第19話 シエナ冒険者ギルド
ソウェの学校の門前に着くと、門の横にある待合室からソウェが出てきた。アケラは素早く降り、従者の外套を羽織ると、踏み板をおろして待つ。朝より多い生徒たちが遠目にこちらを窺っていたが、そしらぬ顔をして従者席に乗り込むとキャブリオレが走り出した。
「今日はずっとアケラ様の事ばかり聞かれて困りました、話をした事がない人まで来ました、はぁ……」
「お嬢様、お疲れ様でした。彼らがヒューゴ様の事を知ったら、もっとまとわりつかれそうですよ」
「タズはアケラ様と何か話したの?」
「えぇ色々と」
「ずるい」
「今からは、お嬢様が独占しますでしょ」
従者席から他愛ない会話を聞きつつ、5分ほどすると冒険者ギルドの建物が見えてきた。
ワースのギルドは基本的に一つの国ごとに独立しているが、他国の同じ職種のギルドに所属する見習いを徒弟として受け入れる制度がある。ギルドの支部は領主が収める地域の主だった街に存在している。ギルドは賦役の義務を果たし、納付金を領主に収める代わりに、会員の権利を守り、領主と交渉する権利を持つ。
冒険者ギルドは流人にも開放されている数少ないギルドで、他のギルドの領分を侵さない限り、様々な依頼を受け付ける。また、宿屋や居酒屋と同じく、冒険者ギルドを訪れる冒険者に不審な人物がいないか、民衆蜂起の扇動等といった行為がないかを監視し、報告する義務もあった。その為に、冒険者ギルドは食堂を兼ねた居酒屋を経営する許可が下りている。シエナの街で居酒屋を経営できるのは粉挽き所を管理しているアファリ家と宿屋と冒険者ギルドだけである。
冒険者ギルドの前にひと目で手がかかっていると分かるクーペが止まっており、従者が2名、ギルドの玄関を見張るように立っている。その脇を抜け、アケラとソウェがギルドに入ると、想像以上に広いロビーがあった。受付カウンターに向かい歩き始めると、ロビー脇の居酒屋に
アケラの脳裏に
「アファリのお嬢様、お久しぶりです」
居酒屋の奥から若い男が出てきた。
「本日、いらっしゃると聞いてお待ちしていました」
「あら、アルド、久しぶり。今はこっちに居たのね」
「おかげさまで親方です」
冒険者ギルドの居酒屋はギルドの運営だが、居酒屋の実業部分はアファリ家の居酒屋が
「こちらの方が今話題のヒューゴ様ですね、サインすれば会員登録されるようにしてありますので、受付にどうぞ」
アケラ達はアルドに連れられて受付に行くと、カウンターには誰もいなかった。
アルドは呼び鈴を連打しながら奥に声をかける。
「おーい、ペトラ、暇だからってさぼってんじゃねーぞ、客だ客!」
応えがない。
「なんだ便所か? 早くしてくれ、急いでるんだ」
「うっせーぞ! 居酒屋ぁぁぁ! テメぇぇんとこのベーコンみたいにカリッカリッにしてやんぞ!」
ドスの利いた女性の声が奥からすると同時に、扉が蹴破られたかのような音を立てて開き、20代くらいの細身の女性が現れた。
「こっちは昨日の獲物の分捕り合戦に巻き込まれて、おちおち便所にもはいってられねーんだぞ……っと、あらやだ、アファリのお嬢様、こちらにお掛けになってくださいませ……」
急いで駆けつけ、カウンターの前の席を勧める。
「じゃぁあとは任せた。お嬢様、アファリ様によろしくお伝え願います」
「アルドっっ帰り道で火の雨とかに降られないようにお気をあそばせ……おほほほ」
居酒屋に向かっていたアルドは、背を向けたまま火属性防御魔法を一瞬掛けて、顔だけ横に振り向き口角を上げた。
「こんにちは、ペトラさんでよろしいのですね……こちらはアケラ・ヒューゴ様です、登録に参りました」
「ん? えっ」
「えっ」
「……もしかして山岳狼の人? えっ? 違った?」
「はい、多分、山岳狼の人? で正解です」
ペトラの表情がすっと変わって、契約書の書かれた羊皮紙をさっと出すと、文末を指さし、小声でささやく。
「ここにサインして! 早く!」
「契約内容とか規則の説明とかは……」
ソウェが反問する。
「いいから! 早く!」
アケラは勢いに押された様に署名する、文面は出された瞬間に確認してあるので問題なかった。
「よしっ、これで戦えるわ! あっ丁度よかったファンニ、お二人をあっちの応接間に通して、お相手差し上げて、規則とか説明まだだから、じゃっ!」
ペトラは一気に
「えぇとですね……あ、ではこちらにどうぞ」
ファンニと呼ばれた、少しおっとりとした印象のある若い女性の案内で応接間に入る。
「取り込んでおりまして、申し訳ありません、ファンニと申します」
