第8話
リヴィッドは隊長との口論によって、ますます不満を募らせていた。旅芸人の少女に対してはもちろんだが、隊そのものに対しても、だ。
しかしそうした少年の憤りに関わらず、隊商は順調に、次の町へと辿り着いた。
そこはアンノトスから南西へ向かった先にある、ブリンクノアという町だ。最も目に付く特徴的なものとして、その町は階段を横向きにしたような奇妙な形をしている。
少なくともリヴィッドが渡された町の地図は、確かにその形状を示していた――ただしそれは、本来ならば四角い町の、半分ほどが黒く塗り潰されているためだったが。
何者かによる悪戯というわけではない。最も新しい正規の地図が、そう示しているのだ。
そして黒く塗り潰された部分には次のように記されている――『赤い森被災地』
ブリンクノアは、以前に見えたアンノトスの町よりも赤い森に近いためか、その爪痕はより深いものとなっているようだった。
(また、災害か)
大陸史上、最悪の災害。
それについて、リヴィッドはもちろん知っている。ただしそれはなんらかの天変地異によるものに違いなく、赤く染まった森など見たこともない。もっとも、仮にそんなものがあったとしても、単純に突然変異の奇妙な樹木というだけで恐れることはなく、以前に癖毛の商人、タングスが脅かしてきたような呪いめいた御伽噺など当然、存在しない。
(破滅を願えば動き出す……)
それでもリヴィッドは馬車の中でひとり、その御伽噺を繰り返していた。ただしそれは恐怖ではなく、一種の憧れや、願望だったかもしれない――
「商売になんのかよ、こんなところで」
ふと、同乗する商人のひとり――茶色の逆毛をしたラルゥが呟くのが聞こえてきた。強面揃いの隊員内でも、平素から最も恐ろしい怒り顔をしている男だ。
「こんなところだからこそ、だろうよ」
返答したのはアジェバーノという、いかにも行商然とした小太りの男だ。顔のパーツが肉に沈み込もうとしているためか、垂れ目のくせに目付きが悪い。
彼は側面の幌を僅かに開けると、その悪辣そうな双眸で外を見やった。
「見ての通り、ここは小さい分だけ余剰施設ってやつがないからな」
リヴィッドもそれに倣うわけではなかったが、今は紐で閉じられている後部のカーテンの隙間から、流れていく町の様子を探り見る。
隊商が通るような周辺の街並みは、アンノトスとさほど変わったところもなく、今は廃墟化した南西地区に入り込んでいない分、アンノトスよりも真っ当な町に見えた。
民家が多少古めかしいのは、やはり仕方がないのだろう――それほど多く、家を建て替えるような住民の推移が起こらないのだ。副隊長からの報告によれば、町民の数は災害前と比較して四分の一ほどになっているらしい。ただし残った町民たちは一所に寄り集まっているため、居住地の密度はむしろ高くなっているとのことだ。
隊商からすれば、そういった町は好都合だということかもしれない。
さらに余談として付け加えるなら、町は復興を求める派閥と、諦めてこの小さな面積だけの町として再開発しようとする派閥との争いが治まらず、どちらとも付かないまま時が過ぎているらしい。そもそも復興を求める派閥は、このままではどのような再開発も行えないと主張しているようだが――ともかく。
そうした狭間の産物である真新しい――といっても十年近く経っているのだろうが――大通りを、隊商は町民の物珍しそうな、そして歓喜の眼差しの中で進んでいた。
中には隊商についてこようとしている者も見つけられ、その様がまさしく、小太りのアジェバーノが言っていたように、余剰施設がなく娯楽に乏しい町民たちの、物理的にも精神的にも窮屈な暮らしぶりを窺わせた。夢中になる余り、通りの脇に点々と建つ鉄製の街灯に激突する者が数人見つけられたが、それも究極的には同じ意味だろう。
通りはそのまま中央地区、つまり町民たちの密集する区画へと続いており、確かにそこへ近付くたび、民家の数は増しているようだった。
その頃に、逆毛のラルゥがいまさら先ほどの話を続けるように、ぼやくのが聞こえてきた。
「こういう辺境の小さい町ってのは、どうも面倒臭くてならねえな。しかも、状況が状況だ」
「上手くやってりゃ商売に事欠かねえんだから、俺たちにとっちゃありがてえもんだよ」
「その上手くやるってところが面倒臭いんだよ」
アジェバーノと言い合って、彼は揺れる板張りの荷台でごろりと横になった。と、その顔がリヴィッドの方を向いていたためか、彼は鬱憤の八つ当たりのように言ってくる。
「おい、わかってると思うが、着いたらすぐに仕事だぞ。今日は俺がてめえのお守り役なんだから、サボったら承知しねえぞ」
「……ンなことしねえよ」
「買出しなんて面倒だからな、二手に分かれてさっさと終わらせるぞ。てめえは麻布だとか炭だとか、軽いモンだ。荷車はねえから、必要な分が揃うまで往復しろ。集合場所は……後で決める」
そう言うと、彼は寝返りをうって背を向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます