第14話 アファリ家の人々

 ソウェから、シエナには食事に重きをおくのははしたないという慣習があるので、アファリ家の食事は質素と聞いていた、がしかし眼前の料理は質素とは思えない、薬食いとは聞いていたが種類が豊富なのだ。


 かしわにわとり月夜うさぎ以外だと、遠足サバイバルで、牡丹紅葉鹿、蝮、虫まで食べた事があるが、手の込んだ調理をなされた形で食べるのは初めてだった。

 塩漬けの豚肉を燻したものから、汁で野菜と煮込まれたもの、全てが馥郁ふくいくたる香りで彩られている。

 アケラは香草の一つ一つを丁寧に確認しながら、葉の形、味、香りを記憶してゆく。

 シソ、アブラナ、セリ、ユリ、ショウガに近い種類が含まれている、味わったことのない爽やかな香りがする葉は後で調べようと思った。

 香辛料には、胡椒、山椒、芥子からし、唐辛子に近い物がある。


「ヒューゴ殿はダナエの料理に親しんでおられよう、シエナは質素倹約が習いゆえ味気ないかもしれない」


アケラが細々と食べているように見えたのか、サウリが気になったようだ。


「アファリ様、ダナエの出とは言え、里を出てから10を数えます、どこの国の者だか自分でも分かりかねております」


 ジーマが、おやっという表情を見せた。

「幼き頃から旅暮らしとは……ご両親は一緒に?」

「いえ、母は生まれてすぐ亡くなりましたので、顔すら知りません、父も9つの時に稼ぎに出かけ、未だに戻ってきません」

「辛いことを聞くつもりはありませんでした……そうですか……」

「その後、叔父と父の同輩に養ってもらい、旅を続ける事になりました、今、彼らも別の国を旅していることでしょう、非常に厳しくて強くて愉快なところもある男達です」


 アケラは「允景、梅を見に行こう」と誘う忠助の顔を思い出した、「允景、○○に行こう」は、いわゆる忠助の冗談忠助ジョークで、実際はとんでもない山野を、飲まず食わずで踏破する破目になるのだ、ましてや茂晴と忠助が薄ら笑いしているときは特に危険な御用ヤツである。


 親藩に忍び込み、夜中に大筒を運び出し、薬球を撃ち上げて逃げた時は……花火を見に行こうだった。

 三田みたの外様の上屋敷に孟宗竹もうそうだけの根を掘り返しに行った時は、確かたけのこ採りに行こうだったな、あれは何度か死ぬと思った。


「きっと、その者も鋼者つわものなのであろうな、この地に縛られておる身としては羨ましい限り、ソウェ、よくヒューゴ殿を連れてきてくれた、でかした」

 アケラはサウリが忠助と同類だと確信した、二の腕が無性に太いのは家業のせいだけではないはずだ。


「お父様、アケラ様は、この街にしばらく逗留する予定だったそうです、できればそのー、えーっと……」

「ソウェ、心配するでない、ヒューゴ殿に部屋を用意させて頂く、ジーマ良いな」

「えぇ息子ができたみたいで楽しそうですわ」

 アケラはもう少し複雑な伏線とか駆け引きとかを用意していたつもりなのだが、あっけらかんと当初の課題タスクを果たしてしまった、ソウェの「大丈夫です、父は特に」という言葉は短絡すぎると思っていたが、実際にその通りだった。


