第3話

 隊商は北へと伸びる大通りの中腹で停止した。

 そこは恐らく、かつては多くの行商が列を成していたのだろう。大きく膨れ上がるように道幅が広くなり、中央には僅かばかりだが一般的な、刃を備えていない針葉樹が植えられ、さながら四角い広場のようでもあった。

 ただし今、そこに露店を並べる者はほとんどいない。見えるのは行商ではなく、町に住みながらも個人商店を持てない雑貨商が、毎日の慣例として屋台を立てているだけだ。それもさほど流行っているとは言いがたい。

 しかし隊商が到着したことで、町はにわかに色めき立っているようだった。

 昼食時より少し前という時間も相まってか、物珍しそうにする町民たちが通りというか広場に集まり始めている。それらの喧騒を横目に、リヴィッドたちは急ぎ開店の準備をすることになった。

「おいガキ、棚板が足りねえぞ! 七本だって言っただろ!」

「なんだよこの金鎚、柄にヒビが入ってんじゃねえか! 点検しとけ馬鹿が!」

(それは俺の仕事じゃなかったってのに、ふざけやがって)

 相変わらず怒鳴りつけられ、舌打ちしながらも、かといって手も足も休めるわけにはいかなかった。人が集まる今のうちに、店を開かなければならない。

 店は、商材を積んだ馬車そのものである。いくつかの部品を取り付けるか、付け替えることで、荷台がそのまま屋台になるよう設計されているのだ。

 そうして町民たちの前で二軒の屋台ができあがるが、それで少年の雑務が終わるわけではなく、すぐさま次の仕事が回ってくる。それらは統一性のあるものではなく、つまりは隊商の、行商としての機能そのものを次々と手伝わされたのだ。仕入れや買い付け――この町は陶器と犬の人形が特産品らしい――、あるいは先ほど怒鳴られた金鎚など不足物の補充、そしてもちろん店番も、だ。

 ただしそのどれを行う際も、リヴィッドの横には常に誰かしら別の隊員が付いていた。これもやはり『お守り役』として、右も左もわからない子供ひとりに任せられないので、隊員から教育を受けろ、ということらしい。リヴィッドはその扱いにも、やはり不満を抱いていた。

(俺は確かに隊商の中じゃ一番年下だ。けどもう何年も仕事をしてんだ。いい加減、少しは認められてもいいはずだろ――少なくとも店番くらい、ひとりでやらせろってんだ)

「おいおい、何をぼさっとしてやがんだ? 暇なら客引きでもなんでも、仕事はいくらでもあるだろうが。突っ立って客に言われた通りの物売るだけが商人じゃねえんだぞ」

 魚の干物を買っていった、学生らしい若い女が帰るのと入れ違いで、隊員のひとり――トレイマーという名前だったか――が奥から顔を出す。角ばった頭を剃り上げ、いつも皮肉げに口の端を吊り上げている顔を、だ。

 さらにはその造作通りの、ニヤニヤした声音で続けてくる。

「それともなんだ、今の女に盛っちまったのか? ま、てめえみたいなガキじゃ娼家に行っても客より従業志願者だと思われるのがオチだろうし、手近で探すしかねえよな。ははは!」

(赤い森の御伽噺が本当なら、真っ先に破滅させるのはこいつだ)

 胸中で決意するが、それを口に出すことはできない。リヴィッドにできる抵抗といえば、ただ振り向くこともなく押し黙るだけだった。そうして、やがて相手の方が話を変え、さっさと別の仕事をしろと怒鳴りつけてくるのを待つしかない。

 結局、何をやっていようと不満は募っていった。

 ――しかし、やがて。

 そうした憤懣をどうにか飲み下しながら三日――停泊期間が六日間なので、丁度半分が過ぎたという夕刻のことだ。

「ねえ、あなたもこの隊商の人?」

 狭い馬車の荷台で商材の片付けをしている時、リヴィッドは不意に背後から声をかけられた。

 振り向けばそこにいたのは、見慣れぬ少女だった。リヴィッドよりも幼く、十歳ほどだろうか。いかにも子供っぽい愛くるしい顔立ちに、活発そうな笑顔を湛えている。ただ、銀色に近い金髪をアップにして、薄くだが化粧をしている様は、そうした幼さとはちぐはぐの、奇妙な印象を与えてくる。

 さらによく見れば、小柄な幼児体型に纏っているのは、夜が近い夕暮れの中でも映える青と黄色を基調とした、胸元と肩、腹の空いている露出の多いひらひらした衣服だった。フリルの付いたスカートも、腿の半分ほどまでしか隠していない。

 そんな不可解な少女が荷台の中に立ち、しゃがんだリヴィッドの背を覗き込むように身を屈め、首を傾げていた。

「てめえ、どっから入りやがった!」

 リヴィッドは苛立ち紛れに声を荒げると、跳ねるように立ち上がった。

「ここは無関係な奴が入っていい場所じゃねえぞ。今日はもう店仕舞いだ、欲しいものがあるってんなら明日にでも出直して――」

 と言いながら捕まえようとするが。少女は軽い身のこなしでそれをひょいとすり抜けると、そのまま荷台の外へと飛び降りた。

 しかしそこから、それでも懲りずに荷台の中へと顔だけを突っ込んで、笑う。

「わたしは無関係じゃないよ。旅芸人一座の一員なの」

「あン? それのどこか無関係じゃないってんだよ」

 顔をしかめる。すると今度は少女の方が、意外そうに目を見開いて瞬きした。

「あれ、聞いてない? うちの一座、この隊商に入るんだよ」

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