第8話 異世界オリエンテーション(中)

「ソファとテーブルだけじゃ味気ないね」

 ステラータが白い空間をカフェダイニングに変えた。

「允景、刀は危ないから、ここに置いといて」

 小洒落た濃赤の帆布はんぷで出来たマガジンラックを顎をしゃくって指す。

「うむ、無理に呼ばれたとしても、訪いを立てた手前、行儀ではあるな」

 下緒さげおを解き、バランスを取りつつマガジンラックに丁寧に並べて置く。


「しかし、このシナモンロールなる菓子は南蛮の茶によく合う、桂皮けいひをふんだんに使うとは分限者ぶげんしゃでなければ、なまなか考えつかぬであろうな」

 允景はシマの甘味処周りに度々連れ出されたことがあり、甘味には一家言ある口だ。

「銀の匙もおごっておるが、この白磁は、ひなに見せかけつつも、技巧をらしておる」

 ミルクピッチャーを持ち上げ、まじまじと確認する。

 ソウェはミルクが欲しいのだが、允景がミルクピッチャーを調べ終わるのを待っている。

「したり、ソウェ殿、お使いくだされ」

 ソウェの視線に気付いた允景が、ひどく貴重なものを扱うようにミルクピッチャーを差し出した。

 ソウェは微笑み。

「私もこのようなお菓子は初めてなので舞い上がってしまいそうです」

 気を使うように言ったが、事実でもあった。


「さて、このタブレットとやらに書かれていることよりほかに、なんぞ知ることはあるか」

 油断しきっているステラータに二人が目を向ける。


「あ、しまった、一等最初に職分てやつに関わる説明をして契約をしなきゃいけないんだった、NDA秘密保持契約ってやつも」


「「……」」


「だって凄い剣幕で捲し立てたてられて言い出す状況じゃなかったし、その後はすぐに二人で盛り上がってたから、邪魔しちゃいけないかなぁって、おもったりしてね……」


「「……」」


「あーなんだ、読みかけの漫画の続きが気になったわけじゃないのは確か……」


 バスッっという音ともにステラータの肩口で何かが爆ぜ、高く上がった角砂糖を允景がカップで受けた。


「暴力反対!暴力反対!我々は話し合いを要求す……」

 允景が再びつぶて代わりに角砂糖を握るのを見て、ステラータは慌てて口を閉じた。

 ソウェが新たなシュガーブラウンの角砂糖を渡したのは絶対忘れないと肝に銘じながら。


「……ほんじゃまいっちょ行きますか」

「まずは、ここの話ね、この空間は二人の生まれた世界より時の進みが緩くて、ここを基本とすると、ワースは2の5乗、テラは2の6乗の差があるみたい、あーテラってのは允景の住んでた星ね」


「ここで32日過ごしてもワースなら1日、アケラ様のテラなら半日ですね」

 ソウェが補足して確認する。

 腰に手を当てうんうんとステラータは頷く。


「転移では転移先の環境でも問題ないように体の内部機構の調整は行われて、オーバースペックになる物品は、転移先の科学レベルと照らし合わせ修正不可な歴史の改変が起こらない範疇の技術にとどめるよう改変されるって書いてあったのは読んだかな? うん読んだね、こりゃ捗りますわ」


「んで、二人を転移させる権限と能力を持っているのは、ワ・タ・ク・シ」

 ステラータが允景に嫌な笑みを見せてくる。

 允景は上役の笹井軍兵衛を思い出したと同時に忠助や茂晴が何らかの行動を起こすのだろうかと焦りを生じさせ、すっと表情を消した。


「今、テラに戻すことは出来るのであるな」


「転移させる時と場所は決められていて、私は飛ばす事しかできないのは書いてあったよね、で、今は……残念……ワースのシエナ……にしか転移させられないっぽい」


「なるほど、どうあってもタブレットに書かれているマイルストーンを辿らせたいのだな。そういえば転移で気になったのだが、緊急避難転移については担当の職分で決定し、事後報告を行い裁定を仰げとあった。ただし適用判断は神業条項の規定に沿ってともあった。がしかし、その条項とやらの記述は見つからなんだ」


「えっと、核心まで一足飛びかーい、説明するの省けて楽だけどさ、私も仕組みはわからないんだけど、神業条項って突然知っている事を思い出すのよね、今はワースにしか飛ばせないって質問された時、知っているのを気づいたし」


 允景は、上つ方の意思を試すことができそうであるな……と思った。


「緊急避難転移で転移させられるのはこの空間への一方的な転移で、事後報告時に新たな転移を行う許可を得る……だったかな、なんか覚えてる」


「取り合えずせつは急ぎ戻らねばならぬ用がある、そちらの御用を果たさねば帰れぬとあらば、やるしかあるまい、貸しをつけさせてもらう」

 允景が真っすぐにステラータを見る。

 その後ろでソウェが「私はどうしたらいいのでしょう」といった風で少し戸惑いつつも、興味がありそうにステラータをじっと見ている。


 ステラータは「また2対1かい」と一瞬思ったが、そういえば何が最終目的なのか知らない自分に気が付いて、心が少しすくむ思いがした。

 そして今ことにも気づいた。


「マイルストーンとやらを熟したとして、最終的に拙に何をさせたいのだ。これには第一期計画とやらまでしか無いが、そこまで付き合えばいいのか? それともこの先に第二期が神業条項とやらのように現れるのか?」

 允景が矢継ぎ早に質問を投げる。


 ステラータは遠くを見るような眼をして黙っている。


「第一期の完遂目標である『ダリウス砦の城割り』とはどういう状態までいって達成したとなるのでしょう? ダリウスはシヴォネン国サレルマ領の領都の守りの要石です。多数の守護兵と魔導士に守られ固いことで有名です、これをアケラ様と……私……だけで破るなど……」

 ソウェはのところで少し言い淀んだあたりで、允景の視線に気づく。


 允景は先からステラータの雰囲気が変わったのを感じ、ソウェに目配せした。ソウェはハッとした表情をしてうなずき返してきた。


 ステラータは迷うような表情の後、テーブルに両肘をのせ、指を組んで口元に持ってきた後、無表情で一言だけぽつりと呟いた。


「転生者の排除だ」



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