第13話 高原の街 シエナ

 アケラ達はラニの家族と一緒にシエナの街に入った。


 捜索隊の男達は、山岳狼を駆除したと聞くと興奮し、確認も兼ねて死骸の回収をすると、いそいそと山に駆け上っていった。


「獣が金になるとは聞いていたが、狼ごときはさほど気にするまでも無いのではないか」


「アケラ様はこちらの地方が初めてなのでお知りにならないでしょうが、山岳狼は冬に何人も犠牲になる恐ろしい獣なのです、一匹でも前衛と後衛に2人ずつで挑まないと危険です」

「それにあの個体は異常に大きかったのです」


「そうなのか、それほどまでには感じなかったが、まぁいい喜ばれるのはいい事だ」


「普段なら雪が降り出す頃に現われるのに、どうしたんだろう」

 ソウェは思考に耽った。


 シエナは旧領主の館を中心に街が広がり、12街区に分けられている。

 領ではラスコーリニコフに次ぐ規模を持ち、近村の物流の中継地点となっている。


 統治制度は、幕藩体制に近いのでアケラには理解しやすかった。


 建物は蘭語を学習した本にあった挿絵に近いもので、屋根が信州の屋根に似た急な角度になっているのが違っている。


 忠助と八王子から甲州街道で甲府に向かい、佐久往還から諏訪に遠足とおあしと称して、道や山野を問わず走り抜けたのが懐かしく思えた。


 ラニの家はソウェの家路の途中にあったので、ラサと母親がラニを看病するため家に残り、父親のスヴァンがソウェとアケラと一緒にアファリ家にお礼に行く事になった。

 道すがら終始謝礼の言葉を口にするスヴァンに、ソウェとアケラが手を上げて静止するのを繰り返しているうちにアファリ家の門前についた。


 アケラは、門を見上げ、3000石の旗本くらい有りそうだと見積もる。


 ソウェが近づいてくるのを気づいていたと思しき初老の執事が、屋敷の扉を開けたままにし、門まで迎えに早足で歩いてくる。

 ソウェは門の脇の通用口を開けて、アケラ達を招き入れる。

「お嬢様、おかえりなさいませ、アファリ様はまだお戻りではありませんよ」と片方の口角を少し上げる。


「そう、でも今日は父に話したいことがあるの、こちらスヴァン・マスケフさん、同級生のお父さんよ」

「遅くに申し訳ありません、お嬢様方に助けていただいたお礼に参りました」

「で、こちらが冒険者のアケラ・ヒューゴ様、危険なところを助けていただいたの」

「お嬢様、イスロは何が起きたのか考えもつきません、アファリ様をお呼びになりましょうか」

「いえ、多分少ししたらお戻りになるでしょうから、お待ち頂きましょう」

「では、お茶のご用意を致します、アファリ家の執事イスロと申します、御客人はこちらへ」

 客間に通されたアケラとスヴァンはすることもなく、黙々と茶を喫していた、ソウェが着替えに私室へ戻っていったので、このような状況になっている。


 アケラはラニの憔悴ぶりを思い出し、スヴァンに助言をしておこうと思い立った。

「ラニは血が多く流れたので滋養を付けさせる必要がある、しかし食を受け付けないだろう、卵や乳などを粥に混ぜて少しずつ取らせるといい」

「はい、ありがとうございます、卵は無理かもしれませんが山羊の乳ならどうにかなります」

「おや、シエナでは卵が手に入りにくいのか」

「はい、飛竜便を使って低地から運んでくるので高いんです、自分達が卵を手に入れられるとしたら、山鳥が卵を生む季節に巣から盗む以外にありません」

「寒いと鶏が持たないのか……でも冬は生き物が元気になるのではないか?」

「はい、冬になれば生き物は元気になるのが通りなのですが、家畜化した生き物は魔核反応が弱いオスとメスをかけ合わせつづけて作られています、豚を解体する時に皮に刃が通らないとか、厩舎が焼かれるとかしないように……」

「となると、家畜化した鳥では冬を越せぬか……連れてくるとしても一代限り、春に雛を孵しても卵を産む頃には秋か……」

 アケラは、明楽の探索方の古い覚え書きの中に、「伊達家が神君家康公より下賜されし南蛮が鶏を育てた知見をもとに奥州にて鶏卵で業を成す者あり」という記述があったのを思い出していた、確か…母屋続きにして暖を取れるようにしたが匂いが酷く挫折、多数の鶏を飼うことで寒気から逃れようとすると悪い気がたまり全滅、室を作り寒気を遮り、壁を温めているようであるとあった。

 鶏は気温が低い春や秋に卵を多く生む、シエナは冬場以外は涼しいので、冬さえ越せれば鶏卵の産地になるかもしれないと思い立った。


 しばし世間話をしていると、扉がさっと開き、ソウェと壮年の男女が現れた。スヴァンは飛び上がるように立ち上がりお礼を述べる。ソウェの母親と思しき女性が、まぁまぁといった感じで、微笑む。


「マスケフさん、困ったときはお互い様です、ソウェも良いことをしましたね」

 ソウェの父親も頷き、アケラに目を向ける。

「おぅ、そちらの御仁は集会所で噂になっていた冒険者殿か」

「えっもう集会所で噂になっているのですか……こちらが冒険者のアケラ・ヒューゴ様です」

「アケラ・ヒューゴと申します、お目にかかれて光栄です」

 アケラは場に馴染むよう言葉使いを選んだ。

「家長のサウリ・アファリだ、こちらは妻のジーマだ、ダナエから来たと、娘から聞いたが、なんと若い。このような美丈夫が山岳狼を5匹もほふるとは、いやはや凄いの一言だ」


 ソウェは聞き捨てならない情報が混ざっている事に気づいた。

「えぇっ5匹? 異常体だけじゃなく? えっえっどういう事?」

「うむ、異常体が連れていた群れの若い狼もついでに駆除した、離れた藪の中に死骸が隠れていたので見えなかったかもしれん」

「はっはっは、ついでの4匹が山岳狼の通常体と同じ大きさとは、どのように仕留めたのか気になって仕方がない、そろそろ夕食が整うので、食べながら話を聞かせて頂けないか」

 アケラはソウェの父親から忠助の匂いをどことなく感じた、多分、切った張ったが好きな、血の気が多い口だ。


「私は、息子の容態が気になるのでお暇致します、妻も調子があまりよくありませんので」

 スヴァンが深々と挨拶をすると、ジーマが「ちょっとまって」と留まれというような仕草をした。

「では、お食事をお包み致しましょう、ベガ、お願いできますか」

 後ろに控えていた老女のメイドがかしこまりましたとお辞儀をし、スヴァンを案内していった。


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