第39話
炉のある場所――つまりサヤが元々住んでいたのだろう跡地の辺りまで戻ってくると、どうやら不可解な傷を負うこともないようだった。
リヴィッドはそこへ辿り着いてからようやく立ち止まり、息を荒げて膝に手を付いた。一方でサヤは奇妙なほどに呼吸を乱さないままだったが、代わりに酷く沈痛な、申し訳なさそうな表情で心配してきた。
「どういうことなんだ、一体?」
息を落ち着けてから尋ねたのは――何についてだったのか、自分でも判別しかねた。
不可解な裂傷、不可解な剣の破壊、そしてその瞬間に見た不可解な幻視。わからないことばかりだった。推測できるとすれば、あの幻視の持ち主か。あれがもし、誰かの記憶だとするなら……それは他でもなく、サヤの祖父のものではないか?
サヤもそれを見ていたのか、否か。わからなかったが、彼女はこちらの身体を心配する一方、それ以上になんらかの苦悩を滲ませる、沈んだ表情で――
返事を待っていると、やがてぽつりぽつりと話し始めたのは、以前にも聞いた、狂おしい怨嗟に駆られたサヤの祖父が、その刃によってサヤと、世界の全てを切り裂こうとしたことだ。
それを行ったのが、あの大樹の下である。そして突き刺さっていたものこそサヤの祖父が作り出した刃であり、サヤがそれを防ぐために剣を作り続けていることだが、それは忘れてなどいない。
ただし問題は、そこから先だった。
「私、の剣が……急に、壊さ、れちゃった、の……」
「壊された? なんで……誰に」
訝って聞きながら、しかし誰にと問えば答えは一つしかなかった。
他でもなく、祖父の刃によるものだろう。全てを切り裂く刃は、サヤの作り出した剣も例外ではない。そもそもサヤが言うには、自分の剣はまだ未熟な未完成品でしかなく、時間が経てば破壊されていた。その意味でも剣を作り続ける必要があった、ということらしい。
「でも……」
と、彼女は続けた。
「こん、なの……初めて……こ、んな……すぐ、壊されちゃ、うなんて……」
「向こうの力が強くなってる、ってのか?」
漠然とした推測を口にすると、サヤは頷いた。祖父の刃が突如として強大なものとなり、一時的な拮抗も見せないほど、サヤの剣を圧倒し始めたのである。
しかし、理由はわからなかった。そしてわからないため、サヤは他にできることがなかった。ひたすらに、理由もわからず成功することを祈りながら新たに剣を作り……結局、先ほどのように砕かれるだけだったのである。
彼女の周りに散らばっていた剣の残骸は、まさしくそうやって破壊されたものらしい。加えて今はあの大樹の側に長く留まることもできないため、その残骸を回収することすらままならず、その数は瞬く間に減っていき……
理由を見つけ出す以前に、既に剣を作る材料が足りなくなっていた。もはや周囲に残る物をかき集めても、短剣程度にしかならないだろう。
「どう、したら、い……いのか……わかんなく、て……」
彼女の掠れる声が、ぐらりと大きく傾いだ気がした。
その顔は俯き、苦悩に満ち、落胆と失望の色に染まっていた。真っ直ぐだった瞳が濁り、危うげに揺れているのが見える。
リヴィッドはその姿に、自分自身の胸が強く痛めつけられるような衝撃と、息苦しさを覚えた。羨望まで抱いた真っ直ぐな少女が、それを大きく揺るがされているのを見て、言い知れない不安と恐怖と、なによりも彼女の力にならなければという思いが湧き上がっていた。
彼女を否定しなければ保てなかった自分が――しかし今は彼女を慰め、励まし、再びその真っ直ぐな瞳を見せてほしいという思いでいっぱいになっていた。
自分はそのために何ができるのか、何をすべきなのか。狂おしいほどの純真さを翳らせた少女を前に、リヴィッドは苦悩した。
正直に言って、どうしていいのかわからなかった。絶望的な状況にあって、自分の為せることが思い付けないのだ。頭に響くのは答えの返ってこない、どうしたらいいという自問と……
ふと、隊員たちの声が聞こえた。
耳に届いたわけではない。それはあくまでも頭の中、記憶の中で聞こえるものだ。我を忘れて森の中へ飛び込む直前、やはり絶望的な中で激論を交わし、罵り合っていた隊員たちの声である。
リヴィッドはそれを聞き、はたと顔を上げた。
「サヤ、少しここで待ってろ」
「……?」
突然に言われ、彼女は少なからず驚き、困惑したようだった。しかし長く説明している時間もない。リヴィッドはすぐさま踵を返しながら、肩越しに続けた。
「必ず戻ってくる。お前は真っ直ぐ、いつものように真っ直ぐ、前を見てろ」
リヴィッドは駆け出した。
(サヤは……こんな惨状の中でも人を守りたいと言っていた。俺にはそんな大それたこと、できない……けど、その手助けはできるはずなんだ)
深く赤い森の中。見落とした刃の根が、ブーツの端を切った気がする。
が、無視して走り続けた。
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