第9話 異世界オリエンテーション(後)


「転生者の排除だ」

 無表情に呟いたステラータを注視したまま、允景は紅茶を口にし、次の言葉を待っていた。

「転生?」

 ソウェは呟く、転生という概念がワースでは無いのだ。


 続けてステラータは無表情のまま、おごそかな口調で語りだした。


「過去に多大な犠牲を払って封じた魂が再び転生したのだ、直ちに排除せねばワースに再び悲劇が繰り返される」


「生きとし生けるもの全ては狂い、血にまみれ、多くが死に絶えるのだだろう」


「もし汝らに義あらば、我にあらわせ」


「もし汝らに力あらば、我に奉じよ」


「もし汝らに心あらば、我に殉じよ」


「理の綻びを繕い、汝らが望むものを護れ」


 ステラータの瞳に表情が戻る。

 ソファに深くもたれ、二人から目をそらすように上を見上げた後、目蓋に手を当て数瞬動かずにいた。

「あーなんかキャラに合わないしゃべり方してたよね、かっちょわりー、中2病かよ、なんか色々ゴメン、でも今は待ってほしい、すげー嫌なものいっぱい見た」

 鼻声で言うと、ごしごし目を擦りながらそっぽを向く。


「ソウェ、このままいくと、あなたも家族も……アケラ、君ならそれを止めることが出来る、いやもう君しか出来ないんだ……私からも頼む」


「ソウェ殿の星を救う手助けになるのであればやぶさかではない、袖振そでふり合うも多生たしょうえんとやらだ。さらには何を求められようとも、致しかねると言えぬ身にいったい何をか問う」

 允景は微笑みながら、懐紙をステラータの膝に置く。


「ありがと」

 ステラータは言うや懐紙をとり、勢いよく鼻をかんだ。

「あ、ツケマ取れちゃった」

 何やら取り出して、ごそごそしだす救世の女神をソウェが何とも言えぬ表情を浮かべて見ていた。


 とりあえず、前向きにタスクを検討することにした允景とソウェは、ソウェが書いたワースの地図に、先に気になる点として記述していた国や領主や社会構造などを書き加えてもらう。

 大まかな政治状況を把握した後、民草の暮らしに移った。


生計たずきはどのように立てようか」

 アケラは長丁場になることを前提に予定を組むことにした、相手の情報の探索に時間をかける必要がある、支え役となる人員の確保と草として潜むための元手もいる。


「住む場所は父に頼めば我が家できっと大丈夫です、仕事は家の粉挽き所で働けそうな気もしますが、様々な人種がいて土地に根付いていない冒険者の方が融通が利いて良さそうです、見たところ剣士様のようですし」

 ソウェはマガジンラックに置かれた允景の両刀を見る。


「ご家族に話を通すのは大変ではないか……冒険者に成りすますのは上策ではあろうな異論はない、ただ七方出しちほうでとまではいかねど、変相がいることもあろう、言葉は通詞つうじがいらぬとあったが、お国言葉はどうであろう、民草の装いと振舞い等も知りたいのだ、学ぶに良きものはないか」


「父はちょっと変わってるところもありますが、多分アケラ様なら気にいてくれると思います、あ、変わってると言ってもそんなに変わってるわけではないです……えっと、言葉や振る舞いは、町の図書館に戯曲本があります、様々な職掌が登場するのでよいかもしれません、古臭い言い回しはあるけど、そこは私が」

 自信ありげに胸に手を当てる。

「ステラータ様、可能ならワースの本を出して欲しいのですが出来ますか」


「私がいた元の世界に属した物しか取り出せない仕様みたい、装備品なら転移で付いてくるんだけどね、ほんと世界を救う気あるのか疑問になるよね、マジで」


「となると、シエナに転移し、冒険者となりタスクを出来るだけ熟し、緊急避難という状況になったら戻してもらうのが手っ取り早そうだ」


「えっと緊急避難をさせられる保証できないんだけど……」

「上つ方も拙を呼んだ手前、殺したくはなかろう」

 允景は不敵に笑う。


「アケラ様は余りに無茶をなさろうとしています、緊急避難ができず、もしものことがあったら、戻れなくなってしまうだけでなく、死んでしまうかもしれないんですよ、あまりに理不尽です」


