第24話

 リヴィッドは、スレインの仕事様を見ることでさらに運送業、というより彼についての理解を深めた気がした。

 そしてそれはすぐに裏付けられることになった。

 話していた通り、馬車が町の西側を中心に――一日ずつ各方角を回るらしい――荷物を回収していく間、スレインには常に女の黄色い声が飛んでいたのだ。さらに先ほどのような手料理や、プレゼントの類も次々と渡されていた。

 これについては土地柄もあるのだろうと、リヴィッドは理解していた。

 町が形成されてからは三十年近く経過しており、二世代に渡る者も出てきている。そのため、自らの意思でやってきた第一世代と呼ぶべき者たちはその生活に満足しているが、生まれ育った子供たちには不満を抱く者もいるのだ。

 なにしろ赤い森に関心を持てない限りは、なんの娯楽もない町と成り果ててしまう。父母の英才教育が実を結ばなければ――例えば中途半端にチャネルベースの外と交流したり、その生活を教えたりすれば、一般的な価値観を”持ってしまう”。

 また新生児でなく、父母の都合で幼少期に連れて来られた者もいるのだろう。ともかくそうした人々は常に発散できない要求を抱えていたし、変わり者が多い町のこと、スレインのような美男は、そんな不満を抱く女たちから好まれるに違いなかった。

 事実、スレインの客はそうした女ばかりであり、反対に男たちはいかにも不愉快そうに口を曲げて、あんな優男のどこがいいんだとか、絵に描いたようなありふれた美形で面白味がないなどと、ひねくれたりしていた。

 呆れた心地を抱く。が、いずれにせよリヴィッドは熱心に仕事をこなすスレインを見ていた時、ふと「自分も手伝おうか」と声をかけた。

 それは彼が足首に古傷を抱えていることを思い出したためだが――スレインは苦笑して「やめておいた方がいい」と断り、肩越しに背後の、うっとりした顔の女たちを示してみせた。

 その意味は、しばし考えてから理解する。

(スレインの作業を見に来てるのか、あいつらは)

 代わり映えするしない街並みだが、それでも中央に近い辺りだろう。建物の数は変わらずとも、その辺りには二世代で住む者が多い傾向にあるらしい。スレインはそれらに満遍なく近付く場所を選んで馬車を止めると、それぞれの家に自らの足で訪問し、そこで荷物と、それを依頼した女まで連れて来ていた――女は勝手についてきただけだが。

 結果、既に十数人の女が馬車を囲む状態になっているのだ。

 さらに彼女らは欲求不満が妙な方向へ向かってしまったのか、スレインにわざと重い荷物を持たせ、めくりあげた腕に見える力こぶだとか、額に滲む汗だとか、それを拭う仕草だとか、あるいはその腕に自分が抱き上げられる様を想像しては喜んでいるようだった。

 奇妙な趣向だと思わなくもない――が、思えば過去、リヴィッドは別の町で似たようなやり取りを見たことがあった。その時は性別が逆で、やたらと胸の大きな女業者に男たちが箱を持たせては、その上に胸が乗る様を見て喜んだり、棒状の物を持たせては、それが胸に挟まれる様を見て興奮したりしていたのである。

(どいつもこいつも……)

 なおさら呆れ果てて肩をすくめる。確かに、下手に手を出せば顰蹙を買うに違いなかった。

 しかし、かといって汗を流すスレインの仕事振りを――一応は御者台から降りて――眺めていると、女たちからひそひそと陰湿に囁かれるのが聞こえてくるのだ。

「何、あの子供?」

「スレインさんの助手とか、そういうのじゃない?」

「そのくせになんにもしないの? サイテー」

(どうしろってんだ……)

 理不尽に非難され、リヴィッドはしかし憤るというよりも、嘆息を落とした。そうしている間に作業が終わったのは幸いだっただろう。

「それじゃあ、戻ろうか」

 荷台から御者台の方へと歩み寄りながら、スレインは声をかけてきた。額に滲んだ汗を拭う様に、周囲を囲むように見守る女たちがキャーキャーと騒いでいたが。

 しかし――リヴィッドが頷き、御者台へ乗り込もうとした時、それを止めたのは女でも、スレインでもなかった。

 別の場所から聞こえる、刺々しい男の怒鳴り声だ。

「見つけたぞ、この糞野郎がァ!」

 馬車の正面からである。女たちが、先ほどとは全く違う意味で騒ぎながら飛び退き、そうしてできた道を通って姿を現したのは、やはり男だった。

 大柄で、強面揃いの隊員たちにも負けず劣らずの厳つい顔をしている。眉がなく、四角く刈り上げた黒髪は妙にてかてかとして、耳に付けた銀の装飾がそれ以上に眩しい。頬と腕に大きな切り傷があるものの、それよりも妙に派手な配色の服ばかりが印象的だった。

 しかし最も注視しなければならなかったのは、右手に持った砂袋だろう。それは紛れもなく、見た目に反して凶悪な”武器”に他ならなかった。

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