第10話 ついに転移

「これなら大丈夫でしょう。ダナエから来た剣士に見えると思います」

 ソウェは允景のウィッグを調整して念を押す。

 武家の装いからワースの剣士風に改めたのを、ソウェが最終チェックしていた。

 ステラータが知っていたゲームやラノベのコスチュームを組み合わせて、どうにか出来上がった。

「アキバっぱないべ」とステラータは密かに驚嘆する。


 「かたじけなし」

 言葉少なに允景が礼を言う。

 江戸暮らしでは町人と貧乏御家人で通していたので、女中は置かず、着付けは物心ついてから自分一人でしていた。

 年頃の女性に、ここまで近づかれるのには少し慣れない物を感じる。


 刀は元の太刀を一本だけ差し、脇差しを背嚢の裏に隠すように背負う。

 両刀で抜き打ちができるか、柄をに手をあてる所作を素早く繰り返す。


 そんな允景をボーッとステラータが見ている。

「允景ってよくよく見るとイケメンだったのね、禿はげげてたから気付かなかったけどさぁ、もしかしてモテたんじ……」

 話している途中で、ステラータの首脇の後ろに置かれたパキラの幹に、小柄が突き立った。

「すまん手元が狂った、まだ慣れるのに時間がかかりそうだ。あと允景ではなく、もうアケラ・ヒューゴだからな。間違えるなよ」

 ソウェにダナエ出身ぽいクラン名を幾つか挙げてもらう。ありふれていそうで既に没落したヒューゴが一押しと言うので決めた。

 偽名である小田兵庫の兵庫に似ているので、とっさに反応できるようにと、ソウェが秘かに掛けた保険でもあった。


 允景はステラータのソファの横まで歩いてゆき、小柄をパキラから抜くと刃先をあらめる。

「ついでだが禿ではない身嗜みだしなみだ」

 ステラータは背筋に寒いものを感じ、首を竦める。


「じゃあ馴染ませるか、軽く型の練習をさせてもらうぞ」

 允景の声と口調は、既にぶっきらぼうな冒険者風の声色を習得したと言ってよい出来だった。

「さすが間諜」とソウェは心の中で喝采を送る。


 明楽允景改め、アケラ・ヒューゴは、太刀を抜いて型をいくつかなぞった後、再生古材風のティンバーフレームの梁に逆さ吊りになって、掛けたつま先だけで素早く移動したり、空中で背中の脇差しを抜き打ちにしたりと、せわしく動いて回る。

 目で追っているソウェが唖然としていた。


 その後、様々な地方のお国言葉のイントネーションの練習を繰り返しつつ、その地域の慣習などをソウェが教える。


「まーったく、死亡転生物ならテンポよく勢いでスパッと転生っしょ。神様に会うパターンでも、一段落でだいたい説明が終わって、丁寧なヤツで肝のチート能力の付与と説明とかが4段落位あって、んじゃま行ってこーいって流れだって言うのに、ここまでやるか、あ……転移する前にレベルをMAXまで上げるやつもあったね、そこまではしないよね……」

 女神が長い独り言にソウェはしっかりと聞き耳を立てていた。


「命が掛かっているんですから、慎重になるのは当たり前です。傍観者気分でいるのはステラータ様だけです。真面目にお願いします」

 ソウェがマジツッコミした。


「んー、場の雰囲気をリラックスさせようとしている私の努力を評価していただきたいのであります。あーそうそう、ソウェにコレ出しとこう、アケラに使い方を習うと良いさ」

 30cm×20cm位の黒い合成皮革で包まれたケースと小さな箱を大量に出して、アケラの冒険者用の背嚢に突っ込む。


「中身は開けてのお楽しみと、で、準備は完了かな」


「うむ。向こうはソウェが転移してから1時間ほど経った所か、そろそろ頃合いだな」


「1時間くらいなら父も母もまだ気づいていないと思います」


「ソウェの両親とうまく関係が築けるか試させてもらおう」


「飛竜の歌で気絶した私を助けてくれたという設定なら安易だけどばっちりです」


「それならいいのだが」

 アケラは微笑む。


「ステラータ頼む」

「お願いします」


「じゃーいっくよー」と間抜けた掛け声とともに、ダイニングキッチンから二人の男女がすっと消えた。


 ステラータは糸が切れた操り人形のようにソファに座り込んだ。

「行っちゃったねぇ」

 しばらく、二人が最後にいた場所を眺め続けていた。


「允次、君の息子はいい男に育ったよ」


 ひっそりとつぶやき、ブローチのロケットを愛しそうに握りしめた。


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