第44話
鎚打ち機の修復は、存外難しいものではなかった。それは無闇に大量に詰め込まれていた工具の数々のおかげでもあっただろう。それらによって理解しがたい構造をした、珍妙極まりない、百年ほどは時代を先取りしていそうな複雑怪奇な機械部品の修復に対応することができた。
そして無事に鎚打ち機が再び機能するようになると、サヤは喜んでそれを使い始めたのである。怪我の具合は心配だったものの、彼女は笑って、腕を添えてるだけだからと言ってきた。
いずれにせよ、リヴィッドはそうした修復作業の最中、さらにサヤが今度こそ、改めて剣を作り始めた後も、自分の有らん限りの記憶を振り絞って、自分の出会ってきた人々についての話をし続けた。
それがサヤの望みであり、彼女も巨大な鎚を――例え必要がなくとも自分の腕を添えさせながら――振るう間、熱心に聞き入っていたのである。
そうしながら、滑稽な話には笑い、深刻な話には表情を沈ませ、荒々しい話の時には、なぜか彼女の方が勇ましそうな顔で鼻息を荒くしたりもしていた。サヤの方から話に出てきた人物の詳細を求めたたり、ひとりひとりに対する感想を返してきたほどである。
また時にはそれらに感化されたように、サヤが自分の記憶にある人物との共通点を仄めかすことを口走ることがあったが……その時には必ず、その共通点がどれほど滑稽であろうと、深刻であろうと、荒々しくあろうと涙が溢れ出し、しばらく止めることができなくなった。
熱した鋭い鉄の塊が、それをいくらか蒸発させるのを、リヴィッドは何度か見守った。
しかしそれでも、サヤは明確な休憩を挟むことはしなかった。必死に涙を堪えるか、あるいは鉄の上に零れ、冷やされることのないようにと何度も拭いながら、鎚を振るったのである。
また休憩ではないにせよ、時折リヴィッドが横からサヤの口に、フレデリカから渡された食べ物を放り込んだりすることもあった。
その時にふと、サヤは普段何を食べているのか、そもそも彼女は何かを食べるのだろうかと疑問を抱いたが……一つ一つ飲み下すたび、少女は頬を緩ませた掠れ声で、美味しいと呟いた。
そうしてまた話の続きをねだられ、リヴィッドは自分の記憶を彼女に分け与えていった。
鉄が形になってくる頃には、リヴィッドも鎚打ちに加わるようになった。自分のような素人が手伝って悪化しないかという不安だったが、サヤはお礼を言いながら望んでくれた。
(人を守る、剣――)
鉄を打つ赤い音が次々と、森の中に木霊する。それを聞きながら、リヴィッドはふと、改めて奇妙な心地を抱いた。
あるいは整理しがたい感情とでもいうべきだろうか。出会った人々の記憶を呼び起こしていく中で、今、ここに至るまでの経緯をも思い返し、そうしたものが湧いてきたのだ。
純真無垢な少女に対する劣等感は消えていないし、何も全てを悟りきって、自分が今まで出会った悪辣な人々を許せるようになったわけでもない。
両親は憎いし、商家の主人も憎い。そこを襲った盗賊も、それを手引きしたのがリヴィッドだと噂した者も――これは誰なのかわからないが――憎くないはずがなかった。ルルナからはネックレスを奪い返すつもりだし、チーニャはどうせ幸福な家庭を作れないと考えてしまうことがある。チャネルベースを離れた後、スレインによる被害を然るべき場所に届けるのは、自分が強く要求する必要もないだろうが。
しかし同時に、その悪辣さの裏に隠れている一面に想像を巡らすことがあったし、サヤに対する劣等感も、憤懣を抱くものではなくなっていた。複雑怪奇な憤りは、今は複雑怪奇な雅量に変わっていたのである。
「でき、た……!」
そうした思いを巡らせているうちに――剣は完成した。
サヤがそれを掲げてみせる。赤い森の中にあって、それは美しい銀色に見えた。柄も鍔もない剥き身の刃だが、大樹に刺さっていたものとは全く違い、鋭さを感じることはなかった。
「上手くいった、のか? 出来栄えは……考えてる場合じゃねえか」
剣が無事に完成したことに安堵し、達成感を抱くが、リヴィッドはすぐにかぶりを振ってそれを払い除けた。ここで満足している場合ではないのだ。
隔絶された真っ赤な世界で、どれほどの時間が経ったのかはわからない。森の外がどうなっているかもわからない。今この時にも、隊がおぞましい赤い樹木に襲われているかもしれなかった。
サヤもきっと、そうした危機的な切迫感をわかっていたことだろう。すぐに頷くと機械から腕を引き抜き、剣を抱えて森の奥へと目を向けた。
赤い、どこまでも赤い森の中。その奥にあるはずの大樹では、今も怨嗟の刃が猛威を揮い、何もかもをも切り裂こうとしているはずである。
リヴィッドは少女と一度視線を交えてから、そこへ向かって駆け出した。
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