「元より承知、拙は放下著ほうげじゃくの身ゆえ、皆も覚悟はしておろう、緊急避難の条件を探るのもまた良し」

 大きな笑みを浮かべる。


「ソウェ殿の親御おやご様が心配をいたす前に、行こうではないか」

 ソウェはまだ割り切れていない顔をしていたが、眉根が近づき思い切ったような表情に変わった。


「ステラータ様、能力の付与という記述がありましたが、いったいどのようなことが出来るのでしょう、ワースにはテラと違って魔法があります、対抗する方法がなければ、アケラ様といえども辛いはずです」

 可能な限り引き出しを引くかのようにソウェが食いつく。

 允景は、自分の助けにソウェがなりたいと思ってくれていることを喜ばしく思った、思えばこんな風に感じたのは幼き頃、熱を出した自分をシマが寝ずに看てくれていた時以来だった。


「能力の付与は一回だけできて、火、水、地、風の魔法属性から一つだけ選べるってのは、今知ったよ」


「それで拙も魔法が使えるようになるのか、魔核とやらは持っておらぬと思うが」


「ただマイナス符号がついているのが疑問、なんでだろ」

 こめかみに手を当て、軽く弾く。


「どうあれ魔法とやらがどのようなものなのか、座学だけではつかみ切れぬようだ。何を選ぶべきなのかもよくよく考えるべきであろう。記述はなかったが、それはいつでも付与が可能か?」


「この空間なら、私の職権でいつでも付けて良いみたい」


「であるなら戻ってきてから選ばせてもらおう」


「タブレットには書かれていなかったのですが、私には能力付与とかないんでしょうか……」

 ソウェが聞く。


 ステラータはソウェを数瞬じっと見た。

「そうね。付与できる能力は見えてこないから、多分ないって考える方が自然」


「あの……実は私……魔法が使えないんです。アケラ様を助けることもできないのになぜ呼ばれたのでしょう」


「なんでだろうねー意味があるんだろうけど……降りてこないので何も言えないわ」

 ステラータはソウェに手を合わせる。


「魔法に重きを置かぬ者同士で事をなせという啓示であろうか」

 允景が慰めをいう。


「差し当たり、ソウェ殿には支え役をお願いしたい、ただし無体であると思われたなら、すぐに退かれよ。拙も望むところではなし」

 允景は染まっていないこの少女にこれから起こるであろう酸鼻な舞台に上がってほしくなかった。


「異世界から来た人が、自分の世界を救おうとしているのを見過ごすなんて、私にはできません」

 ソウェが怒ったような表情で見返してくる。

 允景はソウェの目を見つめながら、父の背を見送ったあの日を思い出していた。


「拙は身を守る術も、相手をしいする術もある、この手は幾度も血にまみれておるしな、嫌なものを見る事になるやもしれぬが、それでも支えられると思えたら、続けてお頼み申そう、ソウェ殿、それで良いかな」

 緩やかな口調で問い返す。

 允景は、この人を命に替えても守ってみせようという思いが、自然と腹に落ちてきているのに気づいた。


「はい」

 ソウェに明るい表情が戻った。


「さて、では転移直後の段取りをいかにするか、決めていこうか、まず服は現地で用立てられようが、この月代さかやきは不味いのではないかな」

 ひょうげ気味に頭に手を置く。

 ソウェが声を出さずに「う~ん」という顔をしている。


「あのーウィッグでいいなら出せるよ、色はピンク、赤、紫、オーソドックスに金髪っと、なんでもござれ」

 ステラータは親指を立てて突き出す仕草をした。

 允景がその指を逆に決める。

「黒に決まっておろうが」


「ギブギブギブ」

 允景の腕を叩く救世の女神と、無表情に締め上げる允景を見ながら、ソウェはなぜか心強くなるような気がした。







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