「アケラ・ヒューゴです、お見知りおきを」
「えっ? もしかして山岳狼? えっ? 」
ペトラと同じく目を泳がせ、ギルド長室の方角を見やる。
「あのぉ、さっきから気になっていたのですけど、何かありまして?」
「はぁ何かというレベルではない何かがありまして……昨夜、ヒューゴさんの狩った山岳狼を一般の方がギルドに運び込んだのです。御料林差配へ検分に持っていったら冒険者ギルドにくれてやれと言われたそうです、夜遅かったので面倒くさかったんでしょうね。で、朝になって御料林差配の役人が山岳狼の噂を聞き、昨夜検分に持ってきたのがそれだと気づいたようなんです」
国の森林は王が所有権を持っているため、王家家令の直属部下にあたる御料林長官が森林を管理する。領主が荘園管理する領内であった場合は御料林差配が派遣され、領主が選任した番人を配下に使い管理監督する。森にかかわる税金は御料林差配の指示を受け領主が徴収を代行し、王家に納金するという二重支配構造になっている。
「で、今頃になってギルドに取り返しに来たと」
ソウェが怒ったように口を挟む。
「えぇでも面倒くさかったからとは言えないので、難癖をつけてきています」
アケラは江戸の役所を思い出していた、どこも同じだと何度目か忘れた確証をもった。
「今は、ヒューゴ様の身分について突いてきているのです、ペトラが署名を急がせたのはそのせいです、元々はギルド会員が狩った物だと言い張っているので、証明する必要がありました。今朝早くアファリ様からの伝言を聞いて用意しておいたのが功を奏しました、ただまだ一つ押しが弱い気がします」
「山岳狼を渡せば済む話……にはなりませんよね」
「えぇ、向こうは法を犯したと言ってきているので、単純には行きません、渡しただけ損ですし、こちらの
アケラは暫く黙って聞いていたが、背嚢を改めだす。
「ファンニさん、これくらいの大きさの箱があったら貸してもらえますか」
「はい、大丈夫ですけど……持ってきますね」
ファンニが外へ出ていく。
「アケラ、どうしたの」
「うむ、もしもの時のことを考えて、奪われるとまずいものを隠そうと思う、ソウェに持ち帰って貰いたい、今のところ信用を置けるのは、ソウェとアファリの人達だけだからな、場合によっては支配が及ばない小教区か保護区に一時的に身を隠す」
「そんな……」
「今逃げることも考えたがダリウス砦の破壊が遠ざかる、まぁ一人であれば、どうにかなろう、最終最後、手が無くなったら差配と配下を……というのは避けたい、本当に危険なら緊急避難の転移もあろう」
ファンニが箱を持って戻ってきた。
「これで大丈夫ですか」
「うむ、問題ない」
アケラは箱に背嚢の中の荷を詰め込む。
「ソウェこれをもって家に行き、サウリ様の判断を仰いでほしい、こちらの法では自分を守れるのは家を借りている、父上だけだろう」
「守る……家……
ソウェは勢い良く席を立つと扉に向かった。扉の前で一瞬逡巡し、振り返って笑顔を見せる。
アケラは風呂敷を思い出し、ソウェに近づいて箱に入れつつ、風呂敷の中から木製の容器を取り出し、ソウェに開けて見せる。
「林檎で蜜を作った、紅茶に入れると美味しいみたいだ、同じものをジーマ様にも上げたので家についたら飲んでみてほしい、売れるかもしれないから」
アケラは微笑むとソウェのために扉を開け、背を軽く押すとソウェは反抗するように顔だけ振り向いた。
「アケラ、絶対大丈夫、何があっても私が助けるから」
「あぁ頼むぞ」
アケラはソウェの髪が振り向いた勢いで口にかかってしまっているのを見つけ、そっと髪を解くように外した。
ソウェは驚いた顔を見せた後、思ったより顔が近づいていることに気づき顔を赤らめる。
「……絶対だからね!」
一言だけ言い置いてソウェが小走りで去っていった。
アケラは椅子に座るとファンニが涙目になっているのが目に入る。
「まるで引き裂かれる恋人みたいでした、私、涙腺が弱いんです」
「お茶を入れてくれたら、林檎の蜜をいれて飲みましょうか、箱のお礼です、向こうも、もう少し掛かるでしょうし」
「あい」
ファンニがハンカチを探して服のポケットを叩いている。
アケラは懐紙を差し出た。
「ありがとうございます」
「よければ、法律関係の本を貸して頂けますか、一応確認しておこうかと思います」
「えぇあります、一番豪華なの持ってきちゃいます」
「豪華でも良いのですが出来れば一番新しい物をお願いします」
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