第41話
必要なものを即座に準備することに関して、隊商の者たちは誰より手慣れているに違いない。準備は即座に整った。
車輪が補強された箱型の荷車に、剣を作るための鉄――バンダナ男のミックが騙されて購入したものだ――、サヤのための治療薬と衣服。工具や冷却用の水などは隊員たちが必要不要で論争していたが、あればあったで便利だろうということで詰め込まれた。小さな鎚は、リヴィッドもサヤの作業を手伝えるようにとのことだ。
結果として、それなりの重量になっていたが。
「ま、最初の一歩を押してやるから大丈夫だろ。後は足を止めなけりゃ」
「止める必要がないように補強してやったさ。余計に重くなったけど」
目を逸らしながら、彼はそう呻き合っていた。しかしどうあれ、リヴィッドもそれでたじろぐつもりはない。そも、無理でも動かさなければならないのだから。
「てめえの話が本当なら、俺たちもついていくべきなんだろうけどな」
言ってきたのは逆毛のラルゥだった。
「こっちはこっちで準備がある。それにいきなり俺たちが行っても怖がるだろ、たぶん」
強面揃いの隊員内でも、最も平素から怒り顔である彼が言うと、その言葉には途轍もない説得力が宿った。ただし彼がちらりと目を向けたのは、もしも少女と会った時のためにと笑顔の練習をする、狂気的な顔をした癖毛のタングスの方だったが。
いずれにせよリヴィッドは、皮肉げに口の端を上げた。
「出発準備をしておく方が大事だ。俺が戻ってくる方が早いからな」
「ガキがよく言う」
彼はタングスに勝るとも劣らない顔をして、ぐしりとリヴィッドの頭を抑え付けてきた。そうしてから踵を返し、荷車の後ろに回り込む。最初の一歩を押してやるという意味だろう。リヴィッドも頷いて、荷車を引くため前に回った。
と――
「あー、待った待った! これも持っていきなって!」
ばたばたと慌てて駆けてきたのは、フレデリカだった。腕には紙袋を抱えている。
そして急ぎリヴィッドの隣に辿り着くと、その袋をぐいと押し付けて。
「あんたの話が本当なら、その子はずっと森の中にいるんだろう? だったら、たまには人里の料理ってやつを食べないとね」
袋の中を覗くと、そこにはいくつかの料理――おにぎりだとか、炙った干し肉だとか、ごく簡単なものだったが――が入っていた。
中でも目を引いたのは妙に細長いパンだったが、フレデリカはよくぞ見つけたというように、妙に快活な笑みを浮かべてきた。
「それはふたりで一緒に食べるものだよ。こう、両端からね」
言って両手の人差し指を、ぴたりとくっ付けてみせる。リヴィッドはその意味を理解して、思わず顔が紅潮するのを自覚し、「そんな相手じゃねえ」と叫んだが。
「……まあ、行ってくる」
小さく告げて、リヴィッドは荷車を引く手に力を込めた。それに合わせて後ろから、隊員たちの助力が加わったのを感じる。
荷車は様々なものをぎっしりと詰め込み、確かにかなりの重さがあった。
しかしそれでも、意外なほどあっさりと動き出したのである――
リヴィッドはすぐに、小走りほどの速度になりながら、振り返る必要もなく森へ向かった。
密生する樹林は、荷車を引くにはやや狭苦しく、どこかに引っかかりでもしないかと不安を抱くものではあったが、リヴィッドは気を急きながらも丁寧に、幅の広い木々の隙間を選んでいった。
もはや道順は変わっても、目指す場所を見失うことがないという強い確信を持っていた――それは単純に三度目の往復、しかもほんの少し前に復路を経験したばかりであるためだが。
ともかくリヴィッドは道幅を選びながら、反面、荷車が刃の根を踏み越えることに関しては諦めていた。ガリガリと嫌な音を立てるのは不快だったが、破壊されてしまうという心配はしなかったのだ。隊商の整備班を信頼しないはずがない。
事実、数度以上は完全に刃の根を踏み抜いたが、車輪は回り続けてくれた。
そのうち世界が赤く染まる頃には、それでも不安を抱くガタガタとした音が自分の背後から聞こえるようになったが……リヴィッドはむしろ、いっそう足を速めたほどだった。
世界を切り裂く刃と、それを防ぐ、人々を守る剣を打つ少女――
今は苦悩に翳っていた、けれど真っ直ぐな瞳を持つはずの少女。
彼女を助けたかった。自分が劣等感を抱き、自己嫌悪に陥り、卑屈な苦悶に苛まれたほど――それほどまでに憧れた少女を見捨てることなど、それこそ自分を否定することだと思えたのだ。
だからこそ――赤い廃墟の奥。赤い火の消えない大きな炉が見えた頃、リヴィッドは血が凍り付くような思いを抱かされてしまった。
そこにサヤはいた。しかし彼女は、ぐったりと倒れ伏していたのである。
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