第27話 製薬事情と女冒険者

 アケラはアファリ家の使用人が起き出す前に戻り、朝食の支度が済む時間まで睡眠を取った。ロウェは昨夜戻った際にソウェへ戻っていった。


 居間へ降りると、ベガがハーブティを淹れてくれた。アファリ家の人々がおりてくるまでの時間をベガと薬の話をした。


 ワースの製薬は薬草を煎じて服用するといった原始的な製法が殆どで、ベガのような闇の地属性による製薬もなくはないが、非常に高価なってしまうそうだ。

 高価になる理由は闇の地属性の製薬技術を極める人はいないためである。なぜなら、薬を作らなくとも光を持つ術者であれば回復できてしまうからだ。回復魔法や治癒魔法で治せない病だけが薬を頼ることになる。


 ただし毒については製薬技術でなければ作れない。ただし内容が内容だけに賤しい業とされ体系的な技術理論はまとめられていない。

 製薬技術は経験則に基づいた物や伝承といった形の範疇にとどまらざるを得なかったのだろう。


「アドニシエナリニスを使った薬と毒について知っていることはありませんか」

「サウリ様から伺っております」

 ベガは真顔になり声を低くして答えた。


「根はどのように使っても毒となります。乾燥させても煮出しても毒になります。根の汁を乾燥させ水気を減らした物を針先に塗れば、おおよその生き物は死にます。討伐級より上の獣は麻痺を起こします」

