シエナの暮らし

第11話 シエナ山麓からの眺め

 アケラとソウェは、シエナ山麓に瞬時に現れた。

 二人をシエナの少し冷たくなった風が出迎え、ソウェの長い黒髪が揺らめいた。


「シエナの街がみえる。夢じゃなかったんですね」


「風の匂いもあまり変わりがないようだ。ソウェから聞いていた通り、素晴らしい眺めだな」


 シエナの街は峰に囲まれた谷のような底、いわゆる氷河が作った圏谷けんこくにあった。

 街は空堀で2重に囲われ、城壁は存在しない。見晴らしを良くし、魔獣を見つけやすくするだけでなく、魔獣の身を隠す場所がないと警戒して出てこないという習性も利用している。


「飛竜も唄が聞こえないので去ったようです」

「いきなり襲われて逆戻りは困るなと危惧はしていたが、まずは重畳ちょうじょう、心なしか体が軽い、背も高くなっているようだ、馴染ませる必要があるな」


アケラは装備品を確かめる。

「武器や持ち物の類は特に変化はない。ステラータが寄越した指物の箱は中が空になっているな」


 アケラは切り立った山脈を見上げた。

「信州往還の七里岩からみた八ヶ岳に似ている気がする、ただ、より雄大に感じる」


「向かいの山の頂上が光り始めています、そろそろ日が暮れ始めます……なんか心配になってきました」


「あぁ初仕事の時は皆そうだ。頼むぞ相棒」


「はいっ」


「さて急ごうか」


 山を下り始めて15分ほどして、街は山の陰に入った。

 その陰の中に小さな光がいくつか灯り、動いて回っているのが見えた。


「あれはソウェを探しているのか」

 アケラが指をさした方向をソウェが目を細めて注視する。

 松明を掲げた人々が数人で固まり、何かを探しているようで、数組が四方に散りながら山を登っているのが見えた。


「私はいつもこれぐらいの時間まで外にいますし、父さんたちは粉挽きの仕事の片づけ……というか稼ぎ時で大忙しです。私がいなくなったと気付くならあと30分ぐらいしてからかな」


「ふむ。もしかすると他の不測の事態が起きているのかもしれない。早めに接触しようか」


「分かりました、まだ森を抜けても大丈夫な時間なので近道をします」

 ソウェは草むらに踏み込み、森へ分け入る、森は下生えがうっすらと生えているだけで、思ったより歩きやすく、杣道が切れては繋がりと伸びていた、落石や蛇抜けがあり、放棄された理由が窺えた。


 アケラは、歩きながら気になる草を手に取り、匂いを嗅ぎ、腕に擦り付けていく。


「ソウェ、止まれ」


 アケラの声に、ソウェは立ち止まり振り向く。


「どうしましたか」


「野犬の唸るような声がした……」

 アケラが小川が削った小さな谷の向こう側の斜面を指さす、と同時に子供の叫ぶ声が二人の耳に届いた。


「アケラ様、後から追います。背嚢を渡してください」


「うむ。無理をするな。出来れば身を潜めておけ」


「大丈夫です。山育ちですから」


 ソウェの返事を背に聞きながら、アケラが谷を軽々と飛び越え、森の中へ消えていった。


 アケラは、ソウェが谷の斜面を転がるように降りてきている音を聞きながら、苦無クナイを確かめ、脇差を抜刀する。


アケラとソウェが走り抜けた後、眠りを妨げられたと思しきヒイロヨウセイバチが、仄かな光を明滅させながら森の中を飛んで行った。


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