第28話 師匠と見習いと強制発注

 昨日ファンニと法律資料を読み込んだ部屋に、アケラとマールトは通された。ペトラには、謹慎しているようにと釘を刺された。


 ファンニが紅茶を淹れてくれた。

「あら今日はソウェ様と一緒じゃないのですね。こちらの方は?」

「お初にお目にかかる。マールト・アールヴ・アファティラだ」

「ギルドの案内係をしておりますファンニ・サルコマーです。よろしくお願いいたします」

「ファンニさん、昨日はありがとうございます」

「あーっ、そういえば昨日はどうしたんですか? 今朝アルドから無事に戻ってきたと聞きましたけど、そのぅ……」

「いずれお話できると思いますが、今はお忙しそうなので差し控えさせていただこうかと」

 アケラはファンニにそれとなく話せないと匂わせると、ファンニもわかったようだった。

「あっと、しまったペトラにどやされる……ではしばしお待ちを」

 慌てた様子でファンニが部屋から出て行った。


「ヒューゴ殿は何かと忙しいんだな。見込み違いだったか」

「ヒューゴで良い、見込み違いとは?」

「さっきの仕掛けは本意じゃない。ここで協力者を募ったら、あいつをいじって来いといわれたんだ。あとマールトで良い」

「まぁそんなようなことだと思ったよ。マールトが協力者を必要とするなんて、どんな発注を受けたんだ」

 アケラは口調をマールトに合わせ、自尊心をくすぐってみることにした。

「薬種専門の狩人をしてるんだけど、ラーゲルレーヴの冒険者ギルドでホールリビリーズの魔核と肝の採取の強制発注オーダーを出された。ホールリビリーズはシエナにしか生息していないんで、国が違うラーゲルレーヴのギルドはシエナのギルドに見習い扱いとして私を送り込んだってわけ」

「となると師匠を持たないといけないという事になるな」

「で協力者を求めたんだけど、この始末と」


 マールトは頭の後ろに腕を組み、机に脚を乗せる。紅茶のカップが微かに揺れて鳴った。


「ふむ。協力してもよいが、どうする」

「そうしてくれると助かるよ。何にもしなくていいから」

「ファンニかペトラが来たら手続きをしてもらおう。いつまでに狩るんだ?」

「早い方がいいが、まだ奴らが現れるには時があると聞いた」


 アケラは情報が何かないか思い出す。


「山岳狼がいつもより早く降りてきているという。もしかするとホールリビリーズも早く現れるんじゃないか」


「もう山岳狼が出ているというのは本当なのか? 今朝方こちらに着いたのだが、そんな話が聴こえた気がしたのだが聞き流してしまった……」

「一昨日の夕方、ここから一時間ほどの山中で5匹狩られて、いまはここの支部にあると思う」

「おおっ5匹もかっ、さぞ大掛かりな山狩りをしたんだろうな、見てみたい……」

「それも頼んでみよう」


 アケラはマールトが薬種専門の狩人という言葉に興味あったが、先延ばしにしていた。切り出すには丁度いい機会と判断した。


「マールトは薬種専門と聞いたが、病気にも詳しいのか」

「薬師ではないが多少は詳しい」

「魔素枯れ病の最新の情報で知っている事があれば聞かせてくれないか」

「シヴォネンでも研究はしているが、今のところ病理が少しわかっているくらいだ」

「例えばどの程度」

「ヒューゴは医者か?」

「いや、治せたら儲かりそうだと思ったんだ」

 アケラは笑みを浮かべる。

「ふん。金はいくらっても困らないって口か。まぁいいさ協力してくれる礼にしておくぞ」


 魔素枯れ病は正確にはスカンツェ症候群といい。魔核の力を取り出せなくなる症状をスカンツェという術師が魔核の表面を覆う魔核壁に異常をきたすことで発症することを突き止めたことで名づけられた。

 症状としては子供の段階で発症すると軽微な症状で済むが予後は良くなく、成長するにしたがって体力の減衰が起こり、壮年になる頃には歩行困難となる。

 また、成人で発症すると劇症となり、最悪のケースではチアノーゼを起こし死に至ることもある。成人になるに従い魔核の利用比率が高まる事に由来するものだろうと推測されている。これは魔術に長けているものほど重症となることも裏付けとなっていた。


