第20話 対策会議と身柄拘束
アケラとファンニが御料林関係の法律や、今までの判例を渫ってゆく。
「ファンニさん、対抗手段を探すのではなく、相手が取りうる手段を探してゆきましょうか、先ず冒険者ギルド職員としての経験から分かる範疇で教えて貰えますか」
山岳狼についての記述はファンニが調べていたらしく、当該の部分を示してくれた。
新歴129年11月20日付発布 第四代ソメルヴオリ国王名で「山岳狼は討伐対象として認め、場所を問わず駆逐を許可するものとする」とあった。
当時の第二皇子が巡察使に同行してシエナ領を訪れた際に、皇子の強い要望で狩りを行ったが、運悪く山岳狼の群れに遭遇し落命した、それを悲しんだ王が山岳狼を討伐指定とし、被害に遭った巡察使一団の家族に災害補償を行ったようだ。
この事件の原因としては、森林での狩りに御料林差配の役人が重税をかけていたため、狩人や冒険者が他領へ去り、結果として魔獣の大量発生が起きていたのが主因で在あった。そのため大量発生を知りながら報告していなかったことが罪とされ、役人は絞首刑となったとある。
つまり山岳狼を御料林内で狩ることは違法にはならないので争点にはならない。
御料林差配としては、管理すべき森で討伐対象となっている山岳狼が街の直近で繁殖しているのに気づかなかったが、市民は救助され魔獣も駆除されたので賞罰の対象とはならずに済んだという事になる。
山岳狼を見逃していた点は、管理者としての存在意義が問われるかもしれないが、落ち度とは言えない。
ここまでは多分共通の認識として問題ないだろう。
あるとすれば、山岳狼の事後処理なのだろう、討伐対象とは言え御料林で弑された魔獣にも税金はかかる。
「税金については魔獣が冒険者ギルドに運ばれた時点で、冒険者ギルドが徴税することになります、ただし会員でない者が持ってきた場合は、冒険者ギルドの会員資格がないため正式には受け付けられません」
「正式とは? 正式ではない場合もあるのか?」
「はい、冒険者ギルド自身が買い取り、買い手に仲介するという事が恒常的に行われています。多い例では、私有地内で捕獲された魔獣を殺処分し回収する作業に冒険者を派遣し買い取るという庭先取引に使われます、今回は見つけた死骸の処理になります」
「今回は役人がギルドへの持ち込みを指示した意図が重要になるのですね」
「ええ、払い下げたのか、死骸の処理をギルドに委託したかの差が大きいです」
「ふむ、ギルドとしては、そもそも冒険者が討伐したのだから、払下げでも死骸の処理でもないと交渉したいがために、自分を冒険者登録させたという事ですか」
「はい」
「なぜギルドは自分をそこまで庇うのですか? アファリ家の客人だからでしょうか?」
「アファリ家はかなり大きい要因でしょうね、居酒屋の経営ほぼ丸投げですから、ギルド長のおばさんがアファリ家で働いておりますし」
「おや、どなたでしょう、もしかするとお会いしているかもしれません」
「ベガ様とおっしゃったかと」
「あぁ今朝、彼女にハーブティを淹れていただきました、ハーブのことを教えていただく約束もしましたよ」
「ベガさんは闇の地属性なのでハーブにはお詳しいでしょうね、冒険者時代には毒使いとして有名な術者でしたし」
「そつのない仕草はそのせいでしたか、次に会うときは気を付けましょう。毒の事も教えてもらいますよ、ふふふ」
「ただ、ギルド長が譲らない理由はそこではないでしょうね」
「それは何でしょう?」
「御料林差配の職分と冒険者ギルドの職分がかみ合わない事があるのです、御料林の内、薪炭などを取る為の森での狩りは奨励されており、その森では狩りに御料林差配の役人に許可を取る必要はありません。新歴129年の大量発生事件を受けてシエナ領内でのみ特例として認められています」
「逆をいえば、御料林差配が狩りの許可を出さなければ、その森以外では冒険者の仕事がなくなるという事か」
「はい、シエナ支部の魔獣狩りは、御料林内が八割以上を占めます」
「となるとギルドとしては頭が上がらない存在に矢を射ている状態という事でしょうか」
「御料林差配は冒険者ギルドが魔獣の駆除をしないと大量発生事件の二の舞になるので一方的な上下関係とも言えません」
「その関係を続けるためには、対等であることが前提でないといけないという事ですね」
「そうなりますね、御料林差配が今回の件で後から口を挟んでくる理由が見えないのが交渉を長引かせている原因です」
「交渉担当者はどういう人なのでしょう?」
「御料林差配の家令のようです、今回ギルドに持って行けと言った役人の上司に当たります」
「失地回復を狙った彼の独断の可能性もあるという事ですね……御料林差配に直接話を聞かないと抉れそうですね、ところでシエナでは御料林内で許可を取らないといけないのは狩り以外に何かありますか?」
「一般的な範疇になります、木を切ること、薬草を採取すること、鉱物があればそれらを採取することですね、薬草はシエナしかない特別なものでない限り見逃されます、程度にもよりますが」
「シエナの特別な薬草というのはどのようなものでしょう、後学のために教えていただけますか」
「幾つかあるのですが、シエナでしか手に入らない物の中では特にアドニシエナリニスは高価で取引されます、薬にもなる希少な植物ですが、毒としても使われます、そのため暗殺などで使われないように厳しく管理されています、採取した場合は最高刑で絞首刑となります」
「どのような特徴があるのです」
「春に黄色い花をつける背の低い草ですが、近づくだけで苦い匂いがするのでわかります」
「ベガさんに聞くと良さそうな草ですね……苦い匂いね」
アケラは少し思案する様子を見せる。
「……御料林差配に会って話をする必要がある気がします、まずは紅茶でも飲みましょうか、林檎蜜はおいしいですよ」
紅茶を飲み始めて30分ほどして、ギルド長と役人の交渉が決裂を迎えたようで、外から慌ただしく歩くが聞こえてくる。
アケラは扉を開けてロビーに出ると、ペトラが気付いた。
「お忙しいところ申し訳ございません。アケラ・ヒューゴと申します、自分の行為によってお手を煩わせていると聞きし、お伺いいたした所存です」
ギルド長は顔を
「今は居ないと言っておられましたが、これはどういうことで?」
「居ないといったのは2時間以上前ですよ」
「ほう、では今からこちらで預からせてもらうには異は無いという事でよいかな」
「それはどういう待遇でですかな? 彼には罪は無いことは明らかです」
「では御料林差配のお召しという事だ、連れて行く」
「重ねてそれなりの待遇を求めます、そうでない場合はこちらも対応せざるを得なくなります」
「それは脅しか」
「いえ、一般的な会話の範疇かと」
「ならばよい、客人とはいかぬが、見聞改めとして召致しよう」
冒険者ギルドの前に止まっていたクーペにアケラ達が乗り込むと、背の高い従者がアケラの刀を取り上げ、背嚢を検め、両手を後ろ手にし縛った、アケラはそれらを無抵抗で受け入れた。
クーペは街の中心部に向かって走りだし、旧城近くの屋敷に滑り込んだ。
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