「ヒューゴ殿、食事が済んだら、男同士の会話をしようではないか」

「あら、大変、ヒューゴ様、手加減お願いしますね」

 ジーマがにこやかに文脈に合わない言葉を口にしたような気がしたが、適当に返事をし食事に舌鼓を打った。


「うぉうりゃぁ」

 サウリの掛け声と同時に凄まじい爆発音がし、アケラが立っていた庭石が爆ぜ飛び、大穴が開いた。


 アケラは飛び退りながら、なぜこうなったのか分析していた、多分「男同士の会話」というセンテンスの文化的認識の違いから生まれてしまったのだろうと推測した。


「お父さんっっやめてぇぇぇ」

 ソウェがさっきから何度も叫んでいるが、戦斧バトルアックスはお構いなしに振り下ろされ、薙ぎ払われる、サウリは満面の笑みを浮かべている。


「ヒューゴ様、回復魔法ならおまかせください、遠慮はいりませんよ」

 この母、ノリノリである。


 イスロとベガは、うんざりしたような、死んだ目で後ろに控えていた。


 サウリは逃げるアケラの足止めしようと考えたのか、詠唱を開始する、右掌を空に向けると火球が現れた。

「ぬん」

 サウリが火球を飛ばし、後ろに隠れるように回り込み、アケラに殺到する。

 アケラは火球に苦無を打ち、バックステップする、苦無は金属が擦れ合うような音を立てて弾かれる、金属防御魔法を発動していたようだ、アケラは心置きなく刃を立てられると安堵した。


「はっはっは、逃げ回ってばかりでは、殺れませんぞ」

 サウリが物騒なことを言い出したので、アケラはどうしたものかと、今後のシナリオを検討しはじめた。


 切り落とし、逆袈裟、霞と連続で戦斧が振るわれる、アケラは素早く近接し、避けあるいはなし、持ち手を抑えと凄まじい速度で対応する。


 サウリはその圧力を嫌い距離を取る。

距離を取ろうとするサウリに向かって礫が幾条も飛ぶがサウリを中心とした球状に弾かれる。


「むん、はっ、はっ」

 礫を気にも留めず、サウリは詠唱を唱え3つの火球を作り出し、アケラの足元に2つを時間差で投げつけ接近を図りつつ、残りの火球を軽く上空へ投げた。

 アケラは苦無をサウリに再び投げつけると、再び防御魔法に弾かれ、庭に生えた大木の幹に突き立った。


「無駄、無駄、無駄ぁぁ」

 完全にキャラが変わったサウリが殺到すると同時に、アケラは左に素早く転化する。

 サウリが上空に放っていた火球が落ちてきてアケラを掠める。

 その瞬間、サウリが炎と煙に包まれながら、ズダンと転げた。

 素早くアケラは近づくと、サウリの首筋に脇差しを当てる、金属防御魔法は発動しない、すっとサウリの首筋のムダ毛を剃った。


「参った!」

 サウリは戦斧から手を離し、俯せになったまま手を上げた。


「あらまぁ、やっぱりヒューゴ様はお強いわね」


「うむ、手加減してもらって、この様だ」


 ソウェは何が起こったのか良くわからず、キョロキョロしている。


「最後の立ち回りで、ヒューゴ殿は俺の火炎攻撃を利用し、何らかの方法で体にまとわりつく火炎を放った、それを受けて俺は防御魔法を火属性に切り替えた」


 サウリはイスロが持ってきた布で汗を拭い、一息つく。


「前からの物理攻撃であれば、戦斧で弾けば良いと殺到したのだが、足元に細い鎖のような紐が巡らされており、転ばされた、そこへ首に刃が当てられて降参となった」


 アケラは金属防御魔法の癖を読み、紐を通した苦無を弾かせ罠を張った、火球が落ちてくるタイミングで、苦無で斬りつけるように見せかけて、携帯している火薬を振りまいたのだ。


「山岳狼5匹狩りを軽々としてのけるだけはある」


「自分も冷や汗をかかされました、シエナの民はこの様に皆お強いのですか」


「「旦那様(おとうさん)は特別です」」


 ソウェとジーマの声がいい感じで被ったタイミングでイスロが進み出て声をかける。


「ヒューゴ様、旦那様、お湯が用意できております、いかがされますか」


「うむ、今宵は清々しい汗を掛けた、筋肉は人を裏切らないとは、まさに至言、ヒューゴ殿と素晴らしい会話ができた、風呂に参らんか」


 アケラはソウェに目を向けると、目線で諦めろと言ってきた。

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