「薬はたしかシエナでしか作れない。金を食う毒とも言われているヤツだ」

「あまり芳しい噂ではなさそうだな」

「有体に言えば庶民が発症したら、ほぼ治療はされないという事だな」


 ドアの外から誰かが近づいてくる気配があった。


「勉強になった。明日で良ければ探索に付き合おう。どこで待ち合わせればいい」

「明日は昼にトレースをする。付き合ってくれるなら助かるが、一人でも困りはしない」

「分かった。こちらに顔を出そう」


 部屋にファンニとギルド長が入ってきた。

「エドヴァルド・シーカヴィルタだ、シエナのギルド長をしている」

「おはようございます。アケラ・ヒューゴと申します」

「昨日は大変であったな。リュフタ様から執り成しの言伝をいただいた」


「ご迷惑をおかけしました。こちらの女性はマールト・アールヴ・アファティラさんです」


「マールト・アールヴ・アファティラという。しばし世話になる。」

「ラーゲルレーヴから言付かっている。がしかし御料林差配に話しをつける時間がなかった。立て込んでおってな、しばし待たせると思う」

「シーカヴィルタ様、マールトを自分の見習いに出来ますでしょうか? 都合をつけやすいのではと勘案いたします」

「おぉ。それは良いかもしれぬ……な。リュフタ様もヒューゴ殿の事を気に入っておられるご様子が書簡からうかがえた。師匠となれば手続きもはかどろう。ファンニ頼めるか」

「はい。ではすぐに」


 ファンニは再び慌ただしく部屋を出て行った。


「時にヒューゴ殿、山岳狼の報酬はいかがなされようか? 大きいものが400ターレル、小さいのが200ターレルで、合算すると1200ターレルになる。獲物を競りに出せば更に4倍程追加になろうか、こちらには税金がかかる。税引き後でも3倍ほどは残ろう」

