第16話 アファリの粉挽き所

 アケラがよく見かけた粉挽きの風景といえば、水を水田に汲み上げる三連水車を流用する、なだらかな平野の風景だった。

 シエナでは信州の蕎麦挽き用の水車により近い物を使っているのだろうと想像していた。

 しかしアファリ家の粉挽き所はアケラが予想していた以上に大規模な物で、斜面に石造りの基礎と水路を設け、水路の両脇に5個水車小屋が連なっていた。20mほどの高低差がある早瀬の上から引かれた運河の途中から、用水を引き込み、水車を回している。

 これであれば大水の時などは水量を調整できるので水車が流されることもないだろう。船も運河を利用して粉挽き所の周囲を回る形で行き来できる。サウリが執拗に見に来いと行った理由がわかった。


 シエナはソウェからの情報で阿蘭陀国と似たような文化レベルを持つのだろうと予想はしていたが、気候がもたらす効果なのか予想以上に阿蘭陀国の山間部の様子と酷似している。


 ただシエナの方が魔法の有効な分野においては、より先進的であろう、逆に魔法が関与している分野は魔法を除外すると劣る事もあるかもしれないとも思う。アケラは科学と技術の均衡がテラとは違う点に注意を払おうと考えた、タスク攻略の鍵になる気がしたのだ。


 キャブリオレは運河の橋を渡る、水力で橋を鉛直方向を軸に90度回転させていると思われるが、その起動は遠隔操作できるらしく、渡りきった今は元の位置に戻る動きをしている。橋が戻り切るのを確認するために橋の袂でしばらく待つ事になる。


「橋を回すのはどうやっているのですか」

「あれは集水魔法で桶に水を貯めると、その重さでレバーが引かれるのです。ジーマ様が考案されたのですよ。それまでは水門小屋に人を置いていたのです。レコをご存知ですよね。彼の祖父は水門番でした、年で暇を貰う際にあれが作られ、レコは下働きとして雇われました」


アケラは明け方の仕事を終えたレコが学校へ行くといっていたことを思い出す。

「なるほど、レコを学校に行かせるために作られたのですか、アファリ家の方々は、家人思いの人ばかりなのですね」

「ヒューゴ様は、お強いだけではないのですね。冒険者と聞いていたのでもっとこうヤバイ……んっぅん……危険な方かもと、最初は恐々としてましたが、全く逆でした」

「では次からはもう少し感じにいたしましょう」

「ご冗談もお上手ですわ」


 橋が戻ったのを確認し、粉引き所の屋舎の入り口まで行くと、男性の所員が現れ、タズを介添えして降ろし、キャブリオレを裏手に引いて行った。歯車やうすきしむ音がかなりうるさいのだが、所員達は慣れているのか平然としている。杖をつくタズに案内され、屋舎にはいると、ようやく静かになった。


「2階の執務室でサウリ様がお待ちになっていると思います、申し訳ありませんが階段を登って右手のドアからお入りください」

「タズさん、有難うございました」

「はい、ではまた午後、お待ちしております」


 重そうなドアをノックすると、ジーマがドアを開けて出迎えてくれた。サウリは書類にサインをし終えたところで顔を上げた。

「アケラ殿、ついたばかりでなんだが粉挽きを見に行かんか」

「あらあら、お忙しい……では、お二人が戻ってきたらお茶にいたしましょう」

 3人で執務室をでると、先をゆくサウリを追いかけるアケラの後で、ジーマが部屋に鍵をかけ、別の方向へ歩いていった。ジーマは既にお茶の支度を整えさせていたのだろうなとアケラは思ったが、こうと決めたサウリはもうどうにもならない。


 屋舎の横手から出ると、一番上の水車小屋があり、小口注文は上の水車でこなしているとサウリが大声で説明する。窓から覗くとタズが落ちてきた粉を取り込む作業をしていた。水車小屋の列の間の石造りの階段を降りながら、話を聞く。上側の水車は主に食物関連を扱い、麦等の穀物、中間は、古着を潰した紙の原料の生産や陶土の生産。最後の一番大きな水車小屋は鉱物を砕くそうで、主に鉄鉱石を扱っているそうだ。


 魔法でも出来なくはないが、水車のほうが量もこなせ、欠員や魔力欠乏を気にしたりせずに済むので「儲かっているぞ」とサウリが笑った。アケラはそのがどこに使われているのか、なんとはなしに想像でき、微笑み返した。サウリの笑いが、はにかんだような笑いに変わったような気がした。


 鉄鉱石を砕いている水車小屋に近づいた時、金属を叩くような大きな音に続いて、重い物が落ちる音と振動がし、小屋から男が飛び出してきた。


 男はサウリがいることに気づき、走り寄ってくる。

「サウリ様、ちょうど今報告に上がろうとしていたところです。一昨日報告していたピットホイールが割れました、騙し騙し使ってきましたが、今回は治せそうもない壊れ方です」

「うーむ、参ったな、エルッキが言うなら、その通りなのだろうな、一応見てみようか」


 サウリは音が消えた水車小屋に入ってゆく、アケラもついて行くと、床から半分顔を出した半径1.6m位ある鉄の歯車が目に入った。歯車を支えるアームと歯車をつなぐ根本の部分が全て折れてしまっている。


「あぁこれでは確かに無理だ、繋いだとしても力が加われば途端にそこから折れる」

「折れなかったとしても歪みが他の歯車を痛めましょう」

「となると春まで動かせなくなるな……仕方あるまい、代官に鍛冶屋を呼べと言ってくれ、あと、こちらで呼んでいいのならこちらでやるとな」


 エルッキは早足で屋舎に向かった。アケラは折れた歯車に近づき、断面を確かめる。ワースの冶金や金属加工技術を知らないので、言葉少なめで行こうと思ったが、鍛冶屋を見学出来るように頼む流れを作る程度には興味を見せると決めた。


 破断面を見ると鋳鉄だと分かったが、下側の見えにくいアームの断面に、白銑が混じって変色している部分があるのを見つけた。

 アケラは、忠助と雄藩が研究で密造していた鉄を使った鋳造砲に仕掛けをした時の事を思い出す。


 忠助は野鍛冶を幼い頃からやっていた為、刀鍛冶や鋳鉄に興味を持ち、江戸で道場に通う傍ら、口入れ屋からその手の下働きを周旋してもらい、炭割などを手伝いつつ、有能な刀鍛冶を見つけると、あの親しげな顔を見せ食い込んで行き、弟子の作刀では相槌を打たせてもらうまでになったと言っていた。


 その時の仕掛けは、使わてる卸し金の中に粉末にした石英を混ぜ地肌だけ卸し金に似せた物を紛れ込ませる方法だった、部分的に組成が白銑に近くなり、歪を生むそうだ。

「やりすぎると冷ましで割れがでる、それでは面白くなかろう」と忠助は悪い顔をしていた。実際に2回試射した所で割れが生じ、研究は棚上げとなったそうだ。テラと同じなのかは分からないが、あれが白銑だとしたら歯車が割れた原因かもしれない。


 アケラが何かを凝視しているのにサウリが気付き、横に並んで覗き込む。

「むっ、あれは白銑に見える、外からは見えない場所とは調べようがない。あれにアケラ殿は気づいたのか」

「いえ、ただ気になっただけです」

「ふむ……エルッキに触らぬように詳しく調べてもらおう、そろそろ冷静になっているはずだ」


サウリは屋舎に戻る間、髭をいじりながら深く沈思しているようで、普段の豪快さとは違う側面を見せていた。


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