10th sense 2

 気がつくと、あたしはなにごともない日常の世界に戻ってた。

目の前の二車線の幹線道路には、相変わらずクルマが引っ切りなしに行き交ってる。

西に傾きかけた日差しを受けて、街路樹の葉っぱがキラキラ輝いてる。

事故なんか知らないみたいに、ランドセルを背負った小学生の女の子がふたり、おしゃべりに熱中しながらその場所を通り過ぎ、あたしの家に続く脇道に曲がってく。


なにもかも、いつもと同じ光景。

そんななかで、道ばたに添えられた、少ししおれかかった真っ白な百合の花だけが、過ぎ去った日の出来事を物語ってた。



「ここは、、、」


驚いたように事故現場の前で足を止めた航平くんは、ミクと真っ白な百合の花を交互に見ながら、戸惑うように言った。


「こんなとこに連れてきて、ミクちゃんは酒井さんの霊が、怖くないのか?」

「あずさは親友だもん。怖いなんて、、、」


そう言ったミクの声は、少し震えてた。

しかし彼女は、勇気を奮い起こすかのように、大きくうなずく。


「確かに、怖い。

わたし、霊なんて、信じてなかった。

だけど、、、

如月さんが死んじゃって、次は萌香、そして小嶋さん、、、

今度はわたしの番だって、覚悟してる」

「、、、ミクちゃん」

「でもそれで、あずさの気がすむなら、まあいいかなって、思ったりもするのよ」


そう言って、ミクは航平くんに笑顔を見せ、トートバッグから一輪の花を取り出した。

それは、真っ白なカサブランカの花。

しおれかかった百合の花を花瓶から抜いたミクは、ようやくつぼみのほころびかけたそのカサブランカを、代わりに生ける。

そして、歩道の脇にしゃがみ込み、静かに手を合わせ、航平くんを振り返った。


「ね。航平くんもここに座って手を合わせてよ。そのために来てもらったんだから」

「ミクちゃんって、いつもここに来てるのか?」

「週いちくらい。花も替えたいし」

「そう、、、 だったんだ」

「あたしがあずさにしてあげられることって、このくらいだし。

でも、今となっては、あずさが成仏できるまで、毎日でも通うつもり。だって、、、」


なにか言いかけて、ミクは口を噤み、代わりにガードレールに添えられたカサブランカの花に向かって、静かに手を合わせて目を閉じた。

そんなミクを見ながら、航平くんもその隣にしゃがみ込み、合掌する。

けたたましい騒音が響く幹線道路の脇で、そこだけは静かな祈りの場になった。

と同時に、今まで真っ暗ですさんでたあたしの心の奥深くに、一筋のかすかな光が差し込み、それが少しづつあたりを照らしはじめるような、ほの暖かい、、、

そんな感覚があたしのなかに広がってきた。


この気持ちは、、、

以前も感じたことがある。

真っ暗闇の怨みのなかで、ほんの一筋のあたたかな光。


それって、ミクの祈りだったんだ。

ミク、、、


<ケケケケケッ。

ったく、人間ってヤツは、浅はかで自分勝手な生き物だぜ!>


ふと隣を見ると、しゃがみこんで合掌するふたりを見下すように、黒い影の下級霊がガードレールの上にあぐらをかき、不気味な笑顔を浮かべてた。


<酒井あずさ。おまえはこのふたりがなに考えてるか、わかるか?>

<え? それは、あたしが成仏することを願って、、、>

<バカタレがっ!>


そう罵り声をあげると、下級霊はあたしの頭のあたりを小突くようなゼスチャーをして、耳元で叫んだ。


<だからおまえはお人好しだってんだよ!!

いいか?! こいつらが考えてることはなぁ、おのれの身の安全だけよ。

おまえのたたりが怖いから、早く成仏してもらって、おのれらは安心しようって魂胆さ。そうして自分らは乳繰りあうつもりでいるのよ!>

<そんな、、、>

<そんなもこんなもねぇぜ。

よく考えてみろ!

本当だったら、おまえが航平といい仲になるはずだったんじゃねぇか。

それをミクなんかに横取りされて、おまえは口惜しくはねぇのか?!>

<そ、そりゃ、口惜しいけど、、、>

<だろ?

ちょいと道ばたに花を生けて手を合わされたくらいで、その口惜しさが紛れるか?!>

<紛れる、、わけないかも、、、>

<だろ? こいつらみんな、自分のことしか考えてねぇのさ。

おまえに祈りを捧げるフリして、自分の欲望を満たそうとしてる。

死んじまったおまえの替わりに、自分らがいい思いをしてるっていう罪悪感を紛らそうとして、手を合わせてるだけよ。

しょせん、自分の幸せしか考えてねぇ。

ったく、醜いったらありゃしねえ!

ヘドが出るぜ!!>


吐き捨てるように言うと、下級霊は姿を消した。


やっぱり、、、

そうよね。

下級霊の言うとおりだ。


すっかり忘れてた。

ミクって結構、黒い女だった。

人のことを気遣うフリして、ワガママを通すことだって、度々あった。

あたしが死ぬのを待って、航平くんに言い寄ったり、あたしの成仏を願うけなげさをアピールして、ポイントかせいでみたり、、、

やっぱり酷い女だ。

一瞬でも『あったかい光』なんて感じた自分が、バカだった。

ミクに対する怨みは、そう簡単に消えるもんじゃない。


、、、復讐してやりたい。

ミクのこと、絶対許さない!


つづく

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