第22話 御料林差配と交渉
意識を失っているマンシッカを蹴り上げて起こす。
「おい、マンシッカ、反抗しても構わぬが、あのようにはなりたくはあるまい、山岳狼より強いというのなら別だが」
血を流して倒れているヤルマリを見てすくみ上ったマンシッカはアケラの言葉に首を上下させ頷いた。
「まずは、なぜ俺を捕まえようとした」
「……」
「言え」
小刀をマンシッカの尻に軽く突き立てる。
「ぎゃっっ」
「言え」
「さ、差配様が気になる点があるので調査してくれと言ったのだ」
「ほう、何が気になったのだ」
「分からない、ただ自分の落ち度が見破られたのではないかと思った」
「なるほど、で、お前が勝手にこのようなことをしたという事でいいのか」
「……」
「おいっ」
アケラの蹴りが脛に入る。
「は、はいっ申し訳ありません!」
マンシッカは鼻水と涙でグチャグチャになっている。
「ならば差配に直接話を聞かせてもらおう、案内しろ」
「そ、そういうわけには行きません」
「ならばお前は用済みだ、俺だけで行く、屋敷中探してやるから大騒ぎになるだろうな、どうなったとしてもお前はこの家には居られなくなる」
「ど、どうせよと」
「さっきから言っている通り、差配の元へ案内せよ、悪いようにはしないぞ、一応こいつも生かしておいてある」
ヤルマリを顎で指し示すとマンシッカはまじまじと確認している。
「お前が早く連れて行かないとこいつは死ぬかもしれない、早く回復してやりたいだろう、お前のかわいい部下だしな、ちがうか?」
マンシッカは全て諦めたような顔になり。
「……わかりました」
ポツリと呟く。先までの威勢は消え失せ、ただの初老の男になっていた。
屋敷の中を人目につかない様にマンシッカは移動し、屋敷中央の部屋の前に立つ。
「リュフタ差配、マンシッカです、山岳狼を狩った冒険者を連れてまいりました」
「はいれ」
扉の内側に控えていた従者が扉を開けると、身形の良い鼻の下の髭だけを横に伸ばした壮年の男が大きな机に座って書類に目を通していた。
「ん? マンシッカも、連れてきた冒険者もひどい顔をしているではないか、どうした」
「リュフタ差配、クーペが荷馬車を避けようとした際にキャビンの中を
「回復魔法を用意させよう、連れてきた冒険者はアケラ・ヒューゴ殿で良いのかな」
ドア近くの従者が2名近づき二人に回復魔法をかける。
「はい、御同行いただきました、リュフタ差配が気になさっていることを直接聞くのが一番良いと判断いたしました」
「うむ、いい判断だ、シエナ御料林差配アンテロ・リュフタと申す。ヒューゴ殿、御足労いただいて申し訳なかった、先ずは礼を言う、討伐ご苦労であった、街の者も皆感謝している」
「有り難きお言葉に感謝いたします」
「マンシッカが粗相をしたようだが、許してくれまいか、謝罪させていただく」
「リュフタ差配なにをっっ」
「マンシッカ、部下を教育しなおせ、ヒューゴ殿にその機会をわしが代わりに願ったのだ、それで良いかなヒューゴ殿」
「はい、主家思いが高じてしまったのでしょう、地下で待っているヤルマリにも回復をお願いいたします、また遺恨なきよう含めて頂きたく願います」
「だそうだ、マンシッカ、早く行ってこい」
「はっはいっ」
マンシッカは器用に後ろ向きに速足で下がりながら扉を出て行った。
従者は扉の近くに戻り、扉の横の定位置に立った。
「ヒューゴ殿、色々迷惑をかけてしまったようだ、この件については改めて穴埋めさせていただく」
「はい、有り難く頂戴いたします、後程具体的にお話させていただきます」
「そうしてくれると助かる」
「では、今回の件で差配様が気になった点をお聞かせ願えますでしょうか」
「気になった点は多々ある、山岳狼が5匹も街の近くにいたのはなぜか、そのうち一匹は異常体であるにもかかわらず一人の冒険者が始末してしまった点、子供を救助しただけでなく独自の薬を用いて救命した点……どれもが気にならないわけがない、だがそれだけではない……」
「私は山岳狼討伐についてはそれ以上の事を知りません」
