5th sense 1

「おい航平。おまえ最近、おかしいぞ?」


 あれから何日経っただろうか。

部活が終わり、したたり落ちる汗を拭いながらラケットを片付ける航平くんに、中島和馬が心配そうな顔で近づいてきて言った。

メンドくさそうに、航平くんは返事をした。


「なにがだよ」

「からだにいつものキレがないし、すぐにヘタるし。

練習しすぎで疲労が溜まってるんじゃないか?」

「ああ、、、 そうかも」

「だろ? なんか目の下にクマできてるし、少し痩せたみたいだし、具合悪いんか?」


スポーツバッグにラケットをしまい、ため息混じりに航平くんは答えた。


「最近、あまり眠れないんだ。

頭痛もするし、たまに寒気がしたりして、からだもダルくて、、、」

「五月病か?」

「いや。よくわかんないけど、、、

それになにか、いつもだれかがそばにいるみたいで、、、

気配を感じることがあるけど、周りを見てもだれもいなかったりするんだ」


え?

航平くん。

あたしに気づいてくれてるの?


ますます希望が見えてきた。

あたしのことが見れるようになるのも、あと少しかも。


「ふ~ん。なんか、気味悪りぃな。

まあ、神経が高ぶってるんじゃないか?

たまには練習休んで、ゆっくりしろよ」

「そうだな、、、」

「女の子と遊べば、気分も変わってリフレッシュできるかもしれないぜ。オレがいい子紹介してやろか?!」


ええ~~っ。

余計なことするんじゃないっ。中島和馬!

航平くんはあたしだけのもの。

だれにも渡さないんだから!!


精一杯、あたしは和馬くんを睨んだけど、もちろん彼には通じてない。

調子に乗った和馬くんは、さらに踏み込んできた。


「明日は航平なにも用事ないだろ? ちょっと会わせたい子がいるんだ。放課後図書室に来いよ」

「、、んなの、いいよ。興味ないし」


そっぽむいたまま、航平くんは愛想なく答える。


「そう言うなよ。絶対楽しいから」

「いいよ」

「向こうもおまえと話したがってるし」

「だから、、、 興味ないって」

「あずさちゃんのことも、いろいろ聞かせてもらえると思うぜ」

「…」


『あずさちゃん』のひと言で、航平くんは顔を上げた。

ここぞとばかりに、和馬くんはたたみかけてくる。


「ぶっちゃけ、会わせたいのは、あずさちゃんの親友だったミクちゃんなんだ。

な。会って損はないと思うぜ。

彼女ならあずさちゃんのこといろいろ知ってるし、おまえも聞きたいこと、たくさんあるだろ。

もしかしたら、あずさちゃんがだれを好きだったとか、教えてもらえるかもしれないぜ。気になるだろ?」

「そりゃ、、、」

「よし! 明日4時に図書室で待ってるからな。絶対に来いよ!」


素早く段取りをつけると、和馬くんはそそくさと立ち去っていった。


なんか、ざわざわする。


はっきり言って、ミクはモテる。

色白で、クリクリと大きな瞳は睫毛バサバサ。ふっくらした唇が色っぽい。

胸はあまりないけど、そのぶん華奢きゃしゃで、女のあたしでも『守ってやりたい』と思ってしまうような、フェロモン系の美少女で、男子に大人気。


、、、ってか、ミクは男子の気を引くのが上手い。

ねらった男子はたいていモノにしてるし、そのテクニックに親友のあたしさえも警戒してるくらい。

だけどミクには、本気で好きな男子はいないみたい。

何度かミクにも訊いたことあるけど、『え〜。好きなひととか、特にいないし』と、いつもとぼけた調子で返される。

いろんな男子をとっかえひっかえ、適当に遊び回ってて、尻が軽いっていうか、恋の多い、うわついた女だ。

親友とはいえ、そこの所はミクのイヤな部分だった。

そんなミクが、なんのつもりで航平くんに近づこうっていうの?


すごく気になる。

あたしが航平くんのことを中学のときから好きなのは、ミクは知りすぎるほど知ってる。

その上でいったいどんなことを、航平くんに話すつもり?

ミクって、おとなしいふりして、少し黒いところあるから。

あたしもいっしょに行って、しっかり監視しとかなきゃ!




