第3話 御庭番 明楽惣右衛門允景
明和七年、江戸。
暑さが和らいだ九月、
允景は御庭番の明楽家の縁者である。父の明楽
生まれた赤子は町人風に新之助と名付けられ、父一人子一人で六歳まで護国寺門前町の音羽の町家で育った。父は実家である明楽家に新之助を預け、遠国に探索に向かう事が幾度かあったが、新之助が九歳の春、いつものように御用に向かい消息を絶った。遺された新之助は、明楽家惣領の
十五歳になったとき、
そこでは算術の
数人が詰める会所の御用部屋はひっそりとしながらも、それぞれが違う作業を行う様々な音が密やかに響いている。允景の文机の上には、真新しい桐の箱が開けられており、中には金色の丸薬が疎らに並んでいるのが見える。
懐紙を二つに折り、再び広げ、谷になった部分に桐箱から丸薬を取り出すと、小柄で二つに割り、匂いを確かめた後、こぼれ落ちた薬の粉を薬指に数粒付け、舌で確かめる。
「
呟きつつ顔をあげると、上司である本役の笹井軍兵衛と目があった。笹井は
数日後には、笹井に御見舞品が薬種店から届くであろうと察せられたが、指摘しては彼の役の旨味がまったくない。彼は小悪ではあるが、金品を手にしつつも役を全うに行う小賢しさがあり、見過ごすことにしている。特に今回の丸薬は分限者向けの性欲向上薬、毒にならない限りは問題なかろうと席を立つ。
「いや
後日、ほくほく顔の笹井が允景に甘味を持ってきた。浅草の老舗の久寿餅だったので、薬研堀の母の実家に寄り祖母のシマの茶請けにと置いてきた。
どことなく憎めない悪ぶったしたり顔の笹井を見てから一刻のち、允景は会所を出て家路につく。永代橋を渡り、橋の袂の煮売屋で里芋の煮染めを買う。明かりの灯っていない役宅の押し戸に手をかけながら、踏み石を確かめる。「午」「本家」との合図が象られていた。
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