第26話 記録という遺産

アケラはニエミサロ療導院に何か残されていないか調査してみたが、ほぼ全ての階層が略奪と破壊に遭っており、有意義な残留物は何も残されていなかった。

調べていないのは崩落が起きて完全に埋まってしまっていた15階層の西側の区画だけとなった。


『14階層の管理室から15階層の倉庫に通じる抗がある。私の長柄はそこから投げ出された』


『敬意は払われないのだな』


『仕方がない。囚人と同じ』


14階の広めの部屋の天井の隅に2m×1mの立坑があった。

登ろうとした痕跡があったが、落石で塞がっていたので諦めたのであろうと推測された。


アケラが落石に向かって礫を弾くとロウェが『投槍』を詠唱する。

素早く部屋の中央に避難し、見守る。

埃と一緒に小石がパラパラと落ちてきて収まった。


落石は立坑にひかかったまま、中央に黒い穴が穿たれている。

アケラは壁を蹴り、穴の内側に両手を当て、素早く登る。


『影視』


倉庫内は完全な闇に包まれていたが、ロウェの補助魔法により昼と変わらぬように見ることが出来る。


倉庫内は荒らされた跡があるものの、略奪者の質が違うことが見て取れた。

長柄を壊し一部だけ抜き取り、不要な物が辺りに撒き散らかさてている。


『多分、療導院の職員がやった』


『そうだな。やり方が素人だ』



アケラは目ぼしい物がないか歩いて回る。

金目の物は全て失われているものと考えて良いだろう。必要なのは情報だ。


手帳を見つけた。

中は全てのページが黒く何度も塗りつぶされたかのように同じ文字が書き連ねられていた。

ただ、時にまともな記述が見える。日付と竜という文字の組み合わせだ。

竜を見た日付を書き記し続けたのであろうと推測された。

新暦223年から46年分の日付が残されていた。ソウェに見てもらうと良いかもしれないと思い、背嚢に入れた。

また、この施設は少なくとも新暦269年の時点では使われていたことが確認できた。


次にアケラは散らばっている紙の束を拾い上げた。同一の筆跡による手紙が束になっていた。


母親宛の子供の手紙だった。


新暦172年5月の消印の手紙

”いつになったら家に戻れますか。夜になると母様の声を聞きたくなり、泣いてしまいます。”


新暦172年11月の消印の手紙

”冬が来ました。会いに来てくれると約束したシエナの精霊祭りは終わってしまいました。母様、お体をお大事に。いつも変わらぬ愛を込めて。”


新暦173年1月の消印の手紙

”秋に送っていただいた上着を毎日着ています。冬の凍える寒さに母様のぬくもりがあるようで耐えることが出来ました。母様に会いたいです。”


新暦173年3月の消印の手紙

”字が読みにくくてごめんなさい。右の小指が黒くなり落ちてしまいました。母様から頂いた体を粗末にしてしまい申し訳ありません。母様の声を一度でいいから聞きたいです。いつもわがままばかりでごめんなさい”


新暦173年4月の消印の手紙

”母様から頂いた上着の右袖を切られてしまいました。治療するにはそうするしかないと言われました。こうして起きていられる時間も少なくなってきました。早く元気になって母様に会いたいです”


新暦173年4月の消印の手紙

”母様と家にいる夢をみました。あと少ししたら叶うのかもしれません。導師様が精霊がお許しを与えてくれるとおっしゃっていました。あぁ早く本当に会いたいです。母様のシチューを食べたいです。”


次の手紙は筆跡が変り、職員から縁者に宛てた手紙だった。


新暦173年5月の消印の手紙

”新暦173年4月、ご子息は息を引き取りました。遺体と荷物の引き取りを行ってください。”


最後の一枚は縁者からの返信のようだ。


新暦173年5月の消印の手紙

”遺体と荷物はそちらで処分してください。手紙は必要ありませんので、一緒に処分してください。200ギル同封いたします。”


アケラは脇差しを抜くと手紙を放り上げ、何度も何度も断った。


『瞬断』


手紙の破片の内部から黒い刃が生えたようにパッと弾け、どんどん細かくなってゆく。


手紙は花吹雪のように散って、最後に消えた。


『子が親を思う気持ちは無垢であるな、ロウェ』


『そうね。私は家族に恵まれた』


『戻ろうか』


アケラは再び黒い霧となり走り出す。


『ロウェはあそこにいつまでいたのだ』


『新暦139年』


『ロウェと不死者であれば抜け出せたであろうな』


『私はいつでも抜け出せた』


『逆に家族が質となったか』


『あの時代では仕方がなかった』


『そのような時代に戻してはならぬな』


アケラは変わらぬであろう星々を見上げ、脇差しで逆袈裟を放つ。


『孤影斬』


刃風が一つの黒い影となり天に向かって飛んでいく。


影がゆっくりと上っていくのを見上げ続けた。

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