「持ち込んだ方の権利はないのですか?」

「うむ。彼らも欲しいのは山々なのだが、お役人に目をつけられるのも怖いといった態でな……元々権利はヒューゴ殿だけにある」

「となれば、私から内々に謝礼することは可能でしょうか」

「そうしてくれると助かる。言い出しにくいことではあったが、察しがよいな。アファリ様やリュフタ様が気に入るのも頷ける」


 部屋のドアが勢いよく開かれペトラが現れた。


「ギルド長、なにやってんの! 新人に訳ありな見習いをつけたりとか!」


 エドヴァルドは少し首を竦めこめかみを抑える。


「いきなり他国の冒険者を入ったばかりの人間に押し付けるとかあり得ないでしょ!」


 エドヴァルドは苦笑いを浮かべ、こらえるようにと手振りを送るがペトラは止まらない。


「いったい何を考えてんのよ! あんぽんたん!」


 エドヴァルドから苦笑いが消えた。


「少しはギルド長に敬意ってもんを払えって言ってんだろが、ああ?」


「あぁ? どの口がものを言ってるんだい!」


 エドヴァルドが軽く切れ、ペトラが一瞬鼻白んだものの負けじと応酬する。


 会話に入ってゆけないアケラとマールトは呆然と立ち尽くしている。

 エドヴァルドとペトラの言葉の応酬がだんだん痴話喧嘩のような内容になってきている。

 ジト目になっていたマールトがアケラの脇をつつく。


「山岳狼を狩ったのはもしかして?」

「そうだな」

「5匹いっぺんに一人で?」

「そうらしいな」

「先ほどは不遜な態度を取り済みませんでした。女だてらにと言われるのが嫌で気を張っておりました。」

 マールトが3歩下がって飛び土下座をする。


「だーかーらー、いつも俺はお茶は薄めにしろって言ってんのに、何で朝からくそ濃い熱々を出すんだって……」

「私がその方が好きだからそうすんだよ。いちいち二つに分けて入れるのが面倒だろうが、朝起きて自分で入れ……」


 エドヴァルドとペトラがマールトの飛び土下座に気づいて痴話喧嘩をやめる。


「う、うむ。恥ずかしいところをお見せした。内密に頼む」

「特秘事項だからね」

 ペトラが入ってきたのと同じように勢いよく扉を開けて去っていった。


「えーっと。見習いの件は大丈夫。大丈夫……だと思うぞと」


「ギルド長お願いいたします。あと、マールトさん、見習いって事ですが、しばしお付き合いいたしましょう。お手を上げてください」


 アケラは喜劇の様な状況をどうやって潜り抜けたらいいのか考えが浮かばなかった。


 そこにファンニが入ってきて異様な雰囲気にぎょっとした表情を浮かべる。

「あのぉギルド長、リュフタ様がお見えです」


「あぁ迎えが来たのか」

「いえ御料林差配様がいらっしゃっております」


 エドヴァルドが表情を引き締める。


「……ヒューゴ殿急ぎ付いてきてくれ。あぁ……マールト殿もだ」


 アケラ達がロビーに出ると冒険者たちの数はかなり減っていた。玄関の入り口近くにマンシッカを従えたリュフタがいた。


「リュフタ様、わざわざのお越し有難うございます」

「エドヴァルド、朝から世話になる」


 エドヴァルドはギルド室へと誘い、歩きながら差しさわりのない会話を続けた。

 ギルド長室にはリュフタとエドヴァルド、マールト、アケラの4名を残して皆外に出て行った。


「ヒューゴ殿、今朝は驚いたぞ。まぁその話はクーペの中でしようか。こちらの女性は?」

「リュフタ様、シヴォネン国から依頼のあった冒険者です」

「マールト・アールヴ・アファティラと申します。以後お見知りおきを」


 マールトは何度目かのフルネームでのあいさつを繰り返した。リュフタは少し気になる表情を浮かべた。


「岩熊の件か……ヒューゴ殿も居るが良いのか」

「えぇ。彼が師匠を引き受けてくれるとのことで」

「ヒューゴ殿は大忙しだな。であれば問題無いか」


 アケラはマールトのラーゲルレーヴ領がシヴォネン国だと知る。ステラータの間で領地名まではラーニングしきれていなかった。これは偶然にして僥倖と、少し胸が透く思いを感じた。またホールリビリーズはシエナでは岩熊と呼ばれており、今回は熊狩りをするんだと分かった。


「マールト殿であれば単独行でも達成できるとは思いますので、名前を貸すだけになりましょう」

「うむ。マールト殿、アールヴとはシヴォネン国で言われる、あのアールヴということでよいのか。であればそれも頷ける」

「差配様、買い被りすぎでございます。私如きは駆けだしにございます」

「しかし、変わり札が2枚も集まると何事か動きそうな気配がするな」


 リュフタは笑いながらアケラとマールトを観察する。


「私はアファリ家に世話になっているただの旅人ですので」

「その旅人とやらがな……まぁいい。マールト殿、依頼の件はしかと承った。森番はつけぬ」

 リュフタは監視役をつけないので好きにするが良いと暗にほのめかした。


「ご高配有難うございます」


「ヒューゴ殿、では行こうか」


 ギルド長室にマールトとエドヴァルドを残して外に出る。タズが居酒屋で待っているのを見て、先に農場に行っておいてもらうように頼んだ。


横付けされたクーペに乗り込むと、昨日ヤルマリの隣にいた護衛が謝罪をしてきた。確か屋敷に連れ込むときに抗議をしていた若者だ。

「昨日、彼が事の顛末を知らせに来たのだ」

「エルメルと申します。同輩が迷惑をおかけいたしました。改めて謝罪させていただきます」

「済んだことです。気になさらずに。こうして知り合えたことを喜びましょう」

「そうしていただけると幸いです」


「それにしてもヒューゴ殿、今朝起きてあれは驚いたぞ。まさか気づかぬうちに例の物が寝室に届けられていようとは思わなんだ」

「取り急ぎ済ませた方がよいと思いまして。知る人が少なければ少ないに越したことはありませんので」

「うちの屋敷の警護をもっと厳しくする必要があるのか……」

 アケラは空を飛び、壁をすり抜ける者をどうやって防ぐのか思い浮かばず作り笑いを浮かべていた。


「リュフタ様、薬種ギルドで試したいことがあるのですがよろしいでしょうか」

「ふむ。効いておいた方が良さそうだな」

「えぇ製薬方法についてのご相談です」


 会話がまとまる頃、クーペは薬種ギルドに静かに乗り付けた。












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