第19話
「こ、こは……ゼホリォの、村……わた、しは……剣を作、って、る……」
かなりゆっくりと、まるで発声方法を必死に思い出そうとしているようにたどたどしく、か細い声で、彼女は懸命にそう伝えてきた。
火の点いた巨大な炉の前で向かい合って腰を下ろし、リヴィッドはそれを聞いていた。
ゼホリォの村。そこは元々、一本の大樹を守り神として崇めるような、少数の原住民が暮らす村としてはありふれたものだった。
今では、赤い森の発生地として知られる村だ。ここがその跡地らしい。まさしく廃墟の村といった風景であり、機能しているのは炉と、足元にある石床だけだろう――ただしサヤは決して跡地などとは呼ばず、今もここが村であるような口振りだったが。
サヤが言うには――いや、彼女の話は、いまひとつ要領を得ないものだった。というのも、彼女は話をするのが異様に下手くそだったのだ。おかげでリヴィッドが最も気にする内容ではなく、どうでもいいと思えるような、彼女の尊敬する祖父の話が長く続いた。
彼女は、腕のいい鍛冶屋であった祖父を強く敬愛し、将来は祖父の手伝いをすることを目標にしていたほどらしい。
一方でその、サヤが『お祖父ちゃん』と呼ぶだけの名もわからぬ鍛冶屋は、そんな孫娘のささやかな願いとは違う、リヴィッドにしてみれば途方もない、そして馬鹿馬鹿しい目標を持っていた――
”全ての人々を守ることができる剣”などというものを作り出そうとしていたのだ。
ましてそれを実現させるため、鍛冶屋が目指した究極的な手段は、しかし近付くもの全てを切り裂く刃だったというのだから、馬鹿げていると思わざるを得なかった。
曰く、それは扱うことができず、戦いに持ち出すことができず、その地に近付くことすらできず、一切の争いを生まない。もしもそれが世界中に存在すれば。
「そんな世界だったら、人だって住めねえじゃねえか」
口を挟むと、サヤは可笑しそうに頬を綻ばせた。
「私、も……同じこ、と、言った……そ、したら……お祖父ちゃんも、頷い、たの」
斬ることで守れるものなどないだろう――そう言って寂しそうに、笑ったらしい。
それでも鍛冶屋は、鍛冶をやめることもしなかった。理解しながら、それでもなんらかの希望を持ち、理想を求め続けていたのだろうか――
しかしサヤはそこで不意に話題を変えて、そんな祖父の使っていた物だと、自分の傍らにある巨大な鎚を示してきた。
祖父が作り出したもので、他の鎚と叩き合いをすれば一方的に凹ませられるほどだという。もちろん果てしなく重く、細身であるサヤには到底扱える代物ではなかったが――
「これ……私、が……作った」
そう言って見せびらかしてきたのは鉄製の、地面から生える支柱の付いた、手甲のようなものだった。手から肩辺りまでを覆う形状で、独自の拳を持っており、件の巨大な鎚が握られている。
サヤはその手甲に腕をはめこむと、足元にあるレバーらしきものを操作してみせた。すると手甲がサヤの腕ごと持ちあがり、がつんっと叩き落とされる。
「自動……鎚、打ち機……」
声こそ掠れ掠れだが、彼女は得意満面の様子だった。これを発明したことで、腕を添えるだけで、握力も腕力も必要なく、祖父の鎚が振るえるようになったのだという。
彼女はさらに可動原理を説明してくれ、炉と連動して火力がどうのと言っていたが……リヴィッドには何一つ理解できなかった。
ただ、ふと気付いたことがある――
「それって……お前が腕を添える必要、あるのか?」
「…………」
するとサヤはしばし考えた後、ハッと気付いたように目を見開いた。
そして直後、表情はそのままで顔色を絶望に染め、俯いた。
「ごめん、俺が悪かった……だからその顔やめてくれ」
脱力するのを感じながら、慰める。サヤはそれを受け、はたと顔を上げると、大丈夫だと掠れた声で言い、必要性を強調するように二、三度鎚を振るってみせた。
リヴィッドも今度は余計な口を挟まず、それを賞賛してやった。そうしながら、ひょっとすればサヤは、この鎚打ち機とやらを気兼ねなく使用するために、こんな場所にまで潜り込んだのではないか、とか――あるいはこの近くに、本当にまだ村が残っているのだろうかなど、サヤに関する推測を巡らせた。
ただ、しばしして、彼女に関する話などどうでもいいことだと思い出す。結局のところ――肝心な話はさっぱりわかっていなかった。
リヴィッドは一通り彼女が満足するまで待ってから、改めて問いかけることにした。
「ここは、なんなんだ? この森は……世界を破滅させてくれるんじゃなかったのか」
その言葉に、サヤは一度だけ瞬きした。大きく、なんのことだと言うのに。しかしすぐに意味を理解したのか、二度目の瞬きをする頃には顔を俯かせながら、小さく首を横に振った。
「そ、んなこと……させ、ない……」
「……どういうことだ?」
今度はリヴィッドの方が理解できなかった。訝しげに目を細める。少女はそれを見ていなかったが、たどたどしい、微かな声を向けることはしてきた。
「させな、い……私が……お祖父ちゃ、んの、理想……叶え、る……から」
「お前の祖父ちゃんの理想って……」
「い、まは……私、の作、った……剣が……も、りを……止めてる……」
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