第17話 共同管理農場

 屋舎に戻るとサウリは歯車の件で街に戻る事になり、ジーマと二人でお茶をバルコニーにて喫する。


「ヒューゴ様、せっかく来て頂きましたのに……主に代わって牧場のご案内は私がさせて頂きますわ」

「お気遣い有難う御座います、次の機会でも構いませんが」

「鶏の話を聞いた農民達が興味を持ったようで、誠に勝手なのですが楽しみにしている手前、またとは言い難い状況です」

「うまく行くとも限らないのですが……」

「凄腕の冒険者を見てみたいというのも半分な気もいたしますし、お気兼ねなく」


 ジーマ自らキャブリオレの手綱をとり、アケラを横に乗せ農場に向かう。粉挽き所の近くにアファリ家が旧来より管理する共同農場があり、農地の中心に農奴の子孫たちが暮らす集落がある。元農奴の彼らは自由市民の権利を得てからもアファリ家に留まり、小作をしてくれているという。


 今は、かぶと豆の収穫とライ麦の種まきが落ち着き、家畜を間引くまでのわずかな農閑期だそうだ。


 シエナでは、春に蕪や豆を植える畑、秋にライ麦をまく畑、休耕する畑と、1年毎に用途を換え3年サイクルの三圃式農業さんぽしきのうぎょうで、連作被害や土地が痩せすぎないように気を使うらしい。


 休耕している土地には、昼だけ家畜を放牧し、夜は曲輪に戻し魔獣から守る、そのため曲輪は高い壁で囲われている。街とは違い森が近く監視も行き届かないのでこうするより仕方がないのと、街に魔獣が到達する前の砦としての役割もあるようだ。


 なだらかな丘陵を超えると半径500mの石壁の丸い曲輪を中心に小さめの曲輪が付随しているのが見下ろせた。

 中心の曲輪は家屋と倉庫と野菜畑と果樹園、小さめの曲輪は厩舎が主で、餌となる木の実をつける木が植えられていると、ジーマが教えてくれた。


 曲輪の中心の小さな広場にキャブリオレを止める。広場には共同で使用する大きな石窯があり、パン職人が掃除をしていた。


 アケラはソウェから聞いていたことを思い出す。


 農奴が開放された際にパンに税金が掛かるのも廃止され、収穫から一定量を粉挽き所で製粉した際に税として収めるように簡略化された。アファリの差配している集落では税金を集めていたパン職人がそのまま職人としてとどまり、パンだけでなく石窯料理を担当し、薪炭の用意なども含め石窯を運用し維持管理を行っている。時に集落の暖炉の修繕や煙突の掃除もするそうだ。


