第24話 光と闇
夕餉の後、御料林差配での顛末を語り終わった後に共同農場での話をジーマが話すのをサウリが楽しそうに聞いていた。
林檎蜜は今年作れるだけ作ってみて、売れるようなら毎年作ろうという話になったようだ。
「林檎蜜だが、
「まぁ旦那様素敵ですこと、欲を申せば、出荷前に再び林檎蜜を加えた物も作れませんか? 林檎酒に果汁を足したものを飲んだことがありますけど味気なかったのですが、林檎蜜なら味わいが深くなりそうですわ」
「おぉジーマ、それは良いな。うちの居酒屋に2種類作って卸して見ようか」
「林檎酒なので酒造許可は新たに申請せずに済みます?」
「うむ。酒税もそのままで行けるだろう」
アケラは二人が満面に笑みを浮かべて会話にのめり込んでいるのを横目に、金になる話をする時は皆悪い顔になるのだなと思った。
「ヒューゴ殿、明日こそはわしが農場を案内しよう。ではまた明日」
サウリは解散を宣言したので、皆寝室に去っていった。
アケラは寝室に戻ると、忍び装束を身にまとった。リュフタから、ラニの採取したアドニシエナリニスを密かに回収し届けることを請け負っており、今夜中に全てを済ませてしまう事にした。
「隠密行動を試すにはもってこいではあるが、寒い地方だけあって忍び込む隙がないのには閉口する。石や丸太を削るわけにも行かぬしな。錠前はどうにかなろうが……この屋敷から抜け出すとするか、色々知れよう」
屋敷の裏手の階段を上り詰めると、錠前の付いた板戸があった。南蛮式の錠前と同じ構造で問題無く解錠でき、屋根裏に忍び込めた。
屋根裏は物置きになっており、長柄やら様々なものが積まれている。天井は漆喰で塗られており、屋根板に直接塗られているのだろうと想像できた。これでは屋根瓦を外して侵入するという手は使えない。明り取りの窓を使うしかないだろう。
屋根裏の構造から見ても、ワースの建築方式は南蛮の物と酷似しているのが分かる。また建築だけでなく治世制度や法律等も同様である。これは偶然似てしまったと考えるより、己のような転移者もしくは転生者がもたらした物だと考える方がより自然であろうと推し量る。
となれば己が事を成すことによって影響を与えることも可能で、規定違反ではないともいえよう。硝石と硫黄が手に入れられることが分かったので、まず火薬を作るところから始めてみようか……。
足音を忍ばせながら一番奥の窓へ向かう、誰からの居室より遠いので都合が良さそうだった。
「……」
幾つかある長柄の山を通り抜けた所でアケラは立ち止まり、積み重ねられた荷物で袋小路になっている暗がりを注視する。
窓から差し込んだ月明かりの反射が僅かにあるだけなので、詳しくは見えないが、何かがそこに存在しているのが気取れた。
暗闇が徐々に形を変え人の形に近づいてゆく、背丈は6歳くらいの子供に見える。外形が完全に人の子になり、内部が透けている状態になった。アケラは片足を後ろに引き半身になりながら苦無を握る。
『あなたはあの子を守れるの』
突然脳内に声が響き渡る。
「……」
『わたしはあなたが考えている存在とは違うもの。あの子を私はずっと守ってきたわ』
『ソウェの事か』
アケラは相手が自分の考えていることを読み取れるのでは無いかと気付き、口に出さず疑問を想像してみた。
『そう。母親のお腹の中であの子が目覚めた時からずっと守り続けた』
『もし、拙がソウェを守れるとすればなんとする』
『私は二人と一緒に戦える』
『どのように』
『あなたに力を与える』
『それは、どのような力か』
『あの子を封印している力』
『封印の力を得てなんとなる』
『封印は能力の相殺で成り立っている。つまりあの子の本来の力と逆の力』
『ソウェの本来の力とは』
『光、曇りのない真っすぐ透き通った光の力。この世界で未だかつて誰も見たことがない膨大な力』
