第31話 ソウェの晴れ着

「ヒューゴ殿とアールヴが一緒なら何も問題はありません」


アファリ家に戻り、夜の家族会議でソウェの探索行への同行がジーマの一言で決定した。

サウリはそれどころではないと言った表情でぐったりしており、考えが回らないようだった。こめかみを抑えながら、片手で好きにしろと言った手振りをする。


ソウェは安心したような表情を一瞬浮かべ、アケラを横目で見る。


「ご高配ありがとうございます」


アケラは微笑み、ジーマに向かい礼を言う。

ソウェは顔を引き締め小さく相槌を打つ。


「となったら、ソウェの明日の支度をしないと。ベガ、用意していたアレを頼めますか」

「はい、奥様」


ジーマはソウェに向き直る。


「ソウェ、今月は精霊祭りです。貴方も18歳。成人の祝いとなります。私達が用意した贈り物が気に入ってくれるといいんですが」


「お嬢様、こちらへ」

ソウェはベガの後について部屋を出ていった。


サウリはソファで寝息をたてだした。アケラはジーマに水属性魔法について思いついたことなどを聞いていると、居間リビングのドアに人が近づいてくる気配がした。


「着替え終わったようね。きっとあの子に似合うと思いますの。ヒューゴ様も褒めてあげてくださいね」


ベガがドアを開け扉の横にかしづくと、後ろからソウェが入ってきた。

白く長い外套、白いブーツ、白いグローブという全身白づくめのド派手な出で立ちにアケラの眉根がピクリと上がった。

ソウェは様々な感情がい交ぜになった表情をしている。

「お、お母様、有難うございます……で、でもこれは……」


「あら。とても似合っているわ。こちらに来てよく見せて」

「は、はい……」

頬を赤らめたソウェはジーマに近づく最中にアケラに向け目配せで何かを訴えていた。アケラは微笑み返すだけにした。


「やはり貴方には白が似合うわ。まるで精霊みたい。ヒューゴ様もそう思うでしょ」

「はい。まるで、シエナの山々に雪が掛かったかのようで、言葉もありません」

ジーマは満更でもないといった表情でアケラを見た後、ベガに目配せをする。

「お嬢様、お召し物を」

ベガが外套に手を掛ける。ソウェは二の腕を抱えて嫌がる素振りを見せたが、二人のメイドが近寄って来た所で諦めた。

ベガが外套をさっと引き剥がす。アケラはその瞬間でソウェの目配せの意味を悟った。そして表情を変えぬよう気力で耐えた。


ブーツとグローブは長かったが、それ以外はこれでもかと言うくらい短く、胸当てとスカート以外は錦糸混じりの透けた生地で作られていた。背中は臀部以外完全に透けている。

「母上、なぜ私が上級魔道士仕様の装備なのですかっっっっ!」

ジーマはいつになく目を輝かせながらソウェを見つめていたが、すっと目を半眼に細める。

「親の欲目では無く、貴方は美しいの。美しいものをより美しくするのは人のさがでしょう? ねぇ、ヒューゴ様。何か仰って下さらない」

ジーマはハッキリと自分の趣味ですと言い切った上で、アケラに振ってきた。


「素晴らしいお仕立てにございます。ソウェ様の透き通るような雰囲気を良く表しておられます。どのような意匠が凝らされているのでしょう」

「グルーニエンスの皮を白鞣しろなめしにし魔素を通す錦糸きんしで刺繍を加えチャントの効果を付与、カエロシトリスの糸と錦糸で魔素を最大限取り込めるように通気性を上げつつチャント効果で防御と温度調整を行う。ほぼ魔道具揃え。盛れるだけ盛って、ちょっとした魔獣なら寄せ付けない代物にしてみましたの、ほほほ」


「お母様、盛りすぎです。私は魔素を吸収しなくて問題ありませんし……」

ソウェがジーマを上目遣いで見た後、目を伏せる。


「でも、有難う……ママ」

ソウェは自分の言葉で涙が溢れそうになった。それを隠すようにくるっと回って見せた。

「もういいかな? 着替えてくる!」

ベガから外套を奪うと、後ろ歩きでドアの向こうに消えた。ベガとメイドは手伝うためにお辞儀をし、ドアを閉め去っていった。


ドアの閉まる音を聞いた後、ジーマは顔を手で覆った。先までの上機嫌さがまるで嘘のようだった。綺麗な細い顎の先に光るものが見えた。


「……ソウェ、ソウェ……ごめんなさい……あなたに悲しみを背負わせてしまってごめんなさい……ママはあなたが産まれてきてくれて本当にうれしかった……今もこうしてそばにいてくれるだけで心が温かくなる……貴方が生きてこの世界にいると思うだけで私のすべてが満たされる……あぁ愛してるわソウェ……私の小さなソウェ……ママを許して……」


アケラは時を置いてから、つと立ち上がり懐紙を取り出すと、ジーマに片膝をつきながら、そっと差し出す。

「ジーマ様、差し出がましいとは思いますが、ソウェ様は、誰よりも強く賢く、人の痛みを知る優しさを持った女性に育っております。彼女の真価を世界はいずれ知ることになりましょう。私はこの世界と同じだけの価値が彼女にあると思っております」


「……えぇそう……私は、ソウェをこの世が拒むなら、この世を新たに作り変えてみせようと、ずっと気張ってまいりました……ヒューゴ様……私共の手が届かないときはソウェを導いてあげて欲しいのです。ただ一人の母としてお頼みいたします」


アケラは暫し考えに落ちる。自分はいずれこの世界から去っていく者。ソウェを見続けることは叶うまい。あの困ったような笑い顔も、はにかみながら怒った顔も、自分を気遣う心配した顔も、全て記憶の中に置き去りにして去ってゆくのだ。


それがお庭の者として生まれてきた自分ではないか。


そもそも、おまえに価値などない、命を受け、命を熟し、いずれ下手を踏み、殺されるだけの道具なのだ。何を悩むことがあるのか、心の中で何かが怒ったように叫んでいる。


懐かしい顔が思い浮かぶ。忠助は今何をしている。茂晴様は悲しんでいまいか。シマは勝手口に自分が現れないものかと首を長くして待っているのではないか。


俺は何を悩んでいるんだろう。何を考えているのだろう。そして何を考えていたのだろう。


『なぁ新之助、可惜身命あたらしんみょうと驕るのも良いではないか、それも若さであり、人の在り方ではないかな……』

何者かが心の中で呟いた。思考が弾け、ロウェと見た光の図形の海が覗けた気がした。


「心がままに……」

アケラがぽつりと呟く。


「この身が朽ちようとも守り続けて見せましょう」


金打きんちょうした後、微笑もうとするアケラの頬が小さく震えていた。


サウリが薄く目を開け、また閉じた。

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