「薬とする場合はどのようにしますか」

「根を砕いて取り出した汁を乾燥させたグロブラの根に僅かに混ぜ、その場で服薬します。乾燥させたり煮出すと効きません」

「どのような症状に効くのでしょう」

「長期間服薬することで魔素枯れ病が改善すると言われています……」


 アケラは魔素枯れ病は一般的な知識の範疇に入るものだと推測し、後でソウェに聞くしかないだろうと判断する。


「言われている……とは、効かないということでしょうか」

「はい、効くこともありますが、おおよそ毒に侵されて死ぬことになります」

「少しづつ麻痺が広がって行くのでしょうか」

「ええ。最後には呼吸が止まるか。寝たまま目覚めなくなるか。心臓が止まるか。」

「解毒剤は効かないのですか」

「有効な解毒剤がないので劇薬とされています」

「回復魔法ではどうでしょう」

「病で回復しようとする力そのものが奪われてしまっているので、回復をかけても毒には意味がありません」

「気になったのですが、煮込むと毒になり、薬にはならないと考えてよろしいでしょうか」

「はい」


 アケラは後漢の張機が認めた傷寒雑病論の炮製を使う事で、薬となる成分と毒となる成分を分離できれば副作用が少なく、且つ純度の高い薬を作れるのではないかと思い至った。

 毒の成分そのものが薬であるならばどうにもならないが、今回は聞いた範疇では分離ができそうだった。



「もし、薬の成分だけを抽出できるとしたら、どなたに試してもらえばよいのでしょう」

「そのようなことが出来るのであれば、薬種ギルドに相談すると良いかもしれません。アドニシエナリニスを扱う許可を持っているのはギルドだけです」

「もし訪れるとしたら、リュフタ様から紹介して頂くのが良いでしょうか」

「はい、それが一番話が通し易いでしょう。私からも話しておきます。一応これでも子守のベガと呼ばれたのですよ、ほほほ」

「子守ですか?」

「ええ、どんな屈強な男や魔物でも、私の手にかかれば、”まるで子守に抱かれた赤子のように、寝たまま起きない”と言われておりました」

「子守という言葉が怖いものに思えてきました」

「ほほ、ハーブティには体に良いものしか入れておりませんよ。ギルドにはいつ訪れる予定でしょうか」

「勝手ではありますが、今日の午前中にお伺いできないか聞いて頂けますか。リュフタ様にも言付けをお願いできますでしょうか」

「はい。ギルドに使いを出させます。リュフタ様はイスロがあたりましょう」

「ソウェ様をお見送りした後、冒険者ギルドによる予定です。時間が分かりましたら伝言をお願い致します」

「わかりました。あと僭越ではありますが、お洋服のお仕立をさせていただきました。食後に採寸と丁合いを取って頂けますでしょうか」

「御礼の言葉もございません」

「アファリ様がここまで気に入る方は初めてですのよ」

「後が怖そうです」


 扉からサウリがのっそり現れた。


「誰だ人の噂をしているのは」

「アファリ様、おはようございます」

「おはよう、今日は付き合ってもらうぞ」

「先約がございますので午後からでも良いでしょうか」

「リュフタには”また貸しが出来たな”と伝えておいてくれぬか」

「はい。ではそのように」


 アケラは至極真面目な表情で言う。ベガが笑みを漏らす。


「……や、やめぬか。ベガも止めよ」


 ソウェとジーマが揃って現れたのでサウリはこれ幸いとばかりに話題を変える。


「今日、ヒューゴ殿は午後から農場に来るそうだ。わしも一緒に農場へ行くことにする。ヒューゴ殿はソウェの馬車を使うと良い。タズには言ってある。」

「では、昨日と同じように、学校まで行った後、冒険者ギルドに寄らせてもらいます」


 アケラはソウェと目が合った。特に変わりがあるようには見えなかった。ロウェはソウェに無事戻れたようだ。


「アケラ様、何か私の顔についています?」

「いえ、いつもどおり麗しいご尊顔であられます」

「あっ……い、いや……ご冗談がお上手ですこと……で……良かったわよね」


 ソウェは一気に頬を上気させ、目を伏せた後、ジーマを横目で見る。ジーマは笑いをこらえながら2回小さく頷いていた。


 アケラはソウェが少し怒ったような目を向けてくるのを流し、サウリに目を向けた。


「アファリ様、昨夜ラニの家からリュフタ様へのお届け物をいたしました。アファリ様からマスケフ家に薬について含みおき願えますでしょうか」

「うむ。なるべく角が立たぬよう穏便に取り図ろう」


「皆様、お食事の用意ができました。食堂じきどうへお進み願えますか」

 イスロが扉を開き告げた後、扉止めを差し込んだのを合図に席を立った。



「なんで悪戯をするですかっっ。私だって昨日はそれなりに頑張ったのにひどいです」

 タズが手綱を取るキャブリオレに乗り込むやいなや、ソウェが不満を漏らす。

 従者席のアケラの表情は見えないので、言いたいことが言えるようだ。


「これは無作法をいたしました。心に思い浮かんだことを口に出してしまうなど紳士たるもの慎まねばなりません」


 ゴンっという音と衝撃が伝わってきた。キャビンで何かが起きたようだが、アケラには見えない。タズがぷっと吹き出すのが聞こえた。


「アケラ! 覚えてらっしゃい! タズは笑わない!」

「ソウェ様、ラニの見舞いの品などを求めたいのです。農場より戻ったら案内を願えましょうか」

「……え、えぇ。い、いいわよ……」


 キャブリオレが学校の馬車止まりに着く。アケラは踏み板を素早く下ろし、手を差し出す。ソウェは手を重ね降り立つと再び好奇の目に晒される。

 アケラは昨日と違って、仕立てられた上品な一揃えを身に纏っている。帽子をとりソウェに礼をする際には他の女子生徒から昨日とは違った視線を感じた。

 ソウェは満更でもない表情を浮かべている。どうやら余裕というか開き直りが出来たようだとアケラは思った。


「では、後ほど、お願い致します」

「お待ちしております」


 アケラがタズの横に乗り込むとキャブリオレは走り出した。

 ソウェは一人になると敵地アウェーであることに気づき、校舎へと急いだ。


 アケラが冒険者ギルドにつくと、冒険者で溢れかえっているのが見えた。

 稼ぎに向かう者、発注書を漁る者、稼ぎの前に朝飯を取る者などで市場のような活況があった。


 アルドもペトラもファンニも忙しそうに立ち回っていた。


 アケラはロビーにある発注書を眺めに行くと、薬草採取のコーナーがあったので一枚一枚確認していった。


 その中の一枚が気になった。


「グロブラの根の採取、100ポンドで1ターレル銀貨」


 アケラはアドニシエナリニスを薬にする際に使用する薬草であるなと、発注書を見ていた。


「お兄さん、そんな格好しているけど、新人の冒険者かい。用がないなら退いてくれない」

 アケラが振り向くと小柄な紅髪碧眼の若い女冒険者が目くじらを立てていた。

 女冒険者の後ろの5間程離れた所に冒険者パーティらしき5人くらいの集団が薄笑いを浮かべてこちらを窺っている。女冒険者はけしかけろと指示されて声をかけたのだろうと思われた。アケラは一度譲って見て、さらに仕掛けてきたら余所者弄りと決めようと決めた。


「これは失礼いたしました。この発注書が気になりまして見ておりました。どうぞご覧ください」


 アケラが足を引いて体を入れ替えようとするのに合わせて、女冒険者がつま先でアケラの踵をひっかけようとした。アケラはそのつま先を軽く踏みつけ、女冒険者に目を合わせる。女冒険者は後ろを気にするそぶりを数瞬見せた後、ナイフを素早く抜き放つ。