「であればいいのだが……山岳狼がここに届けられたとき、山岳狼の死体から気になる匂いを嗅ぎ取った下働きがおり、直接わしに報告してきたのだ」
「匂いとはどのようなものでしょう」
「アドニシエナリニスの苦い匂い」
リュフタはアケラの表情を窺うように見ながら言った。
「アドニシエナリニスの採取、毒物の持ち出し、または使用を疑われたのですね」
「
「なるほど、ここからは交渉になりそうです」
「ふむ」
「私には救いたい人物が二人います、その二人に
「謀略であれば見逃すことは出来ない」
「多分そのような後ろは全く無いと考えております、謀略でないと差配様が判断された場合は助けていただけるという事でよいでしょうか」
「うむ」
「では、ある母思いの子の物語をさせていただきましょう」
アケラは微笑むと話をつづけた。
「ある街に母思いの男の子がいました。彼の母は病に伏せっておりました。その病を治すには特別な薬草を使った薬が必要だったのですが、貧しいため薬を買えません」
「母思いの子は、母の病を治すために薬を作ることを決意しました。しかし薬を作るには特別な薬草が必要です。その薬草は取ることを禁じられており、取った場合は死刑になってしまいます」
「母思いの子は、悪いことと知りながら、一人で森に入り薬草を採取しましたが、山岳狼に襲われてしまいました」
「母思いの子は、山岳狼から薬草の入った背嚢を守るために戦いましたが、山岳狼は5匹もいて、狩りの練習をするために噛みついては離れ噛みついては離れを繰り返しました」
「母思いの子は、何度噛みつかれても薬草の入った背嚢を放すことはしませんでした」
アケラは話しを止めてリュフタの目を見る。
リュフタは目を瞑り、しばらくしてアケラの代わりに物語の続きを語り始めた。
「そこへ冒険者が現れ、山岳狼を倒し、男の子を助けてくれました」
アケラは何も言わず先を待つ。
「全ての顛末を知った街の役人は、気づかぬふりをし、薬を作り男の子の母親に飲ませると、病が治りました、そして男の子に二度と同じことをしない様にと釘を刺しました……二人は無事救済されたのです」
「リュフタ様、有難うございます」
「民を思わぬ役人などおらぬ……そうありたいとわしは願っている」
「二人をお願いいたします」
今後の流れなどを含め話し合いが済んだころ、屋敷が騒々しくなった。ドアの前まで大股で歩く足音が響き、問答なくドアが引き開けられる。
「リュフタ殿、我が客人を引き受けに来た! もし用があるのなら6週間話してからにして貰おうか!」
サウリが大音声で口上を述べる。
アケラとリュフタは困ったように顔を見合わせている。
「アケラ大丈夫? 間に合った?」
サウリの後ろに隠れていたソウェが駆け寄ってくる。
「リュフタ様、戻ってよろしいでしょうか」
「後程、アファリ家に使いを出す」
飛び込んできたサウリが呆然としている。
「ソウェがよくない状況だというので乗り込んでみたが、然程でもない雰囲気ではないか」
「あぁサウリ、誤解なんだ、噂の冒険者に会ってみたかっただけなのだ」
「リュフタ差配、御無礼をいたしました!」
サウリが膝をついて
「こちらに非が多分にある、主が客人を心配するのは当たり前であろう、また近いうちに酌み交わそうではないか」
「はっ有り難きお言葉、感謝いたします、これソウェ……」
アケラの横で棒立ちになっているソウェの頭をサウリが抑える。
「二人とも控えよ」
サウリは自分の後方を指さす。
アケラとソウェは指示された位置まで下がり、片膝をついて並ぶ。
「娘御は一段とお綺麗になられたな、サウリも心配であろう」
「いやはや、年頃の娘の考えていることはわかりません、がしかし良い娘に育ちました」
「であるな」
リュフタはアケラとソウェを見て口角を上げる。
「お似合いではないか」
サウリにだけ聴こえるようにリュフタが呟いた。
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