11th sense 4

「キャッ!!」


ミクの叫び声が響いた。

航平くんの姿を目で追ってたミクには、単に航平くんが車道へよろけていき、膝から崩れ落ちたとしか見えないだろう。


「航平くんっ、危ないっ!!!」


両手をギュッと握りしめ、ミクは力の限り叫んだ。

その声で、和馬くんも交差点の方を振り返る。

和馬くんだけじゃない。

バス停にいた数人の生徒も、車道にひざまづいてる航平くんに気がつき、口々に叫んだ。


「航平くんっ!」「なにやってんだバカ!」「早く逃げろよ!」


航平くんの目の前には、荷物をたくさん積んだトラックが、猛スピードで近づいてる!


“パパパパパパーーーーッ!!!!”


けたたましくクラクションを鳴らし、トラックは急ブレーキでタイヤをきしませる。

だけど、体調の悪い航平くんに、トラックを避ける反射力はなかった。

航平くんとトラックが重なる。

なんとかしようと、ミクが交差点にダッシュしていくが、この距離で間に合うわけがない。


<やったねあずさ。これでもう航平くんはあんたのもんだよ。永遠に!

ミクにもだれにも、取られる心配はないよ!>


もうひとりのあずさは、勝ち誇ったように薄笑いを浮かべた。

その瞬間、あたしの目の前は真っ黒になった。

ブラックアウト。



「航平くんっ!!!!」


なにがなんだかわからなかった。

ただ、愛する人の名前が、交差点の喧噪けんそうに負けないくらいのボリュームで、響き渡った。

それは、、、

あたしの声だった。


気がつくとあたしは、道路の端っこで仰向けにひっくり返ってる航平くんに、馬乗りになってた。


なに?

いったいどうなってんの?


あたしの両手は、航平くんの胸を押さえてる。

お尻から、航平くんのぬくもりが伝わってくる。


ぬくもり?


あたし、航平くんの体温を、感じてるっ!!


“キキキキーーーーッ!!”


鼓膜を突き破るようなブレーキ音が、耳に突き刺さる。

間一髪!

トラックは航平くんとあたしの側を、ギリギリでかわした。

巻きおこった風で、あたしの髪がぐしゃぐしゃに乱れる。


「バカヤロー!! おまえら急に飛び出して、アブねーじゃねーか!!!」


運転手の怒声を残し、体制を立て直してトラックは走り去っていった。

運転手にはあたしの姿が、見えてる!?


あたし、、、

航平くんを突き飛ばして、助けたってわけ?


もしかして。

あたし、、、

今、、、


実体化してる??!!


「さっ、酒井、さん?!」


両目を思いっきり見開いて、混乱した航平くんは道路に横たわったまま、あたしの下で名前を呼んだ。

確かにあたし、航平くんに見えてるんだ!


「航平くん! 航平くん!

よかった!

生きてて!!」

「酒井さん。どうして、、、」

「航平くんっ!!」


航平くんの頬で、透明な雫が弾けた。


やだ。

あたし、涙が出てる。

どんどん、どんどん、溢れ出してくる。

止められない!


「酒井さんっ?!」


まだ状況が飲み込めてないみたいで、航平くんはあたしを見つめて、目をぱちくりさせるだけ。

航平くんの頬は、あたしの涙でぐっしょり濡れてしまった。

あたしだって、なにがなんだかわかんない。

今まで何度やっても、航平くんには見えなかったのに。

航平くんを助けたいって一心で、実体化したとでもいうの?


わけわかんない!

だけど、これだけはわかる。


今、あたしは、航平くんと触れ合ってて、話をしてるんだ!

この瞬間を、どんなに待ったことか。

だけどもしかしたら、次の瞬間にでも、このからだは消えてなくなるかもしれない。

そう思うともう、いてもたってもいられなくなって、あたしは一気にまくしたてた。


「航平くんっ、会えてよかった!

話ができてよかった!

あたし。航平くんのことが好き!

だれよりもだれよりも。

航平くんのことが好きだったの!

もう2年間も、あたしはずっと航平くんのこと想ってきたの。

中学の頃から2年間、同じ教室で勉強してて、同じ高校に通うようになって1年以上経つっていうのに、ほとんど口きいたこともないし、席が隣になったことさえなかった。

だけど2年になってクラス替えがあって、同じ教室のなかに航平くんの姿を見つけたときは、もう感動で息もつまりそうだった。

これはもう『運命だ』って思った。

だから今日こそはあたしの気持ち、知ってもらいたかった!

そう思ってあたし、夜なべしてラブレター書いたの!

便箋5枚も!

キモいよね。

重すぎるよね。

だけど、航平くんのことを想うあたしの気持ちは、止められない!

あたし、振られたっていい。

でもこの気持ちだけは、航平くんには知っててほしい。

あたしが2年間もずっと航平くんのことを想ってきたことだけは、覚えててほしい。

覚えてくれてるだけで、あたしは幸せなんだから!!

航平くんが生きててくれて、ほんとによかった。

やっぱり生きてるって、いいんだもん。

あたしは、

あたしは、、、もう、、、」


涙で胸が詰まり、それ以上は言えない。

航平くんに馬乗りになったまま、あたしはしゃくり上げるだけだった。


「嬉しいよ。酒井さん、、、」


とっても優しい航平くんの声が聞こえると同時に、あたしの両頬に、あったかいものが触れてきた。

航平くんが、あたしの頬を、両手で包んでくれたんだ。

なんか、すごく意外。


「あっ、あたしのこと、怖くないの? 怨霊だよ。あたし」

「そんなことないよ。酒井さんはこうしてオレのこと、助けてくれたじゃないか。ありがと、酒井さん」

「ん、、、」


戸惑いながらも微笑む航平くんが、涙でにじんで見える。

ちょっと考えるように黙った航平くんだったが、すぐに意を決したように言った。


「あの、、、 『あずささん』って、呼んでいい?」

「あず、、 いいよ。もちろん!」

「あずささん、ありがとう」

「航平くん、、、」

「あずささん、、、」


あたしの名前を呼びながら、航平くんはゆっくりとその腕を折り曲げ、あたしの顔を自分の方へ近づける。

あたしも素直にそれに従う。

航平くんは瞳を閉じた。

あたしも閉じる。

そして航平くんの唇があたしに触れた。


あったかい。

はじめてのキス。

航平くんの呼吸が、伝わってくる。

涙が出そう。


「酒井さん。ありがとう。

オレ、、、

オレもずっと、酒井さんのこと、好きだった」

「だった、、、」


言葉尻を反芻はんすうしてしまう。

かすかに、航平くんの表情に困惑の色が浮かんだ。


「そう。そうよね。

あたしはもう、死んじゃってるから。

この世にはもう、いない存在だから、、、

う、、、

ううっ、うっ」


また、涙がポロポロ出てきた。

あたしが帰るからだなんて、とっくの昔になくなってる。

あたし、死んじゃってるんだ。

航平くんとは、いっしょにいられないんだ。

航平くんとはもう、さよならしなきゃ。


そのときだった。

もう二度と晴れることはないと思えるくらいに、どんよりと何重にも雲がかかって、陰鬱いんうつで真っ黒だった不気味な空に、ほんの少しだけ裂け目ができ、一筋の光が差し込み、あたしをほのかに包み込んできたのだ。


つづく

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