第7話 異世界オリエンテーション(前)

 何が書いてあるのか、ひと目ではわからないホワイトボードの前で、一人の美しい原宿系の女神が緊張していた。

「っということでっと……えー我は惑星ワースの世界の理を正すため、眷属を使嗾しそうし、救済を行う者である」

 ステラータが何かを盗み見しながら棒読みにした。


「ワースって私の住んでいたワースのことなのでしょうか」


「うん、そう」


「眷属というのが我らが事か、御用が済んだら元の場所に戻すのだな」


「うん、そうかな」


「救済とは」


「君たちが何かから助けるんだろうね、きっと」


「そもそも私達の星のどこがおかしいのでしょう、なぜ私が呼ばれたのですか」

 ジト目になったソウェが聞く。


「えーそれは、ただ今ぁ鋭意調査中でありましてぇ、現段階ではぁ私共のぉレイヤーまで情報がぁ降りてきておらずぅ、お答えすることもぉ出来ませんしぃ、お答えする立場でもぉございません、あしからず……あ、お答えする立場ではあるか」


「「わけがわからん(わかんない)」」


「ちょ、ちょっとまってね、まだ続きがあってね……」

 ステラータが狼狽うろたえているところへ、允景が敬いを欠片も見せずに言い放つ。

はばからずに言わせてもらうが、まず字が汚くて読めん、手習い所の師にお小言をもらいそうだ」

「そうですね、小等課程に入りたての子供ならわかりますけど、これは酷いです」

 ソウェが後に続く。

 ふたりとも同じ文字が読めている事に気づいていない。


「だって字とかもう書かないんだよ私の生きてた世界は、オッケー○○でバッチシだし」

 言い訳がましく意味不明なことをいう。

 ソウェは「風防眼鏡ゴーグルで何をするんだろう」と疑問に思ったが突っ込むとややこしくなるので控えた。


「では、とくと話を聞かせてもらおうか」

 允景の言葉を端緒に、しばし2対1の攻防……というより一方的な蹂躙が続き、ステラータは気づいたら何故か土下座をしていた。

「埒が明かん、先より、ちらちらと盗み見しているそれをよこさぬか」

 醒めた目で見下ろす允景の横で、ソウェがうんうんと頷いていた。


 允景とソウェはステラータがカンペに使っていたタブレットを奪った。

「ほぅこれはどうやってめくるのか……おぉなぞれば良いのか」

「この虫眼鏡のマークを触ると調べたい言葉が浮かび上がるようです」

 やいのやいのと暫くしていたが、一段落しホワイトボードに気になる点を記述していく。

 允景は縦に筆書する、ソウェは備え付けのペンで横書きする、お互いに書いている意味がわかるようだ。しばらくして允景は、蘭語で横書きする手法を編み出した。


「手妻の類ではないという事はわかったが、拙が戻るにはこやつの言うことを聞くしかないとある」


「えぇ、私は案内役と補助をさせるために呼ばれたという事みたいですね、ワースの事をお伝えするためだけの存在なのかもしれませんけど」


「ワースの記述では魔法なる言葉がよく出てきておったが、これはどういうものなのだ」


「魔法がない世界の人に魔法を説明するのは難しい気がします、あっでも、私、魔法が使えないので、魔道教会の教義と私が感じたことしか話せません」


 ワースの魔道教会の教義において、ワースの生物は精霊界との契約が生まれながらなされており、血肉の契約として光と闇の属性のどちらかを持つ。植物ではほぼ固定であるとされている。動物においては固定の種、血縁で伝わる種があるが、血縁でつながる場合でも同属性同士の間に別属性が出ることがあり、詳しくはわかっていない。

 これに魂の契約として火、水、地、風といった個人固有の属性の契約が行われている。

「魔道教会の教義ではこのように書かれていますが、精霊界や契約というもの自体が存在するのか、私には感じられないので分かりません、実際に使っている人もあいまいな状態なんじゃないかと……それでも詠唱で魔法は発動します」


「詠唱とはどのようなものなのか」


「例えば光火の属性を持つ者が、火の矢を放つ魔法の場合は、同胞はらからとなります、闇火の場合はヴルカンではなくザラマンデルとの契約になります、高位者になると詠唱無しで発動させることができるようになります、精霊界の存在に近づくからだとも言われています」


「詠唱無しでない限り、詠唱が終わる前に止めさせれば発動はしないという事でよいか」


「はい、ただ種族特有の固有魔法を持つ物もあり、こちらは無詠唱で発動します、また並行詠唱の必要もありません」


「発動には意識が必要か」


「意識を失えば精霊界との繋がりが保てなくなり、魔法自体が使えなくなります」


「どちらにしろ意識を刈り取ってしまえばすべての魔法が無効か、あと並行詠唱とは」


「高位者になると無詠唱と詠唱で複数の詠唱を行える者もいます、かなり複雑であり、人間以外では討伐級の魔獣の上位から行える種が出てくる程度で、滅多に見ることはありません」


「防御や体力強化と言った自身に効果を与える魔法は無詠唱である程度行えるようになります、外に向かう魔法を無詠唱で行う場合は、術者のレベルで扱う詠唱より一段低い詠唱を使うことが多いようです」


「やはり肝となるのは拙が魔法とやらを知らぬところじゃな、陰陽師や山伏ならしりおるが、誠にはそのような業前をなすことはない、いったいどのような仕組みなのであろうな」


「以前魔法の原理について調べてみましたが、魔道教会は魔法そのものの仕組みを解析することを禁忌とし、教会に属さないものが新たな詠唱を研究しようとするのを、巡察使に密告するよう市民へ指導があります」


 話し合いを続ける二人の横で、ステラータは床に俯せになり、抱きまくらを顎の下に入れ、かなりくつろいだ姿勢で漫画の単行本を読みふけっていた。


「これ、何をしている、こちらに来ぬか」

 允景が言うや否やビシッという小気味よい音を出し、白扇がステーラータの旋毛つむじを捉える。


 ビクンっと電撃を食らったように女神が飛び上がった。

「いってぇっっ、何スンダ、神様だぞ、敬え、へつらえ、あやたてまつれ」

 真っ赤になって激怒する。

 その様子を最初から見ていたソウェは吹き出すのを堪えようとして何度も失敗していた。

「仕事を放り出して、草双紙くさぞうしに現を抜かしておるような神を敬う義理はなし」

 允景は受け流す。

床机しょうぎを出してこちらに座らぬか、聞きたきことがある」

 表情を変えずに白扇で手招きする。


「これって下克上ってやつじゃん」

 ステラータはぶつぶつ言いながら、指を鳴らし、一人がけのソファと、ティーセットが置かれたテーブルを出した。

 ソウェに恨みがましい目で見られ、允景に脇差しのこじりで突かれた。

 追加でソファを2つ出すハメになったのは言うまでもない。


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