「キサマ、女だからって、なめているのかっ!」

「いえ。何か粗相でもありましたか」

「それがなめてるっていうんだよ、足をどけろ」


 女冒険者はナイフを正中線に合わせて下から切り上げてくる。後ろに避けると顎が刺される軌道を持っていた。

 アケラは右足を引いて左に転化しながら、女冒険者の右腕を左手で押さえるように刃先の筋を変え、押した反動を利用して踊るように回りながら女冒険者の背後を取る。

 女冒険者は後ろ蹴りを入れる態を装って、体を入れ替えようとする。アケラはその誘いに態と乗り、宙で側転しながら避ける。着地際にナイフが迫ってくるのを読み、足で着地せずに、つま先と指先でうつ伏せに着地し、足を薙ぐように蹴りを入れながら回転し立ち上がる。

 蹴りを避けるために間を取った女冒険者は再び懐に入り込もうと殺到し、ナイフを突き出す。

 ナイフの刃筋を再び変えられる事を想定していたのか、突き出したナイフを横に撥ね上げ、体を入れ替える。アケラはそれを屈んで避けつつ、下から腕に手を添えて流すと再び背を取る。


「くっ、ちょこまかと……!?」


 女冒険者は裏拳でナイフの抉りを叩きつけるように振り向く。

 アケラは女冒険者のベルトに手をかけ、持ち上げるように振り向いた勢いのまま回転させながらふわっと持ち上げ、空中で手を放す。

 放り出された女冒険者は回転しつつ振り向き、両足と左手を地面につけ着地すると同時に低い姿勢でナイフの刃を見せずに突っ込んでくる。

 低い位置から右手が素早く動く。いつの間にか獲物を持ち替えており、小刀を投げたのが見えた。

 アケラは指に隠した暗器で、投げられた小刀の腹に叩きつけるように当てて掴む。

 次々と投げられる小刀を掴んでゆく。


 近づいてくる女冒険者の足元の床に小刀を投げ突き立たせる。女冒険者は立ち止まって先のナイフに持ち替えて右回りにこちらを窺う。

 アケラは掴んだ小刀を振り向かずに後ろの冒険者の足元に投げ、床に突き立たせる。

 先ほど薄ら笑いを浮かべていた男たちが近づこうとしていたのを牽制したのだ。


「うおっ」


 男たちは驚きの声を上げて避ける。


 それを見て女冒険者が笑っていた。

 笑いながらアケラにナイフで切りかかる。

 今回は綺麗な読みやすい刃筋で、傍から見れば舞うように見えただろう。

 アケラも微笑みながら、それらを避け、いなす。


「強いな。こんなところで何をしている」

「グロブラの発注書を見ていただけだ」

「まだいうか」


 横からナイフが薙ぐ。


「何度聞かれてもそれ以外答えられない」

「そうか」

「ああ。この続きどうする」

「あの男どもに向かって蹴り飛ばしてくれ」

「それでいいのか」

「あぁ。それでおさまるようにする。そうでなければ〆る」

「じゃぁ行く」

 アケラはナイフを軽く蹴り上げ、そのままわきに入り込み背負い投げを打つ、床に打ち付けずに薄ら笑いしていた男たちの真ん中へ飛ばす。

 女冒険者は空中で体勢を整えつつ突っ込み、どさくさに紛れて男たちの急所を極めてから立ち上がる。


「手合わせ頂き感謝する」

 アケラは女冒険者に向かって手を差し出すと、女冒険者が握り返した。

「朝の慣らしには丁度良かった。シエナには始めて来たが、余所者を試すのがここのやり方なのだろうな」

「お互い余所者という事でしょう。命を預けるかもしれない人間の腕を試すのは致し方ないことかと」

「そんな恰好をしているから冷やかしに来た街のボンボンかと思ったが違うのか」

「一応ここに冒険者登録はしてありますが、まだ仕事をしたことはないですね」

「どういうことなのか理解できないが、まぁ事情があるのだろうな」

「今はそう考えてくれると助かります」


「こらこら! このクソ忙しい時に喧嘩とはどういった了見かいっっ! 〆んぞこら!」

 人壁の向こうから威勢のいい女性の声が聞こえてきた。アケラはようやくペトラが来たなと笑みを浮かべた。女冒険者は肩をすくめ苦笑いを浮かべている。


「マールト・アールヴ・アファティラという」

「アケラ・ヒューゴだ、よろしく」


 喧騒の隙間からようやく顔を出したペトラが騒ぎの中心人物を確認した。


「またお前かよ……」


 アケラは済まなそうな表情をして頷いた後、微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る