4th sense 1

 救いはまったくなかった。


窓の外はすっかり暗くなってて、まるで黄泉よみの国にいるみたいに、静寂が世界を覆っていた。

自分の部屋のベッドに横たわり、無機質な天井を見つめながら、あたしはまとまらない頭でずっと思いを巡らせていた。


せっかく航平くんの気持ちもわかって、ほんとならリア充な日々が訪れてたはずなのに、あたしはもう死んでて、航平くんとは言葉を交わすどころか、触れることも、姿を見てもらうことさえもできない。

あたしの想いをわかってもらえる、唯一のアイテム、、、

夜更かしして書いたラブレターも、事故でグシャグシャになって、おまけに血のりまでべったりついてて、ホラー状態、、、 orz

こんな手紙もらったって、嬉しいどころか気味悪いだけだし。

しかもあたしは、『残存念思』とやらで、現世への執着が残っている限り、あの世へも行けない。

しかも、死んでから見聞きしたことはほとんど覚えていれないなんて、それじゃあ永遠に航平くんへの想いを抱えながら、幽霊として彷徨うしかないじゃない。

いったいあたしは、これからどうすればいいの?


そうだ!

なんで、なんでこんな簡単なことに気がつかなかったんだろ?!


『恨みや憎しみを持った霊は、場合によっては実体化し、人間に害をなすことがある』

確か如月摩耶は、そう言ってたはず。


幽霊って、実体化できるんだ!


実際、魔の交差点では、霊が人間を道路に突き飛ばしてたし。

ってことは、霊でもその気になれば、人間に干渉できるということ、、、

それならあたしにだって、航平くんの目に見えたり、触れたりして、存在を認めてもらうことだってできるはず。


でも、人間に干渉するっていっても、やり方がわかんない。

触ろうと手を伸ばしても、3D映像みたいに突き抜けちゃうし。

如月ってそこらへん詳しいみたいだし、あたしのこと『成仏させてあげたい』みたいなこと言ってたから、今は彼女を頼るしかない。

とにかく如月と話さなきゃ。


だけど、如月摩耶の家なんて、知らない。

朝まで待ってて学校に行っても、今のあたしじゃせっかく思いついたことを覚えてないかもしれない。

今すぐに、如月に会いたい!

会って話しがしたい!

いろいろ聞きたいことが山ほどある!!



、、、気がついたらあたしは、見たこともない部屋の隅っこに座ってた。

ここ、どこだろ?

あたしは周囲を見回した。


 古ぼけてつやつや光ってる太い柱。

畳敷きの部屋の入口は障子しょうじの引き違い扉で、木枠の窓ガラスからは、月の光が歪んで漏れてくる。

どうやら女子高生の部屋らしく、窓際には背の低い文机ふみづくえが置いてあり、鴨居かもいにはあたしの学校の制服がかけてあって、胸の名札には『2-3』のバッジ。

もしかしてあたし、如月の部屋に、テレポート?してきたってわけ?

全然知らない場所だってのに、、、 死後の能力って、案外すごいんだ。


如月摩耶は、いた。

月明かりしかない、薄暗い部屋の真ん中に敷かれた布団の上に正座して、浴衣姿でなにかぶつぶつとつぶやいてた。

いったいなにやってるの?


よく目をらすと、如月の周囲には真っ黒い綿ぼこりのような『なにか』が、まとわりついてる。

それは彼女のからだに這うように絡みついたり、髪をもてあそんだり、膝の上で跳ねたり、なかには小突くように、背中にぶつかり続けてるものもある。

如月はじっと耐え忍ぶように、目をつぶったまま動かなかった。

これ、いったいなんなの?


<如月さんっ?!>


驚いたあたしは、つい大きな声で彼女の名を呼んだ。

黒い綿ぼこりは、びっくりしたようにいっせいに飛び上がり、じりじりと引き下がったかと思うと、ふっと消えて、みんないなくなってしまった。

いったいどういうわけ??


