10th sense 1

 呪いの言葉が降霊術で連発されたあと、小嶋未希が階段から転げ落ちて、足を骨折したという話は、火の手が燃え上がるように、一気に広まった。


『酒井あずさの霊が、小嶋未希を呪って怪我させた』


というのは、もう噂レベルじゃなくなって、だれもが信じる真実となってしまった。

だけど、だれもそのことを話題にしようとしない。

みんなあたしの『祟り』を恐れて、口をつぐんでしまったのだ。

今回の事件で、あたしはすっかり怨霊認定されちゃった。


なんか、、、

むかつく。


小嶋未希を突き飛ばしたのは、下級霊のしわざだってのに。

コックリさんもどきでの呪いの言葉の数々も、みんな下級霊の仕業。

なのにだれも、あたしのこと、わかってくれない。

あたしの言葉を聞いてもくれない。

あたしはずっと、ひとりぼっち。


航平くん、、、


あなただけでも、あたしの側にいてほしい。

やっぱりあたしは、あなたにこちらに来てほしい。

下級霊の言うように、永遠に結ばれるのなら、、、




「航平くん。あのね、、、

今日はいっしょに来てほしい所があるの」


 それから数日たった放課後のことだった。

教室にいた航平くんにミクは声をかけ、いっしょに下校した。


「どこに行くんだい?」

「、、ちょっと」


航平くんが訊いても、ミクははぐらかして、ちゃんと答えない。

ミク。

あんたいったい、航平くんになにする気?



 ミクが向かったのは、あたしの家の近く、、、

、、、そう。


あたしの死んだ場所。

事故現場だった。


二車線の道路と、住宅街に入る脇道が交わるその交差点で、あたしはクルマにねられたのだ。

そこは朝夕のラッシュ時の抜け道で、見通しが悪いのにクルマが引っ切りなしに通り、いつ事故が起きてもおかしくない場所。

猛スピードで駆け抜ける大型車が巻き起こした風で、道ばたに添えられてた真っ白な百合の花が、悲しそうに震えてる。


ここであたしは、死んだんだ、、、

そういえば、この事故現場に来たのは、死んで以来初めてかも。

以前、如月摩耶が、『ここに来ればなにかが変わる』って、言ってた気も、、、

と思った瞬間、猛烈な勢いで頭のなかに、そのときの光景がフラッシュバックしてきた。




「わ~~ん。遅れちゃう!

2年になって早々遅刻なんて、カッコ悪ぅ~い!!」


懐かしい、見覚えのある家の玄関先。

制服を着たショートカットの女子高生が、慌ただしく靴を履いてる。

あたしだ!


「お母さん! お母さん!

早く、お弁当!

もう行かなきゃ!!」


そう叫んで、あたしは玄関に見送りにきた母の手から弁当箱を引ったくり、勢いよくドアを開けた。

家から幹線道路のバス停まで、300メートル。

バスの時間まで、あと2分しかない。

表に出たあたしはいきなり、全力で走りはじめた。

そうして、制服の胸元に手を当ててみる。

分厚い封筒の感触。

胸ポケットのなかには、きのう半徹夜して書き上げた、航平くんへのラブレターが入ってた。


『今日こそ航平くんにラブレター渡さなきゃ。

今どき手書きのラブレターなんて時代遅れでダサいかもしれないけど、その分気持ちが籠ってるはず』


そう思いながら、あたしは走ってた。


『浅井航平くん。

中学時代から数えて2年間。同じ教室で勉強してて、同じ高校に通う様になってもう1年以上経つっていうのに、ほとんど口きいたこともないし、席が隣になったことさえない。

だけど昨日の新学年の始業式。

同じ教室のなかに航平くんの姿を見つけたときは、もう感動で息もつまりそうだった。

これはもう『運命だ』って思ったね。

2年になった早々、なんてラッキー!

この勢いで、今日こそはあたしの気持ち、知ってもらうんだ!

昨日夜なべして書いた、便せん5枚もの超大作。

おかげで今朝は睡眠不足。朝も起きれなかったんだ』


航平くんのことばかり考えながら、あたしは全力で走った。


『、、、やっぱキモいかな。

重すぎるかな、こんなあたしって。

それでもいい!

振られたっていい。

あたしの気持ちを、航平くんには知っててほしい。

2年間もずっと想ってきたことを、航平くんには覚えててほしい。

でもやっぱり、、

振られるのはイヤかも』


期待と不安の狭間で心は揺れて、脇を通り過ぎるクルマのことなんて、気にもとめてなかった。


『ううん。

クヨクヨするんじゃない、あずさ!

航平くんはあたしのこと、少しは気にしてるって。

授業中でも時々目が合うし、『あずさに気がある』って噂も、ミクや萌香から聞いたことある。

自分を信じてぶつかっていけ、あずさ!!

このラブレター、今日こそ絶対渡さなきゃ!』


そんなことばかり考えてたあたしは、対向車線のバス停に向かって、不用意に道路に飛び出したんだ。

前から来るトラックが急ブレーキをかけたときは、もう遅かった。

あんたねぇ、、、

航平くんにぶつかる前に、トラックなんかにぶつかってどうするの?


そのときの記憶が、甦ってくる。

わずか一瞬のできごとだったけど、こうして振り返ってみると、それはとても長い時間に感じられた。


その瞬間、『痛い』というよりは、『熱い』という感覚が、胸から全身を貫いた。

からだのコントロールがきかなくなり、今まで目に入ってた街並の景色が、いきなり空と雲に変わった。

あらゆる景色から色が失われてモノクロの世界になり、灰色の空がグルグルと回ったあと、頭に激痛が走って閃光が飛び散ったかと思うと、目の前がブラックアウトした。

その時点で、あたしの魂はからだから離れ、なにかに憑かれたように、事故現場ここから走り去っていったんだ。


そう、、、


『航平くんにラブレターを渡さなきゃ』


っていう、その想いだけに憑かれて、、、



トラックにね飛ばされて宙を舞ったあたしは、歩道の端のガードレールの支柱に後頭部をぶつけ、勢い余って道路に投げ出された。からだと脚がよじれた不自然な格好で、地面に横たわってる。

頭と胸元から真っ赤な血がどんどん溢れ出し、制服の白いシャツを染めていく。

アスファルトに染み出すように、まわりに鮮血が広がっていった。

ピクッ、ピクッと、指先やふとももがまだ痙攣けいれんしている。


「この子が急に飛び出してきたんだぁ! 間に合わなかったんだぁぁぁ!!」


急ブレーキをかけて止まったトラックから、血相を変えたおじさんが飛び出してきて、狂ったように叫んだ。


「早く、救急車!」

「電話はっ?! スマホ出して、スマホ!」

「呼吸してるか? 呼吸!!」

「止血が先だ! だれかタオル持ってないか!?」


怒号が飛び交い、通りすがりの人たちも集まってきて、無惨に道路に転がってるあたしを取り囲む。

そのときにはもう、あたしのからだはピクリとも動かなくなってた。


やだ、あたし、、、

スカートめくれて、パンツ丸出し。

目は虚ろに半目だし、口からも泡吹いちゃってて、みっともない。

吹き出した血で、顔もからだもベトベトに汚れちゃってる。


『ダメだこりゃ。もう死んじゃってるわ』


『悲しい』とか、『寂しい』とか、そんな感情は、なぜか湧いてこなかった。

あたしのからだはもう、魂のないただの抜け殻。

道ばたに転がってる虫の屍骸しがいでも眺めてるかのように、あたしはなんの感慨もなく、傍観してるだけだった、、、


つづく

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