第6話 女神ステラータの転移の間

 白い何もない空が見えた。ソウェは気づいたと同時にバッと丸まると、耳に手を当て防御の姿勢を取る。すぐ横で、異国の衣装をまとった若い男がひらりと立ち上がり、柄に手を掛けながら、こちらをうかがっている。


 ソウェは生まれてこの方、ここまで目を見開いたことがないくらい刮目しているのを、正面からまじまじと見据えられ、恐怖より恥ずかしさが勝った。


 しばし目を合わせていたが、いきなり調子のいい2拍手がなり。

「はいは~い、転生の女神とかやっちゃってるステラータです、以後よろしくね、ふたりとも仲良く仲良く」

 髪が蛍光ピンクで原宿系の格好をした若い女が現れた。


 ソウェの様子を窺っていた允景は、急に現れた気配に驚くも顔には出さず、左足を半歩下げ、床に丸まっている異国の少女から声の主に目を移す。

 一瞬「蘭国に街廻りチンドン屋がいたらこんな装いではなかろうか」と允景は思ったが、いやいやそうではないとかぶりを振った。


「そこ元、ここはいずこか」


「あ~それはもうちょっと後で説明するね」

 ステラータは指を鳴らす。

 白い何もない床からホワイトボードが現れる。


手妻てづまの類か……耶蘇やそではあるまいな……」


 チンドン屋……もといステラータは、ダンダダンと音を立てながら勢い良く、ボードにのったくったような字を書き始めた。


 ソウェが恐る恐る立ち上がり、距離を取ろうと後ずさった。それに気づいた允景は、柄にかけた手をおろして振り返る。

「そちを害すつもりはない、驚かせてしまったすまぬ」


 ソウェはぎこちない笑みを作り、立ち上がる。

「ここはどこなのでしょう、あ、私、ソウェ・アファリと申します」

女性にょしょうに先に名乗らせるとは相すまぬことをした、明楽惣右衛門允景と申す」

 允景は仮初の小田兵庫でなく、本名を名乗った。ソウェは自分の名前に似た響きを感じた。

「アケラ・ソウウエモン・マサクワゲ……マサクワゲとは、何処の国のクランなのでしょう」

 ソウェが子首を傾げる。

「クラン……」

 允景は蘭語の氏族を意味する言葉に近いのではないかと予測した。

「アケラがクランではないかと思うが、国は武蔵国になろうか、允景が呼びにくければアケラで構わぬ、ソウェ殿」


「おーおー良い感じだねー、お2人さん、こちらに注目」


「まだ、応とは言っておらぬぞ」


「まーいいから、いいから、お代は見てのお帰りってね、はい注目!」


 汚い字の上をステラータがババンと叩く、叩いた場所の字が消えた。


「今後の大まかな展望とマイルストーンを説明します、先ずはお手元に資料があるかお確かめください、もしなければ係の者に挙手でお知らせ願います」

 続けて見回すような仕草をする。ソウェと允景が手を上げていた。


「ウソウソ、一度言ってみたかったんだよねこのセリフ、あんとき建材が崩れてこなければ内定式で聞いてたのになぁ、くっそー、鉄パイプぐっさりだったもんな」

 允景は、「荷崩れで下敷きになるなど、高積見廻たかつみみまわり役は始末をつけるのに苦労したであろう」と思ったが口にしなかった。


「「……」」


「あ~ついでに、さっきは転生の女神とか言っちゃったけど、今回は厳密には転生じゃないんだ、むしろ神様が転生してるとか笑える、まさに転生の女神じゃん、ということで、こまっかいことは無しでよろしく」


「「……」」


「そこの2人、引かないでもらえるかな、こう見えて若干、対人恐怖症持ってるし」


「「……」」


「じゃ、じゃぁまず現状から説明するね」

 ワタワタしながらオリエンテーションが始まった。

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