「あぁ… 酒井さんですか。ありがとうございます」

<今のはいったいなんだったの?>

「あれは、、 下級霊や動物霊、成仏できない魂たちです」

<霊や魂? それがなんであんなにたくさん、、、>

「わたし、霊にかれやすい体質なのです」

<憑かれやすい?>

「はい。自分が見えるからかもしれませんけど、ああいった下級霊や行き場のない彷徨さまよう魂を、わたしは引き寄せてしまうのです」

<引き寄せるって、、、 あんなにたくさんまとわり憑かれて、怖いとか気持ち悪いとか、、、 なんともないの?>

「もう慣れました」

<慣れた?

如月さんって、いつからあんなのが見えるようになったの?>

「物心ついた頃から」

<怖くなかった?>

「はじめのうちは恐ろしかったです。

昼でも夜でも、霊たちがわたしの周りを彷徨っていて…

だれに言っても信じてもらえず、それどころか、気味の悪いことを言う、変な子供と思われて。

ずっと孤独でした。

だけどそのうち、気がついたのです」

<気がついた?>

「霊たちもみな、孤独だということに」

<孤独、、、>

「ええ… 霊たちはみなひとりぼっちで、だれとも接することができなくて、寂しいのだと思います。

だから、自分のことを認めてもらえる人がいると、嬉しくなるのです。

それで、彼らが見えるわたしが頼られて、纏わり憑かれてしまう…」

<ええっ? そんなのウザいじゃん>

「そう思うこともありましたが… わたし自身がひとりぼっちだから、霊のおかげで慰められることもあるのです」

<…>

「それに、彼らは特に悪さをしてくるわけではないですから。ただ…」

<ただ?>

霊障れいしょうというか… あまり纏わり憑かれると、頭痛や吐き気がひどくなって、めまいがすることがあります。

そういうときは気持ちをしずめて、霊たちに早く帰ってもらえるように呼びかけるのですが、みんなわがままで、なかなか言うことを聞いてくれなくて…

でも今夜は酒井さんが追い払ってくれて、助かりました」

<いや、あたしは別に、、、>


『特になにかしたわけじゃないんだけど、、、』

と言いかけて、はっと気づく。


<もっ、もしかして、、、 あたしも、如月さんに憑いてる霊のひとりってこと??>


なんか、やだ。

このあたしが、人に取り憑くなんて。

生きてた頃のあたしって、いつもみんなに囲まれて、ワイワイ賑やかで、ひとりぼっちなんかじゃなかったのに。

今のあたしは話す相手もいなくて、如月摩耶に取り憑くしかないなんて、、


だけど如月は、『安心して』とでも言いたげな優しい眼差しであたしを見つめ、かぶりを振った。


「酒井さんはわたしの大切な同級生です。

素敵な方だなと、あなたのことをいつもまぶしく見ていました。

あなたが死んでしまって、わたしは本当に残念でした。

だから、こうして今、あなたとお話できることが嬉しいのです。

あなたがこの世の執着を断ち切って、無事に来世に旅立てるまで、わたしは力をお貸しします」


如月摩耶!

なんていいヤツなんだ~!!

あんな変な霊どもに纏わり憑かれて、毎日苦労してるっていうのに、そんなことも知らずに、『変人』とか『ネクラ』とか『頭おかしい』とか、みんなで陰口叩いてたなんて、、、

あたしってば、ほんっと無知でバカ。


「それで。こんな夜中に、なんのご用です?」


如月は訝しげにあたしに訊いた。

そうだった。

如月に訊きたい事があったから、ここに来たんだった。

彼女の真ん前に座り込み、あたしは真剣な瞳で尋ねた。


<如月さん。教えてほしいの!

『恨みや憎しみを持った霊は、場合によっては実体化して、人間に害をなす』って、こないだあなた、言ったよね?!>

「はい」

<ってことは、霊でも人間の世界に干渉できるってこと?

もしかして、想いがこうじれば、そのパワーでふつうの人間にも見えたり触ったりできるようになるってことなの??>

「それは…」


戸惑うように、如月摩耶は口をつぐんだ。


つづく

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