3rd sense 4
“ピンポーン”
如月摩耶があたしの家のベルを鳴らす。
インターフォンの向こうから、母の声が聞こえてきた。
『はい』
「あの… はじめまして。酒井さんのクラスの如月と言います」
『…ちょっと待って下さい』
しばらくして、ドアの鍵をガチャガチャと開ける音が聞こえ、母が顔を出した。
どれだけ泣いたんだろうか?
母は顔色が悪く、目の下に隈ができてて、心なしかやせてるように見えた。
如月は、おずおずと会釈する。
「こんにちは。如月摩耶と申します」
「如月、さん? あずさの同級生?! いったいなんのご用?」
不審そうな顔で、母は如月を見た。
そりゃそうだ。
あたしは一度も、如月をうちに連れてきたことなんてないし、話題にしたことすらない。
「あの…」
如月はなかなか切り出せないでいたが、ようやく意を決して言った。
「酒井さんの制服の内ポケットに、手紙が入っていたと思うんですけど… それを見せていただけませんか?」
「…」
母の顔が引きつった。
まるで恐ろしいものを見るかのように、如月をまじまじと見つめてる。
「あなた… どうしてそれを…」
「あ… 酒井さんからお話しをうかがっていて… 生前に」
「話しを。あなたに?」
「はい。酒井さんとは以前からお友達で、浅井さんのことはよく話してもらっていました。気持ちをしたためたお手紙を書いていて、いつか渡そうと、制服の胸ポケットに入れていたことも」
「そう。そうなの… ガサツなあずさにも、あなたみたいな上品で綺麗なお友達もいたのね。あの子ったら、なんにも話してくれないんだから」
お母さん~、、、
本人の目の前で『ガサツ』はないだろ、ガサツは、、、
あたしの突っ込みにも気づかず、母は如月を玄関に招き入れながら言った。
「こんなところじゃなんだから、どうぞ上がって」
如月ナイス。
案外機転が利くヤツ。
あのままじゃ、アブないヘンな人としか思われなかったから、『友達設定』ってのはいいかも。
「では、お邪魔いたします」
両手を揃え、深々とお辞儀して、如月摩耶は靴を脱ぎ、玄関に上がってクルリとこちらを向くと、きちんと正座をして靴を揃えた。
ほんと如月って、仕草に品があって礼儀正しいんだな。
感心しながら、あたしも彼女に続いてうちに上がった。
リビングに如月を通した母は、ティーカップをテーブルの上に置きながら話しはじめた。
「今ちょうど、娘の部屋を整理していたところなのよ」
え?
あたしの部屋を??
「リップとかマスカラとかのコスメや、イヤリングや指輪とかのアクセサリーとかもたくさん出てきてね。ついこないだまでお人形遊びしてたと思っていたのに、あずさもいつの間にか大人になってたんだなって。
好きな人とかできて、ラブレターなんか書くようになっていたんだと思うと、なんだか胸が熱くなってしまって、、、」
そう言いながら母は鼻をすすり、目頭に手を当てた。
ち、ちょっと待ってよお母さん。
無断であたしの部屋に入って、あたしのもの勝手にいじったってこと??
お母さんだからって、それは許せない!
人のプライバシーを踏みにじらないで!!
「それで。あなたの言ってるお手紙。確かに、制服の内ポケットに入ってはいたんだけど…」
隣で憤慨するあたしに構わず、母は申し訳なさそうに言った。
「ほんとはあまり、お見せしたくないのよ」
<えっ? どうして?! 夜更かしして書き上げた超大作のラブレターなのにっ。ちゃんと如月に預けてよ。お母さんっ! それ、どうしても航平くんに渡さなきゃいけないんだからっ!!>
思わずあたしは声を上げた。
が、もちろん母に届くはずもない。
代弁するように、如月が母に頼んだ。
「お願いします。酒井さんは多分、その手紙のことがとても気になっていたのだと思います。だからわたしが、どうしても確認しておきたいんです」
「そう? まあ、いいんだけど… ショック受けないでね」
そう言って母はわたしの部屋に引っ込んだが、すぐに戻ってきて、一通の封筒を如月の前に置いた。
ラブレターを入れたあたしの薄ピンクの可愛い封筒とは違う、会社で使ってるような大きな茶封筒。
「そのなかに入ってるわ」
そう言って母は目を背け、口元を手で覆った。
如月は封筒を開ける。
なかから出てきたのは、、、
ドス黒く血にまみれ、グシャグシャに変わり果てた、あたしのラブレター。
<ぎゃあああああああ~~~~!!!! なんなのこれ! ひどいっっ!!!!! >
ムンクの『叫び』のように、あたしは白目を
一生懸命書いたラブレターが、なんて無惨なことになってんのよ~~、、、、orz
母は説明する。
その言葉は、
「あずさが、事故に遭ったとき、ちょうど胸を、、、 そう、その手紙のあたり、、、 強く打って、出血して、、、
手紙も、そんなになってしまって…
あの子にとっては、大事なものなんでしょうけど、正直わたしも、、、 どう処分していいかわからなくて、、、 開封していいものかどうか…」
「…そうですね。どうしましょう… (酒井さん?)」
母に悟られないように、如月はそっとわたしに目配せする。
慌ててあたしはかぶりを振った。
<ないない! こんなの航平くんに渡せるわけないじゃん!!
こんな血まみれの手紙なんて、ホラーでしかないじゃん!!!
もらったって不気味なだけ!!
もういい!
航平くんに渡すのは諦めるから。
燃やして!
だれも読んじゃダメ!!
封切らないまま燃やして、なかったことにして~っっ!!!!!>
必死にあたしは訴える。
如月は母に言った。
「このお手紙は、燃やして供養した方がいいと思います」
「そう?」
納得いかない様子で、母は如月を見つめた。
「きっと酒井さんも、それを望んでいると思います。わたしにはそれがよくわかります」
「そっか。あずさも、いいお友達持ったわね。そうね。これは、、、 処分するわ」
悲しみを吹っ切るかのように、母は努めて明るく言って、血まみれのホラーなラブレターを再び封筒にしまい、あたしの部屋へ入っていった。
ほっと安心すると同時に、悲しみもこみ上げてくる。
せっかく書いたラブレターがあんなになっちゃって。
いったいあたしは、どうやってこの気持ちを航平くんに伝えればいいの?
もう、どうしようもない、、、
行き場をなくしたあたしの恋は、そのときから迷走をはじめたのだった。
つづく
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