「こんにちは、奥様」

「こんにちは、ニーロ、精が出ますね、ミッコは畑でしょうか?」

「厩舎の樫を剪定すると言っていました、そろそろ戻ってくると思いますが、声をかけてまいりましょう」

「そうしていただけると嬉しいわ、私たちはミッコの家で待っていましょう」


 広場に面した大きめの家が集落の長役であるミッコの家で、近づくと老婆が出迎えてくれた。居間で暫く過ごしていると、ミッコとその他大勢が押し寄せてきた。


「アファリの奥様、お越しいただきありがとうございます」

「いえ、手を止めさせてしまいましたね」

「お気遣い痛み入ります」

「まずはご紹介しましょう、こちらがサウリの話していたヒューゴ様です」

「ここの集落の長をさせていただいております、ミッコです」

「アケラ・ヒューゴと申します、お見知りおきを」

「冒険者と聞いておりましたが、気品のある方ですな、エルフと血の繋がりがあるとも言われるダナエ出身だからなんでしょう」

「今はどこも同じようなものです」

「旦那様が、とんでもなく強い冒険者で美丈夫なうえ賢いと仰っていましたが、なるほど確かに」

「ミッコ、ヒューゴ様が困っていますよ、あなたの自慢の農場を見ていただいてはいかがかしら」

「奥様、有難う御座います、言い出しにくくて困っておりました」

「私はこちらで待たせて頂きますわ、その方が話しやすいでしょう、ヒューゴ様、後ほど」


 ミッコ達に案内され外曲輪の厩舎に向かう、その途中に果樹園を通ったが、蘋果セイヨウリンゴが成っており、落ちた実を子豚が食べていた。アケラは蘋果が林檎と認識されたのを不思議に思った。林檎とは信州の高坂林檎のような実の小さな和林檎をさし、この実は西洋の蘋果であるべきなのだが……と思ったが蘭語なら双方ともアップルになるのか、ならばワースでもざっくりと、林檎でよかろうと割り切った。


 生食、焼き菓子、ジャム、林檎酒と様々な使われ方をしており、以前は冬の間の保存食として大量に植えられたが、食料事情が良くなった現在はかなり余っている。実を売るとしても、加工や運搬の手間を考えると、シエナの街で売る以外は利潤が出ない。一番有望な林檎酒は総量に対して酒税が掛かる上に、ミードやエールより酒精が弱く、人気がないそうだ。


 曲輪の石壁に辿り着くと、潜り抜けがあり、扉を開けると獣臭とアンモニアの強い匂いがした。アケラはあるものが取れるかもしれないと期待した。


「匂いますがこちらが羊の曲輪です、鶏を飼うとしたら、これくらい必要でしょうか」

「下調べの段階であれば、冬以外は果樹園に巣箱を用意しておけばいいと思います、冬は鶏の数次第ではないかと」

「常に曲輪を使わなくて済むのは助かります、冬は羊も減るので曲輪は空きます、ちょうどいいですね」

「上首尾にいけば良いのですけど保証はしかねますよ」

「アファリ様からもそのように念押しされております、ただ皆の総意として卵をたらふく食べたいという……」

「期待され方が……」

「まぁまぁ、ははは」

 ミッコは笑って誤魔化した。


 曲輪の厩舎は露天ではなく、郭の壁を利用し、壁沿いを縁取るように囲いがあり、石畳の床になっている。土の上だと匂いが染み付くだけでなく、病気になるので、傾斜をつけた石畳にし、尿が溜まらないようにしている。尿が流れる先には外に通じる隧道状の細い溝があり、曲輪の外に馬車をつけ堆肥小屋に運ぶそうだ。


 アケラは糞尿の匂いに構わず、隧道に入り、壁をなで、匂いを嗅ぐと、火薬の匂い……いわゆる塩硝の匂いがした。ワースでも火薬が作れる事が確認できた。ただこれだけでは砦を爆破するには足りない、7年はかかろうなと皮算用する。


「ヒューゴ様、どうかしましたか、突然こんな場所に……うわっと」


 ミッコが糞で足を滑らせ転びかけたが、アケラが手で支えたため転ばずに済んだ、しかし襟首に塩硝混じりの汚れがついてしまった。急いで外に出て新鮮な空気を吸う。

「済まないことをした、襟が汚れてしまった」

「いんや、農家の香水でさぁ」


 ミッコの言葉に素が出てきたのを見計らって。


「こんな香水ならいくらでも欲しいな、それと、これからはアケラと呼んでくれ」


 アケラが差し出した手をミッコが力強く握り笑みを浮かべる。


「しかし酷い匂いだべ、ブタハナオオコウモリの洞窟よりはましか」

「ほぅ、洞窟か」

「ええ、一度雨に振られて、逃げ込んだ洞窟が奴らの巣で、壁一面こいつがついてました」

「そうか、それは大変だったな、場所を教えてくれると嬉しい」

「オールドフォートのすぐ近くなので馬でいけます。北の森を1時間ほど馬で行ったところにありますよ。案内しましょうか」


アケラは硝石の採取は慎重に行動すると決めた。


「あぁすまない、手を煩わせたくないので自分だけで行くとしよう。で、鶏の話だったな」

「そうでしたな」

 ミッコが笑いながら大きな相槌を打った。




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