歩後ずさりした。


「今さら遅せーよ」


写真をグシャグシャに握りしめながら、航平くんはつぶやく。


「もう告れねーよ。

一生。永遠に!

まさか、、、

まさか、死ぬなんてよ!

ありえねーよ!!」


そのまま机に突っ伏し、航平くんは肩を震わせながら嗚咽おえつした。


航平くん、、、

ほんとに、、、


あたしのこと、好きだったなんて。

信じられない。


だけど、、、

嬉しい!

夢みたい!!


あたしも、、、

あたしも航平くんのこと、好きだよ。

中2のときから、ずっと。


<航平くん。あ、あたしも、、、 好き!>


勇気を出して告げ、その小刻みに震える肩に、あたしはそっと手を置いてみた。

愛しあうふたりになら、奇跡が起きるかもしれない。

奇跡が起きて、航平くんがあたしに気づいてくれるかもしれない。


だけど航平くんは顔を上げることもなく、泣き続けたまま。

はじめて航平くんに触れたっていうのに、なんの感触もない。

その手は彼のからだを素通りして、なんにも掴めない。

こんなに好きなのに、もう、すべてが遅いんだ。


航平くんごめんね。

あたしの方こそ、告る勇気が出なくて。

でも今日。

今日こそは、ほんとにラブレター渡すつもりだったんだよ。

気持ちのすべてを込めて、便せん5枚も書いたんだから。


夜遅くまで想いをつづってて、

寝坊して遅刻しそうになって、

学校まで走ってて、

目の前急に真っ暗になって、

気がついたら航平くんとはもう、別の世界に行っちゃってた。


航平くんはもう、あたしのことが見えない。

こうしてあたしはすぐ近くにいるっていうのに、気づいてもらえない。

こんなに好きなのに。

せっかく航平くんの気持ちもわかったってのに。

もう。

もう二度と、いっしょの世界にいられない!


悲しいよ!

切ないよ!!


一度だけ、、、

たった一度だけでいいから、航平くんに抱きしめてもらいたかった。

『好きだよあずさ』って、言ってもらいたかった。

両想いのまま、言葉も交わせず、触れることもできないなんて、心が爆発しそうだよ!!!


航平くんの気持ちなんて、

知らない方がよかった!

そうすればあたし、こんな辛い想いをしなくてすんだのに。

辛くて辛くて、引き裂かれそうなくらい、胸が痛んで。

死んだっていうのに、航平くんへの想いは強まるばかり。

こんなんじゃあたし、ちゃんと死ねない!

あっちの世界に、余計に行けなくなるじゃない!!




残存念思、、、、、、


あたしの心に、こびりついて離れない、航平くんへの想い、、、、、、、、、、、、


つづく

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