第29話 薬種ギルドで製薬実験
クーペのドアを開けると、老齢の男とその部下が駆け寄ってくるのが見えた。
「リュフタ様、足をお運びいただけて光栄であります」
「エンシオ、気にせずに。話をすぐ始めよう。頼みたいことがあるのだ」
「何なりとお申し付けください」
「こちらがアケラ・ヒューゴ殿だ」
「よろしくお願いいたします」
「エンシオ・ハーパマキと申します。ベガから言付かっておりますよ」
片眼を閉じてウインクをしてくる。気さくな人のようだ。
薬種ギルド長室に招かれた。冒険者ギルドより二回りほど規模が小さいようだ。
「突然ですまないが、ヒューゴ殿の製薬の実験を手伝ってくれまいか」
「ほう、どのようにいたせばよろしいでしょうか」
「ヒューゴ殿、詳細を」
「お願いしたいのは、グロブラの根、大きめの密閉できる容器、酒精、石灰、酢、炭、油を少量、水属性持ちをおひとかたです。あと毒か否かを判定するための生き物または道具があると嬉しいです」
「ふむ。魔素枯れ病の薬を作ると聞いておりましたが、変わったものが入用なのですな。毒か否かを判定するのであればクロタリーナオリダスが良いでしょう。毒に強いので麻痺からすぐに回復します。あと薬効があるかどうか確認するために我々は魔核を利用しています。お使いになられますか?」
「薬効が分かるのはありがたいです。お貸しいただけますでしょうか」
「そういえば、ユハニが興味深い薬を使う冒険者がいたと言っていたのはヒューゴ殿でよろしいか」
「多分そうではないかと思います。少しお話を聞かれてゆきました」
「ふむ。ならば異存はない。うちの若いもんもつけよう」
エンシオは商売っ気のある見慣れた笑みを浮かべた。
作業部屋に入ると5名ほどの職員がいた。リュフタは興味があるので後ろで見させてもらうと長椅子に腰かけた。
アケラは早々に挨拶を交わし、実験の手順を表記してゆく。
熱を通すと薬効が無くなるという事だったので、精油と同じように蒸留法を試すことにした。
密閉容器に素材をすり潰した物をいれ、少しづつ温度を上げ、密閉容器内の水分を集水魔法で密閉容器内の上部に取り付けた小皿に取り分けてもらう。
僅かについた水滴を小針に漬けクロタリーナオリダスに刺す。アケラは秘かにクロタリーナオリダスは蛇かと合点が行った、確かに毒には強そうだ。
クロタリーナオリダスは何も変化がない。
次に魔核へ塗ると仄かに虹色の反応が見えた。
「「「おおっ」」」
それを見ていた一同が声を上げる。
エンシオは目を見開いて。
「こんなに簡単にだとっ! 我らは虚けか!」
リュフタが何事かと席を立ち近づいてきてのぞき込む。
エンシオが説明をする。
「今、薬と毒の成分を分離できたのです。これで薬を飲み続けても心臓は止まりませぬ」
「うむ。凄いものであるな。上に報告をしたらいったいどのような反応があるのか怖いくらいだ。さて……どうしたものか」
リュフタは思案に耽るように無言になった。
エルメルが作業机のそばに椅子をもってきたので、そのまま居座り何かぶつくさ呟きながら作業者の手元を見守って居た。
蒸留して残っている汁にも薬効と毒が残っていた。
アケラはまだ薬効成分の可能性が残っているのではないかと考え次の指示を出す。
もう少し時間を掛ければ薬効成分を取り出せるのだろうが、それだと別の成分も混じるようになり、十分に薬効成分を取り出せたとは言えども精製には程遠いのだ。
「もう少し量を取り出して試してもらいたい事があります」
・酒精に混ぜる → 薬効変化なし
・油に混ぜ、水分と油を分け調べる → 水分に薬効効果あり 油には薬効効果なし
・炭に含ませ酢で洗う → 酢に薬効成分無し
・炭に含ませ石灰を解いた水で洗う → 石灰水に薬効成分あり 効果に変化なし
気付くとリュフタも手ずから物の上げ下げを手伝っており、額に汗をしていた。
初めてから既に2時間ほどたつ。
もうこれで十分なのではという空気が場に満ちてきた。
「最初に比べ、なかなか結果が出ぬものであるな」
リュフタが袖で汗をぬぐう。
アケラはそろそろ農場に行く時間になるなと焦りを覚えた。
最後に自ら作業を行う。炭に含ませ酢で洗った後、石灰水で洗い、上澄み液を再び蒸留してもらった。
小皿にほんの僅かな雫が残っていた。
それを魔核に塗ると先とは違い、虹色の光が長く尾を引くように暫く残り、消えていった。
再び歓声が沸く。
「「「おおおおおおっ」」」
やはり薬効を阻害する成分が蒸留するだけだと混ざっていたようだ。
クロタリーナオリダスは変化はない。逆に少し活発になってしまっている。
「なんという・・・諦めかけていたがまさかこのような変化が残されているなど思いもつかなんだ。わしゃギルド長を辞めたい」
「エンシオ様、それではここにいる皆が辞めなくてはなりません」
「自分も完全に脱帽です」
「ヒューゴ殿やったな!」
リュフタが立場を忘れて、アケラと手を合わせる。
「そう気を逸らせるのはいかがかと。副作用は減るかもしれませんが根本的な問題は解決しておりません」
リュフタをはじめ、エンシオと職員もきょとんとした目でアケラを見る。
「根本的なといいますと?」
「薬価です、今の薬価では民草には使えませぬ」
アケラは一瞬、かつての小田兵庫に戻っていた。
「アドニシエナリニスはソメルヴオリが独占しております。これの原価を下げることは製薬にかかわる人々の賃金を減らすことになりましょう。国もそれを認めるとは思えません」
リュフタが苦虫を噛み潰したような顔で頷く。
「なので講を組んではいかがでしょう」
「ヒューゴ殿、講とは?」
「ギルドのようなものですが、病気になった時、安価に治療が受けられる権利を広く売るのです。これであれば薬価を下げることなく、僅かなお金で治療を受けられます」
「入っていなかった場合は高価になるということか?」
「はい。ただ魔素枯れ病は薬を飲み続けねばなりません。最初に講に入る入会金を多めに取り、あとは会員として同額を払い続ければ安価に薬を手に入れられるようにすれば良いはずです」
「ふむ、やって見ねばわからぬな。ただ魔素枯れ病の患者は症状の重い軽いにかかわらず多いと聞く」
「ええ、リュフタ様。症状が軽い場合は気づきませぬが、重症になる前の段階の罹患率は10パーセントを超えるとも言われております」
「であれば講の件と合わせて上奏してみよう」
アケラは最後の決め手を打つことにした。
「リュフタ様、講で集まったお金は先払いです。その点を主張すれば何かと分かりやすいのではないでしょうか」
リュフタは悪い顔をしてニヤリと笑った。
アケラは用量の基準などの用法は薬種ギルドと薬師に任せることにした。
体調に問題ない職員が用量を少しづつ増やして調べ、その後、患者にも同様に薬の用量を増やして試すそうだ。
マスケフ家に報酬を支払って協力を頼むようにリュフタが手配をしてくれた。
リュフタは今日は臨時で非番にすると宣言し、アファリの共同管理農場に行くことにした。
アケラの脳裏にサウリの苦い顔が思い浮かんだが、これは避けようのない事故なので、諦めてもらおうと独り言ちた。
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