『そなたの力は闇という事か』
『えぇ。あの子の中で存在を掛けて相克しあい、研ぎ澄まされた闇の力』
『……その力を与えるというのか……そなたは依り代を必要とするのだな』
『そう。私自身は今、あの子の中にいる』
『どのような力なのかは知らせてくれるか』
『全ての闇に通じる力』
『隠形のようなことか』
『それもできる』
『与えた場合、おぬしはどうなるのだ』
『私自身はあの子の中で眠る』
『眠るという事は起きることもできよう』
『えぇ。力は私そのもの』
『つまり、ソウェの中にいるか、拙に宿るかを、そなたが選べるという事じゃな』
『そう、私が選ぶ』
『見込み違いとなれば、力を失うという事であろうな』
『ふふふ』
『こやつ機嫌は良さそうじゃ……おっと失敬』
『機嫌は悪くない』
『さて、急がねばならぬ用事があるのだ』
『分かっている。手を貸すためにこうして出てきた』
『なるほど先刻より承知か』
『えぇ』
『長い付き合いになりそうであるな……済まぬが、名を教えてくれぬか』
『名はない。力を与えるものに名をもらう。私を何と呼ぶ』
アケラは彼女の名前を知っていた。
『ロウェ』
その瞬間に黒い影が霧のように形が崩れ、アケラの体に纏いつき、吸い込まれてゆく。
目に映るすべての闇を吸い込むような錯覚を覚え、アケラの体が揺らめく、だが倒れることすら許されない勢いで闇が殺到してくる。
アケラは全能感に浸る。全てがありのままの光を放っていると感じる。すべての物が光で象られ、その中をすり抜けられるのではないかとも思えた。
光が明滅を始め、砕け散り、別の形を成す。うねる波となり、風となり、次々とすり抜けては叩きつけ、奔流の中に投げ込まれたかのような、五感を根こそぎ持っていかれる刺激が連続して続く。耳の中でざわっざわっと血が流れる音が自分自身がまだ存在していることを知らせてくれる。
『私の闇はあなたと結びつくことで、新しい形の力を得る。それは私もわからないこと。あぁこれが私の力、私の……抑えつけてみせる、抑えつけてみせよぉぉあぁぁぁぁうぅるる』
『ロウェ、気をしっかり持つのだ。抑えるのではないか? 流されてはいかぬ』
アケラも極彩色に彩られた世界の中に放り込まれ、明滅する様々な形をした生き物のような
『おぉぉぉうぅぅぅえぇぇぇ』
『ロウェ!』
襲い来る高揚感にアケラは震え、笑う、そして抗う。大きな波に叩きつけられ、アケラは光の粒になり拡散し、再び収束すると闇色の蛟の形になり図柄の海を泳ぎ、先を行く闇色の蛟を追いかけ絡みつき、牙を立てる。
お互い牙を立て二つの蛟が絡んで落ちて行きながら光の粒となり散ってゆく。
再び光の粒が集まり、闇の鳥の形が出来上がると足を互いに掴み回転しながら落ちてまた散る。
何者かが笑っている。何者かが叫んでいる。何者かが怒っている。何者かが泣いている。何者かが愉悦に浸っている。
戦太鼓が耳元で激しく打ち鳴らされる。もっと噛みつけ、もっと爪を立てろ、もっと殺せ。もっと愛せ。
『あががががががひゅううぅぅうる』
『ぬぅぅおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ! ロウェ!』
一つの蛟が首を差し出し、一つの蛟が牙を立て噛みちぎり飲み込む。
飲み込んだ瞬間に蛟は裏返り、全てを包み込み消え失せる。遠雷のような響きが遠ざかってゆく。
遠雷は光竜の鳴き声だ。ソウェが出会った竜だとアケラは何とはなしに思っている自分に気づく。
全ての図柄は消え去り、ロウェと名付けた少女の影も消え去り、自分の中に何かが生まれたのに気づく。
足元の床を月が照らしていた。
「ロウェでは行こうか」
アケラは闇の中に溶けて消えていった。
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