 生きてるときは、図書館って静かな場所だと思っていたけど、こうして死後の世界から見ると、放課後の図書館は霊魂のおしゃべりとつぶやきで、うるさいくらい。


知らなかった。


うちの学校は去年創立130周年を迎えた、歴史ある高校。

その分建物も古ぼけてて、図書館も黒光りした木材の床がギシギシきしむような、歴史的建造物。

そこに収蔵されてる様々な書物の言の葉には、あらゆる霊魂が導かれてきている。

古ぼけた伝記には、それに関わるような霊が棲みつき、数学や科学の本にさえ、難しい顔をした教授のような霊がうごめいてる。

知識を集めるということは、その分、古い霊や魂を呼び寄せるっていうことかもしれない。

なかにはありがたくない怨霊なんかも巣喰ってて、そこには近づきたくない。

そんな騒がしい場所とは知りもせず、傾きかけた夕陽の差し込む窓際の席に、ミクはポツンとひとりで座ってた。


やだ。

この子、お化粧してる。

ふだんはしないようなグロッシーなリップとか塗ってるし、夏服に替わったばかりの制服は、丁寧にアイロンがかけてあって、折り目が綺麗。ふんわりとエアリーに巻いた髪からのぞく耳は、見覚えのあるイヤリングが光ってる。

これって、あたしと萌香と三人でショッピングモールに行ったときに、買ったやつ。

ミクのいちばんのお気に入りだ。


「よ… 待ったか?」


声を抑えながら、中島和馬があたりの様子をうかがい、ゆっくりと重い扉を開けて入ってきた。

図書館には、ミクのほかには、数人の学生がバラバラに座ってるだけだった。

館内に足を入れた和馬くんは、促すようにうしろを振り向く。

そこにいたのは、航平くんだった。

一瞬、緊張の色を見せたミクは、すぐににこやかな微笑みを浮かべ、席を立った。


「浅井くん?! こんにちわぁ~」


ううっ。

ミクスペシャルのよそいき声。

この、ちょっと舌足らずな甘いアニメ声に、男子は萌えるらしいのよね~。


「安藤さん、どうも」


ミクの顔も見ず、ぶっきらぼうに航平くんは答える。

すかされたように戸惑ったミクだったが、気を取り直して椅子に座ると、満面の微笑みで航平くんに隣の席を勧めながら言った。


「ミクでいいよ」

「…」

「浅井くんとは中学3年からずっといっしょのクラスだったけど、話したこと、ほとんどなかったよね」

「そうだな」

「あずさのこと… 残念だったよね」

「…」


航平くんの肩が、ピクリと反応した。


「いちばんの親友だったのに。

一生いっしょにいられると思ってたのに…

あんな形で、いきなりいなくなっちゃうなんて、辛すぎ、、 う、、うっ」


そこから先は声にならなかった。

小さな肩を震わせて、ミクは嗚咽おえつを漏らし、そっと指先で目頭を拭った。


ミク、、、

ヤバいよ!


この子の涙は、最凶兵器リーサルウェポン

フェロモン系美少女の流す涙に、たいていの男子はクラクラきちゃうのだ!

確かにあたしたちは親友だったけど、女としてのミクはすごいと思いつつ、脅威を感じてた。

ぶっちゃけ、ミクが航平くんをめぐるライバルでなくて、よかったと思ってた。

ミクにロックオンされた男子は、たいてい落ちる。

案の定航平くんも、どうしていいかわからず、泣いてるミクを前にオロオロしてる。

和馬くんは腕組みをしたまま、黙って目を閉じ、『うんうん』とうなずいてる。


「ごめん、ね。取り乱しちゃって。航平くんの顔見てたら、つい、あずさのこと、思い出しちゃって、、、」

「え? どうしてオレの顔見ると、酒井さんのこと思い出すわけ?」


不思議そうに航平くんが訊く。

『しまった』という風に、ミクは口元を押さえ、そのまつげの長いつぶらな瞳を、パチクリさせた。


「えっと、これ、言っていいかどうか、、、」

「なにを?」

「ほんとはあずさ自身が言うべきだったんだけど、、、」

「酒井さんが?」

「だからわたしの口から言うのは、ちょっと…」

「ええ? なんなんだよ」


じらすように、ミクは口をつぐむ。

聞きたくてたまらない様子で、航平くんは身を乗り出してきた。

こういう駆け引き、ほんとにミクは上手いよな~。

直球勝負のあたしと違って、相手の気を引いたり、すかしたりしながら、自分のペースに持ち込んでしまう。


「それは置いといて、せっかくだから楽しいお話ししましょ。

航平くんのバトミントンしてるとこ見たことあるけど、ほんっとすごいよね~。レギュラーになれそう?」

「ああ。今頑張ってるとこ」


うまく話をはぐらかして、ミクは部活の話題を振った。

困惑しながらも、航平くんは答える。

すっかりミクのペース。


つづく

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