第35話

 不可解な状況ではあったが、ともかく動ける者で盗賊たちを捕らえ、隊員の介抱に努めることになった。リヴィッドも怪我人ながら、救護班の経験もあるため、それに加わった。

 戦闘に参加して、負傷していない隊員はいなかった。中でも程度の大きな者は、十を超えないほどか。そのほとんどが足を怪我しているようだった。

 対して捕らえられた盗賊は五人である。総数はもっと多かったはずだが、残りは逃げ去ったらしい。こちらも足を負傷した者が多いようだ。

 いずれにせよ彼ら――盗賊も含めて――を治療し、それが落ち着くと、リヴィッドとフレデリカは事情を聞くため隊長の馬車を訪ねた。

 彼は片腕を負傷していたが、それは隊員を守った時に受けたものらしい。既に治療が済んでいるのを見て取り、リヴィッドは話を促した。

「もはやわかっていると思うが、あのスレインという男は盗賊の一味だった。あるいは、あの男が率いていたと言ってもいいだろう」

 まず最初に話してきたのはスレインの正体と、その手口についてだった。

 幌馬車に盗賊を隠し、隊商に紛れ込んでは盗賊をけしかけて、自分はその間に商材を盗んで逃げる。犯人は盗賊ということになり、自分は疑われない。という寸法だったらしい。

 輸送業者というのも虚偽である。隊長はその社章を確認したことがあったようだが、それも偽物か、あるいは盗品に違いない。

 預かった荷物は幌馬車に詰め込む振りをしつつ、金目のものは抜き取り、不要なものは投棄するか、足の付きにくいものに関してはその場で売却していたようだ。チャネルベースの場合、売却は困難だが投棄する場所には困らなかっただろう。

「つまり、俺は……」

 それらを聞いてリヴィッドが愕然とさせられ、落胆したのは、他でもなく自分が悪人を庇ってしまったという事実を察したためだ。薄々となんらかの不信感を胸中に抱きながらも、自分の忌まわしい過去と符号するというだけで後先が考えられなくなっていた。

 ただ――フレデリカは、町の噂で事の次第を聞いていたのだろう。ちらとリヴィッドの方を一瞥してから、言ってきた。

「まあ、手を出してないってのは事実なんだからしょうがないさ。それを良しとするか悪しとするか、それともどちらでもあるかは自分次第だろうけど、そのままにして、あたしらまで余計なものに巻き込まれるのは御免だからね」

「あるいはそうさせる狙いもあったかもしれんが――その辺りは闇の中、だろうな」

 付け加え、肩をすくめたのはマクファデンである。スレインには、突如として隊員、そして盗賊までも襲った謎の負傷騒ぎのどさくさで逃げられていた。盗まれた物は幸か不幸か、モーリスやラルゥの秘密裏な収集品だけだったらしいが。

「結局、あの時は何が起きたんだい?」

 フレデリカが尋ねたのは他でもなく、その不可解な負傷騒ぎについてである。ただ、隊長もそれについては小さく首を横に振った。

「俺にもわからん。ただ、知っての通り多くの者が足を負傷し、ラバや荷車にも被害が出ている。当面の問題は原因の究明よりも、そこだな。荷車の補修はできるだろうが、ラバや人員はそうもいかん。まともな状態でも、次の町までは四日以上必要になる。対して後ろは二日だ」

「つまり……引き返した方が早い、ってことか?」

 リヴィッドが言うと、マクファデンはちらと視線を外へ向けた。カーテンが掛かって、今は見えないその先――そこにチャネルベースと、赤い森がある。

「……そうなるな」

 何かを警戒するように、彼はそう呻いた。


---


 チャネルベースの町へと戻るまでの間、結局のところ最も疲弊して、最も長く休まざるを得なかったのはリヴィッドだった。気持ちが落ち着けば落ち着くほど、感情による誤魔化しが効かなくなり、腹部の痛みを意識させられるようになったのである。

 それでも三日ほどをかけてチャネルベースに戻る頃には、どうにか耐えられるものになっていたが、それは幸運であると同時に、ほとんどが馬車内での作業だったおかげだろう。

 というのも、隊商は緩やかな坂道を引き返す間、奇妙なことにさらに負傷者を増やしていた。往々にしてそれほど深いものではなかったにせよ、外で作業をしていた者が裂傷を負い、輓具の一部に明確な切り傷が付いたほどである。

 さらに道も奇妙だった。ほとんど荒野めいた土と砂だけになった、低い山が小高い丘の成れの果てである坂道は、雪崩に埋まった木々が再び成長を始めたかのように、ところどころ樹木の先端を生やしていたのだ。

 隊長であるマクファデンは、引き返したことを後悔したほどである。ただ、そこからさらに踵を返す選択肢を取ることもできず、隊商は結局、多くの負傷と不安を抱えながら赤い森の町、チャネルベースへと戻ってきた。

 しかしそこで、またしても隊長は深い後悔に苛まれたに違いないし、隊員たちにしても、自分たちがどんなに無理をしても再び踵を返し、次なる町への進路を取るべきだったのではないかと考えたほどである。

 チャネルベースに辿り着いた時、隊員たちの行動は全く同じものだった。唖然として、町を見つめ続けたのだ。

 ほんの三日前、あるいはそこから戻る道中の二日前ですら気付かなかった。一日前には坂道を下りきり、木々が視界を狭める街道を進むようになっていたため、気付くことができなかったのだろう。もしも可能だったならば、どうあっても足を踏み入れようとはしなかったはずだ。

「赤い、森……」

 町の入り口で足を止めた隊商の、誰かがぽつりと呟くのが聞こえた。

 リヴィッドも馬車を降り、町を見渡していた。

 紛れもなく、信じがたい光景だった――赤い森の町はいつの間にか、その大部分が『赤い森』に飲み込まれていた。

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