10th sense 3

 合掌が終わって、ふたりはノロノロと立ち上がる。


「、、、送ってくよ」


ポツリと航平くんが言う。


「…ん」


しばらく間を置いて、ミクはうなづいた。


「…」

「…」


お互いなにもしゃべらない。

無言のまま並んで、航平くんとミクは来た道を引き返していった。


 どちらが言い出すともなく、ふたりは遠回りの山の公園の方に、足を向ける。

つづら折りの道を登り、山頂の公園に着くと、航平くんは歩を止め、日の落ちかけた街並を眺める。

ミクも自然と航平くんの隣に並び、同じ方向に目を向けた。

なんだか、いい雰囲気。

ふたりともほとんど会話がないというのに、心が通いあってるような感じ。

胸騒ぎがする。


「、、、ミクちゃんって、優しいんだな」


長い沈黙のあと、航平くんは街並からミクに視線を落として言った。

肩をすくめ、ミクは遠慮がちに答える。


「そんなこと、、、 ない」

「いや。

オレは怖くて、あそこに行けなかったのに、ミクちゃんはマメにお参りしてたじゃないか。

ほんとすごいよ。

ミクちゃんは親友思いなんだな。オレ、恥ずかしいよ」

「なにが?」

「酒井さんのこと、好きだと言っておきながら、彼女のたたりが怖くて逃げてた。

オレには酒井さんを好きになる資格なんて、ないのかもしれない」

「わたしだって、怖い、、、」

「ミクちゃん」

「あの時の、、、 大谷川のとこで口論になった時の如月さんには、やっぱり、あずさが取り憑いてたのかもしれない。

その如月さんは死んで、萌香は大怪我したし、小嶋さんも階段から転げ落ちて骨折しちゃって…

ふたりとも、『だれかに突き飛ばされたみたいだった』って言ってた。

そして今度は、わたしが、、、」

「そんなこと、させない!」

「え?」

「ミクちゃんのことは、オレが守るから。絶対!」

「…」

「好きな人がいなくなるのは、もうイヤだ!」

「…」

「ミクちゃん、、、」

「…航平、くん」


そう言って、航平くんはミクを見つめる。

驚いた顔で、ミクも航平くんの瞳を覗き込む。

航平くんはミクの小さな肩を両手で掴むと、ゆっくりと顔を近づけていった。

ミクは瞳を閉じて、されるがままにしてる。

そして、航平くんとミクの唇が重なった。


ええええええええ~~~!!!!

なに?

なんなのよ?!


『オレは怖くて、あそこに行けなかった』って、、、

航平くんにはなにもしてないのに、そんなにあたしのこと、怖いっていうの?!

しかも。

『ミクちゃんのことは、オレが守るから』?!

もしかして、あたしって悪役?

、、、ひどい。

ひどすぎるっ!!


やっぱり、、、

下級霊の言うとおり、あれはミクの計算のうちだったんだ。

あたしのこと思うフリを見せつけて、航平くんの気持ちをしっかり掴んじゃった!

ミクめ、、、

許さない!!


ミクだけじゃない。

航平くんだって!


葬式のあと、あたしのためにあんなに泣いてくれたのに。

あたしの写真をこっそり持ってたりするほど、あたしのこと好きだったのに。

こんな簡単にミクに心変わりするなんて!!


絶対に許さない!!

こっちに引きずり込んでやる!!!



あたしの怒りをよそに、ふたりは長いことキスをしてた。

あたしから守ろうとするかのように、航平くんは両手でミクをギュッと抱きしめてる。


「あぁ、、、」


ミクは切なそうに息を漏らす。

ようやく唇が離れ、航平くんはミクを見つめた。


「好きだよ。ミクちゃん」


優しくささやく航平くん。

嬉しいような悲しいような、複雑な表情で航平くんを見上げてたミクだったが、その大きな瞳には、みるみる涙が溜まっていった。


「ごめんなさい。航平くん」


うつむいて顔に手を当てたミクは、小さく声を震わせた。


「わたしたち、、、 もう会わない方がいい」

「、、、え?」


思ってもなかった言葉に航平くんが驚いて固まった隙に、ミクは腕からスルリと逃げ、背中を向けて言った。


「そう言ってもらえて、ほんとに嬉しい。

わたし、幸せ過ぎて、、、

あずさに申し訳ない」

「ミク、ちゃん、、」

「ほんとならね。

航平くんの隣にいるのは、ほんとはあずさのはずだったのよ。

なのに、ちゃっかりわたしが、航平くんと仲良くなっちゃって。

わたし、死後の世界なんて、信じてなかった。

だから、あずさが死んでしまって、航平くんとつきあうことになっても、彼女に悪いなんて思ってもなかったし、むしろ航平くんの心の支えになりたいって思ってた。

でも、もしあずさがほんとに今もこのあたりにいて、成仏できずに彷徨っているなら、もう無理。

わたしたちのことを見て、あずさはきっと怒ってると思う。

わたしのこと、恨んでると思う。

そんなんじゃ、怨霊になるのも、当たり前。

あずさが怨霊になったのは、わたしのせいなんだから!」

「、、、ミクちゃん、そんなことないよ!」


興奮したように早口でまくしたてるミクを、航平くんはうしろから抱きしめてなだめた。

落ち着きを取り戻したミクは、うなだれて言った。

その声は涙で震えてる。


「わたし、あずさをこれ以上裏切れない。

わたしたち、今でも親友だもん。

親友から好きな人を奪うなんて、やっぱりできない。

わたしが身を引けば、あずさも恨む気持ちがなくなって、航平くんもきっと元気になれるだろうし、あずさだってちゃんと成仏できるかもしれない。

それしかもう、わたしがあずさにしてあげれることは、ないの。

それしかないのよ」


静かにそう言い終えると、ミクはそっと航平くんの腕をほどいた。

ビルの向こう側に沈みかけた夕陽の最後の残光が、ミクの顔に深い陰影を刻んでる。

航平くんを振り返り、ミクは寂しそうに微笑んだ。


「送ってくれて、ありがと」

「…」

「今日はここでいい」

「…」

「さよなら」

「…」


なにも言えないまま、航平くんは、小さくお辞儀して小走りに駆け去っていくミクを、見送ってるだけだった。


『やった! とうとうあの女から、航平くんを取り戻した!

ミクのヤツ、いい気味!』


そういう思いとはうらはらに、あたしのなかに、なにかもやもやしたものが立ちこめてくる。


ほんとにこれで、よかったんだろか?

あたし、、、

なにか大切なこと。

忘れてるんじゃないだろうか?


つづく

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