7th sense 1

     7th sense


「ねえ、知ってる? 大谷川の幽霊の話」

「聞いた聞いた。学校の裏門からすぐの橋で、幽霊が出るっていうんでしょ?」

「え? なになに? どんな話?」

「近所の生徒が見たらしいのよ。

真夜中に橋を渡ってると、“ピチャン、ピチャン”って、川の方から水音がしてきたらしいの。

橋の上から川を見ると、青白~い人魂ひとだまがゆらゆら水面で揺れてて、白~い着物を着た髪の長~い幽霊が、ずぶ濡れで川の中にフラ~っと立ってて、、、

気味悪いから必死で逃げ出したって」

「え~~~っ? マジ?!

なんでそんなとこに幽霊がいるのよ?」

「なにか探してるんだって」

「え~? なにを?」

「ラブレターって話よ」

「ラブレター?!」

「その幽霊はね。好きな人にフラれて絶望して、渡すはずのラブレター持って、その川に飛び込んで自殺したらしいのよ。

そして、ラブレターは川に流れてなくなっちゃって、、、

だから夜な夜な、なくしたラブレター探してるらしいの」

「え~~?

あんな浅い川に飛び込んだって、死ねるわけないじゃん」

「だよね」

「あたしの聞いた話では、三角関係のもつれだったわよ」

「大谷川の橋で、ひとりの男を巡ってうちの女子高生ふたりが争ってて、渡そうとしたラブレターを川に捨てられちゃって。

それで、ラブレター捨てられた方の女の子は事故死しちゃって、相手の女の子を恨んで、この学校の制服着た女子が通りかかったら、川に引きずり込もうとしてるんだって」

「もしかして、その事故死した女の子って、あずさのこと?」

「そうかもよ~。

なんでもいまだに成仏できなくて、学校や教室を彷徨さまよってるらしいし」

「え~~っ。気味悪ぅ~」

「ほんとの話らしいよ。

目撃者が何人もいるし、あずさが使ってた机に座るとたたられるから、今でも机には花を飾っとかなきゃいけないの」

「同じクラスの子に憑依して、恨みを晴らそうとしてるんだって、あたしも聞いたわ」

「え~?!

あずさっていつも明るくて前向きで、だれかを恨んでるって感じじゃなかったのに、、、

人間って、怖いよね」



 最近、クラスがざわついてる。

休み時間や放課後に、数人ずつあちこちに固まって、なにやらヒソヒソと噂話してる。

授業中もどこか落ち着きがなく、先生でもみんなを鎮めきれない。

そして、、、

みんなあたしの机の側に近寄らず、花を生けた花瓶を置いただけで、目を背けるようになった。


教室のなかには、不穏な『気』が渦巻いてた。

それは『不安』や『恐怖』、『猜疑さいぎ』といった、マイナスの波動。

それがみんなから少しずつ発散されてて、教室の中で合体してトグロを巻き、ひとつの禍々まがまがしい生き物のようになって、行き場を探してるのだ。

そしてその『マイナスの気の化け物』は、いちばん霊感の強い如月摩耶を襲っていた。


『わたしはストーカー如月よ~(ж>▽<)y ☆

○平くんのお風呂のなかまでストーキングしちゃうんだから~[壁]ω゚*) じ~~~~~♪

航○くんのすんごいの、わたしに洗わせて~(/д\*))((*/Д\)キャッ 』


朝、教室に入ると、そんな落書きといっしょに、下品なイラストが黒板いっぱいに描かれていることがあった。

犯人はだれか、わからない。

なにも言わずに、如月摩耶は黒板の落書きを消していた。

クラスのみんなは見て見ぬふりで、だれも如月をかばおうとはしない。

元々ひとりでいることが多かった如月だけど、今は教室内のどこにも居場所がない。


「じゃあ次、浅井、前に出てやってみろ」


授業中とかに航平くんが先生に当てられると、どこからともなく冷やかし声が聞こえてくる。


「やぁん。航平くんが問題解くとこ。わたし覗いてるわねぇん☆」


みんなはクスクス笑い出す。

声のした方を先生はジロリと睨むけど、結局なにも解決しないまま、如月摩耶に対する嫌がらせは、放置されたままだった。

なので如月は、休み時間になると、誰もいない校舎の裏側に行き、ひとりで本を読んでることが多くなった。


<如月さん。悪い、、、 ほんっとごめん>


さすがに、こないだのはやり過ぎだったかも。

あたしは謝った。

読みかけの分厚い本にしおりを挟んで、如月は寂しそうな微笑みを浮かべた。


「いいえ。わたし、こういうことには慣れていますから。気にしないで下さい」

<そうなんだ?>

「でも… 気になることがあります」

<気になる?>

「噂になっている、『大谷川の幽霊』とは、なんでしょう?

わたしも気になって、その場所を見てみましたが、特に変な気は感じられませんでした。酒井さんはなにか、心当たりがありますか?」

<べ、別に、、、 あ、あははは、、、>


誤摩化ごまかすように、あたしはお愛想笑いを浮かべた。




 航平くんがどんどん、遠くなっていくみたいだった。

例の修羅場のあと、航平くんとミクはますます接近していった。

噂になってる橋を避けるように、近くの小さな公園で待ち合わせして、時々いっしょに下校してる。


航平くんは必ず、ミクを家まで送っていく。

途中、丘の上の公園を通って、あたしとミクが恋バナしたベンチに座り、ふたり肩を寄せ合って、街並の向こうに沈んでいく夕陽を眺めたりしてる。


「航平くん知ってる?

あずさの幽霊の噂」

「ああ。聞いたことはあるけど」

「信じる?」

「そうだな、、、ちょっと、引っかかることはあるけど…」

「引っかかる?」

「…いや。まあ、、、」


航平くんとミクが、例の噂のことを話してる。

あたしは聞き耳を立てた。

航平くんの目を見ながら、ミクはきっぱりと言った。


「わたしは信じない」

「安藤さんは、霊の存在を信じてないんだ?」

「ええ。信じてないわ。

人は死んだら無になっておしまい。

転生なんてものも、あるわけないじゃない。

だいたい、あずさって、だれかを恨んだりするような子じゃなかったもの。絶対。

そりゃ、航平くんに告白できなかったのを悔やんではいるかもしれない。

だからといって、幽霊になって教室を彷徨ってるなんて、考えられない。

わたしたち、特に三角関係ってわけでも、なかったし」

「そう、、、だよな。やっぱり、、、」


いやいやいや。

今は立派な三角関係だって。


確かにミクの言うとおり、航平くんにラブレター渡せなかったこと、あたしは後悔してる。

もしあたしが事故にわず、ちゃんと告れてれば、今頃そのベンチに航平くんと座ってるのは、あたしの方だったはず。

なのに、、、

あたしは死んじゃってて、おいしいところはみんな、ミクが全部持ってっちゃった。

こんなんじゃ、死んでも死に切れないわよ!


一旦はミクの言葉に納得した航平くんだったけど、すぐに腑に落ちないような顔になった。


つづく

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